第19話 消えない絆

 ユーマは一人外壁の上でうつぶせに倒れていた。持てるオーラの全てを使い果たしてしまった反動でいたるところの筋肉は切れ、内臓にもダメージを負っていた。

 倒れているユーマの口の前には血だまりができていた。


だめだ。動けない……。やばいなこれは……。もうどこも痛みを感じない。さすがに最後の13発の雷撃は無茶だったな。


颯太の体からは全ての力が抜けていくようであった。だんだんと眠くなってきていた。


ここで死ぬのか……。


薄れていく意識の中で、急にシリカの顔が頭に浮かんだ。その瞬間、颯太の中で不屈の心が再び輝きだした。


いや、まだ死ねない。国にはシリカがいるんだ。死ぬわけにはいかないぞ。どうにかして動くんだ。動け!俺の体!


しかし、颯太の心とは裏腹に、体はピクリとも動かすことができず、力は次々に抜けていった。


しばらくの間、意識を失いそうになるのを何とかこらえていると、急に目の前にミラが現れた。

「ユーマ!」

 ミラはこちらに駆け寄ってくると心配そうな声をあげた。すぐにユーマを抱きかかえると、起こし、持ってきたハイポーションをユーマに飲ませた。

ユーマは体がわずかに回復したのを感じた。意識がだんだんとはっきりしてきた。


「ありがとう。ミラ……。助かったよ」

ユーマは上半身だけを持ち上げられた格好でミラの腕の中で抱きかかえられてる。ミラの髪から届く柑橘系の香りがとても心地よかった。

「ユーマ。お前がやったのか? あの飛竜への攻撃」

「ああ」

「そうか。よくやったな。我々は勝ったぞ! 国は救われたんだ」

「そうか。良かった」


 ユーマのボロボロの姿を見てミラは尋ねた。

「その体、どうしたんだ? お前ほどの力を持つ男が誰かにやられたのか?」

「いや、俺が得た力は、使いすぎると副作用が出るんだ。ちょっと無理しすぎた」

「そうだったのか。ユーマ。本当によくやったぞ。お前が国を守ったんだ」

「被害は、どれくらいなんだ?」

「おそらく、600名ほどだと思う」

「そうか。そんなにか……」


 ミラの話を聞いたユーマは瞳に涙をためはじめ、やがて一筋の筋となってユーマの頬をつたった。

「何を泣いているんだ! あんな絶望的な戦いをしたんだ! 600名だって奇跡的な数字なんだ。お前がいなかったらそもそも全滅していたかもしれない。国内の人たちだって無事だったんだ。すごいぞ! 自分を誇っていい!」


ミラは、落ち込んでいるユーマを励まそうと必死であったがミラの声を聞いてもユーマの涙が止まることはなかった。

「誓ったんだ。必ず守ると。兵士でもない人が沢山集まっているのを見たときに。それなのに救えなかった……」


 ユーマが持つ国民に対する熱い思いを受けてミラも目頭が熱くなった。しばらく優しくユーマを抱きしめていた。


やがて、少し落ち着いたユーマがミラに言った。

「ミラ、この前はすまなかった。」

「何のことだ」

「あいつらを殺したことだ。お前の言葉を聞いてからずっと考え続けていたんだ。確かに、とんでもない極悪人ではあったが、拘束するとか、幽閉するとか、殺さなくても解決できる方法があったかもしれないと……」

「…」

ミラは何も言わないでユーマの続きを待っている。


「あいつらが死ぬのを見ているとき、気分は何も晴れなかったんだ。むしろ、もやもやが残ってしまった……。あの時、俺も、あいつらと同じような顔をしていたんじゃないかって思ったよ。もしかしたら君の言うように貴族に仕返ししたいって気持ちに支配されていたのかもしれない……。済まなかった。これからは気を付ける」

「私も、言い過ぎだった。お前が自分のことしか考えていない人間なんて言ってしまった!本当にすまなかった。こんなになるまで国のために尽くしているのに。済まなかった!」

「……」

ユーマは思ってもみなかったミラの謝罪の言葉を受け、驚き、何も言えないでいた。

「もとはと言えば犯罪者を野放しにしてきてしまった。私がいけないのだ。私にユーマを責める資格なんてなかった。済まない。許してくれ」

ミラはユーマを抱きかかえながら、心からの謝罪の気持ちを込め、そう口にした。

「いいんだ……。ミラ、ありがとう」

ミラの言葉と申し訳なさそうにしているその表情を見て、ミラと決別してから続いていた苦しみは消えていった。ユーマはここ最近では一番穏やかな表情を浮かべてミラを見つめている。

「ユーマ。これからはなんでも一人で背負わないでくれ、私にも全て教えてくれ! お前の悩みも苦しみも一緒に背負うから!」

ミラの瞳には強い決意の色が浮かんでいる。

「ああ。ありがとう」


 わずかに微笑んだ後に、ユーマは突然、血を吐いた。飛び散った鮮血がミラの鎧にこびりついた。先ほどのオーラの酷使が、肺に損傷を加えているようであった。

「大丈夫かっ?」

「大丈夫だ。済まない。俺は家に帰る。家にたしかエリクサーがあったはずだ」

「待て、私も一緒に行く」

ユーマはミラのポーションでわずかに得たオーラを使って自宅の寝室に飛んだ。

 

 そこにはシリカがいた。

突然現れたユーマとミラに驚き、大きな声を出したが、ユーマの体の異常に気が付くと迅速に対応した。ユーマから渡されていたエリクサーをユーマに飲ませると体はみるみる回復していった。ユーマは安心して眠りについた。

           ♢      ♢       ♢

 エリクサーを使い体は回復したとはいえ蓄積した疲労は著しく、ユーマはしばらく目覚めなかった。シリカとミラは交代しながらユーマを看病した。

 大群進があった日の夜11時ごろユーマは目を覚ました。シリカはお風呂に入っているため横にはミラしかいなかった。


「ミラ」

ユーマの手を握ってうとうとしていたミラに気が付くとユーマは声をかけた。

「ユーマ。良かった。気が付いたのか」

「ああ」

 ミラは心から嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。そんな笑顔を向けられるとさすがにかわいすぎると思いながらユーマは答えた。ユーマの家で風呂に入ったのか、ミラはいつもの服とは違って、シリカの寝巻を着ていた。

ミラが他の服を着ているのを初めてみるユーマであったがすごく似合っていて驚いた。


「すまない。いろいろやってくれたみたいで」

 回復したユーマに向かってなおもミラはとびきりの笑顔を向けてくる。それもかなり至近距離で。ユーマは目のやり場に困りながら言った。


「良いんだ。お前のためだったら何でもするさ。私は完全にお前の味方だからな」

 なんか寝ているうちに何かあったのかと思うほどミラと親しみやすく、また距離が近くなっているように感じた。戦闘後のミラとのやり取りを思い出したユーマは抱き抱えられながら大号泣したことも思い出し恥ずかしくなった。でも、ユーマを見つめるミラの優しい表情を見ていると不思議と心は落ち着いていった。

そしてミラの「私はお前の味方だ」という言葉を受けてユーマは嬉しくなった。


「ありがとな。ずっと一人で何とかしようって思ってきたからさ、正直、ミラがいてくれると心強いんだ」

 ユーマの言葉を聞いてミラの鼓動は速まった。しかしそれをユーマが察することはなかった。


「これからも力を貸してほしい」

「ああ。もちろんだ。任せてくれ」

ミラはとびきりの笑顔で答えた。


 ミラはユーマが再び眠るまで熱心に頭にのせているタオルを変えてあげたり、汗を拭いてあげたりしていた。そして、ユーマが眠りについたのを確認すると、穏やかな表情で微笑み。寝ているユーマのおでこにキスをした。ミラがタオルを冷やす水を変えようと部屋を出ようとするとそこにシリカが立っていた。ミラの血の気は静かに引いていった。


 シリカはまた、以前と同じような、普段とは異なる真面目な顔を浮かべてミラに尋ねた。

「ミラさん。ユーマのこと……」

シリカのまっすぐな瞳を見て、一息つくとミラは言い逃れすることをあきらめた。


「ああ。すまない」

とだけ、顔を擦らしながら答えた。


「うーん」

と言いながらシリカはしばらく考えていたが。急に納得したような顔をして口を開いた。


「わかりました。仕方がないです。その代わり、ユーマが無茶しないようによく見ててくださいね」

「ああ。約束する」

「それとユーマをあげるのは半分だけですからね。」

「ああ。それでいい。済まない」


夜は更けていった。


 次の日から、一週間。王国は国を挙げて盛大に今回の勝利を祝った。兵士たちも一週間の休暇をもらい、朝から晩までずっと騒いでいた。町のそこかしこでパーティが行われていた。国王は今回の戦に参加した者全員に10万リルの報奨金を出した。そして勝利の一番の立役者となった神聖騎士団にはさらに豪華な褒美を取らせた。連日連夜、神聖騎士団は凱旋を行い。国の盛り上がりは目を見張るものがあった。この一週間だけは貴族も、一般市民も関係なく皆が幸せに浸っていた。

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