第2話 ー素行不良生徒・荒船莉奈ー
淵上が赴任してきた3ヶ月が経過した。
冬休みを終え、年が明けてから約一ヶ月。
私は学校生活のありとあらゆる場面で違和感を感じていた。
淵上綾人。淵上が担当するクラスと学年の先生と生徒。ここ数日、淵上だけに対する態度がおかしい気がする。
まるで淵上を崇拝しているような態度。
だがその一年生の中で唯一正気を保っている生徒がいた。
淵上が赴任してきたあの日、私に話しかけてきた女生徒、荒船莉奈だ。
話は数日前に遡る。
いつも通り担当授業を終える。
一年E組からさっさと職員室へ戻ろうとした時一人の生徒に止められた。
「並木先生。ちょっと話があるんだけど、放課後いい? 職員室行くから」
淵上が赴任してきたあの日以来、荒船に話しかけられたのは二度目だ。
授業の内容ではないだろうし、周囲の事なら担任である淵上に相談するだろう。
私は荒船の真意が全く予想出来ないままその日の放課後を迎えた。
荒船は終業のチャイムが鳴ると同時に職員室に入って来た。HRをサボって来たのだろうが一々言及するのも面倒だ。
荒船は私の腕を掴み、有無を言う隙を与えないまま職員室から引き摺り出した。
「随分手荒な真似をするんだな。で、用は何だ?」
引き摺られたのを言及するのだって面倒だ。
私はさっさと彼女と離れたかった。
問題児と一緒にいても碌な事がないと約十年の教員生活で学んでいるからだ。
荒船はその派手派手しい見た目に似合わない神妙な面持ちをしている。
「並木先生だけは淵上に操られてないよね?」
荒船が何を言っているか一瞬だけわからなかった。
だが、次の瞬間には理解した。彼女もまた淵上に取り残された人間なのだ、と。
荒船と他の一年生とに大きな違いを感じる。それは私が感じていた違和感であり、淵上を原因とする異常事態だった。
「操られているというのはどういう意味だ?」
荒船は小声で「良かった」とだけ漏らし言葉を続ける。
「先生もここ数ヶ月学校の様子がおかしいと思ってたんじゃない? 特に一年生。切っ掛けは何だったのか知らないけど、気付いたら周りが全員淵上の信者みたいになってた。神でも崇拝するような態度になってた。生徒だけじゃなくて先生まで。これってどう考えてもおかしいよね? 何がどうなってるの?」
やはりそうだったか。
荒船も私と同じ思いをして、同じ考察をし、同じ結論に辿り着いている。
「私もそうだと思っていたよ。ただ何がどうなってるかまでは……」
「それは僕から説明しましょうか? 当事者に話を聞くのが一番手っ取り早いと思いますし。それでいいかな? 並木先生、そして荒船莉奈」
音もなく急に現れたような気がした。
淵上の登場に私も荒船も動揺を隠せない。
「そうだな。なら頼むよ」
平静を装うので精一杯な取って並べたような粗雑な言葉。
淵上は不敵な微笑を浮かべる。
まるでこの世界は自分が支配しているかのような勝ち誇った笑み。
「では少し話しますね。私はこの学校に来た以上頼まれた仕事をしたまでです。依頼内容は『どんな手を使っても生徒の学力向上、素行不良の排除を実施してほしい』というものでした。高校生という年代はどうも純粋でして……たったの三ヶ月程で一学年の生徒と教員全てを私の管理下に置き、矯正しました。それだけです。見方によっては洗脳とか崇拝とかに見えるかもしれませんがね」
理解したくないが現実にそうなってしまっている以上、納得するしかない。
「そうか。それで? 淵上はこう言ってるが荒船はどうしたい?」
淵上がこの現状を何と言おうが私には関係ない。
私が相談を受けた人間は淵上ではなく、荒船なのだ。
今一番重要なのは荒船がどうしたいか。私は荒船の意思を尊重しようと思う。
「私は……成績とかどうでもいいからまた皆で遊びたいだけなんだけどな。普通に今までの楽しい日常を過ごしたいだけなんだけど」
大方そうだろうと思った。
荒船の願いは私の想定の範囲内。
「だ、そうだ。悪いな、淵上。日本国には信仰の自由というものがあってね。私達は淵上先生を崇拝しない。誰が何をどうしようが私は興味ないが……唯一私を頼ってくれた生徒の為に足掻かせてもらうよ」
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