第18話 限界

 ユーマは砂煙の中で孤軍奮闘した。強そうな魔物を見つけては一瞬で急所を切り裂いていった。魔物たちの数は限りがなく、進軍は止めることはできなかったがその速さをかなり落とすことができた。人知れず行われたユーマの戦いで、1000体以上の魔物を倒していた。そのほとんどがA級以上の魔物であった。

やがて、魔物の群れとアルドナ軍がぶつかり、両軍入り混じっての戦いが始まった。


アルドナ国の全戦力が8万人

魔物群が6万体であった。 


 魔物たちの方が2万ほど数は少ないが、一般兵がほとんどを占めるアルドナ軍の方がはるかに戦力は低かった。一般兵士1人はD級魔物と同列とされている。C級魔物は一般兵士5人分、B級魔物は一般兵士20人分、A級魔物は一般兵100人分と考えられていた。


 現在、押し寄せている魔物たちはD級、C級もいたがほとんどはB級のモンスターであった。A級も3000体ほどいたがユーマがそのうち1000体ほどは倒していた。


 普通に戦っては勝てるはずのないことは誰もが理解していた。

 それでも、国を守るためにみな死力を尽くして戦っている。負けるわけにはいかない。すぐ後ろには家族たちが居るのだとみな必死だった。

 

 地面が草原に変わったことで、いつの間にか辺りの砂埃は消え去っていた。

アルドナから南に2キロほどのところで、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 ユーマは戦場を駆け巡っていた。一般兵たちが手が出ないような強敵を見つけるとすぐに倒した。そして、魔物の攻撃を受けて倒れ伏している者を見つけると回復魔法ですぐに治療した。

 

 そうしたユーマの動きをまともにその目に捕らえられるものはほとんどいなかった。目の前で魔物が血を噴き出し、急に倒れた理由も、死を覚悟する怪我が一瞬で完治した理由も兵士たちは何もわからなかった。ユーマの動きが速すぎて見えなかったからだ。兵士たちはまともに思考するのをやめ、神の守りがついてると信じ込み、さらに戦に臨んでいった。

 

 神聖騎士団の隊員たちは、わずかにユーマの動きを視界の端で捕らえていた。何者かが兵士たちを回復させ、ものすごい勢いで魔物を駆逐している。しかし、隊員たちも強敵の相手で考えている暇はなかった。きっとどこかの隊の隊長だろうと自分を納得させ黙々と戦闘を継続した。

 

 しかし、ミラだけはユーマの動きを完全に捉えていた。

 消えては現れ魔物を倒し、また現れては兵士を癒す。ユーマのあまりに常識外の動きにミラは驚愕していた。


「あいつ……、信じられん……」 

 しばらく前にユーマと決別したミラであったが、今日のユーマの奮闘ぶりには感動すら覚えていた。


(くそっ、きりがない。オーラもかなり減ってきた。まずいな。)

Aクラス魔物「白刃カマキリ」の胴体を真っ二つに切り裂いたユーマは辺りを見回したが、まだまだ魔物の数は減らなかった。

 

 戦闘が始まり約2時間。いつのまにか大粒の雨が降り出し、兵士も魔物も雨に打たれながら戦っている。しかし、連戦を重ねている兵士たちは武器を握る握力が弱くなってきていた。魔物に競り負け、倒れ伏す兵士たちが徐々に増えていった。


(兵士たちの疲弊がどんどん高まっている。動きも悪くなっているな。しかし、魔物たちの勢いは未だ衰えない。このままだと、まずいな)

 

 ユーマは倒れ伏したもの達を回復させながら。自分の限界も近いこと感じていた。神聖騎士団の隊長たちも獅子奮迅の活躍を続けているが、それでもあまりにも大量過ぎる魔物の数に徐々に疲弊してきていた。

 

 そんな時、ある兵士が突然叫び、上空を指さした。

周りの兵士たちが見上げると、そこにははるか上空から飛竜たちがアルドナに向かって迫っていた。


S級魔物――「灼熱飛竜」 一体だけでも、口から吐く灼熱の炎で町を壊滅させると言われる凶悪な魔物であった。体は翼を広げると10メートルを超える。まさしく最悪の魔物であった。しかもその飛竜は13体もいた。


 飛竜たちは上空から降下し、アルドナに迫っていた。あと数百メートの位置まで迫っている。

 

 上空の異変に気が付いた兵士たちは、貴族、一般人問わず、絶望した。あと数秒後に訪れる最悪の未来を想像して、武器を落とすものまでいた。魔物たちも飛竜の圧倒的な存在感に気付いたのか皆足を止め、上空を見上げていた。

 

 ユーマは、二時間の戦闘でかなり疲弊していた。許容量をはるかに超えるオーラを使用したことによる影響で体はすでにボロボロであった。しかし、国に迫る飛竜を目にするとあきらめたように瞳を閉じ、王宮の外壁に瞬間移動した。

 

 ミラは飛竜をただ茫然と眺めていた。ここまで戦い続けてきて心も体も限界まで達していた。A級以上の魔物は100体以上は倒した。S級の魔物も3体も倒していた。しかし、ここまで終わりの見えない連戦を生涯で経験したことはなく、いつしかあきらめの心が広がっていた。その心と必死に向き合い、ここまで耐えてきたが、国に迫る飛竜たちを目撃して心は完全に折れてしまった。努力すればどんなことも乗り越えられるとここまで突き進んできた人生であったが、努力ではどうにもならないことを初めて知った。初めての挫折であった。 


 国を背負う神聖騎士団の隊長である自分が国を侵略する魔物をただただ見送るしかないことが悔しくもあり、腹立たしくもあったが、今から国の中に走っていき、飛竜を相手にする力はどこにも残っていなかった。

 

 大観衆が事態を見守る前でそれは起こった。

目もくらむような閃光と共にものすごい轟音が鳴り響いたと思ったら、先頭を飛んでいた飛竜がさかさまに地面に落ちていた

 

 呆気に取られている人々の前でなおもそれは続いた。

「ゴオオォォーーン」という激しい音と閃光と共にそれは飛竜たちに落ち続けた。

ユーマが放った。最大規模の「雷撃」であった。


 全ての飛竜が王国の目の前で雷に打たれ、落ちていくのを見た兵士たちは一瞬の静寂の後、大歓声が上がった。草原で戦っていた者は皆、同じ意識を共有していた。自分たちには神の守りがついているのだと。

 神の御業としか思えない光景を目にした兵士たちはみな、えも言われぬ感動を味わっていた。そしてそれと共に自分の命のそこから無限大の勇気が湧いてくるのを感じていた。

 

 そこからの兵士たちは猛烈な勢いで戦った。今まで防戦一方だったのが嘘みたいに攻めて攻めて攻めぬいた。自分たちが負けるはずがない。俺らには神がついているのだといった絶対の確信のもと、すさまじい勢いで戦い始めた。 


 飛竜たちが全て撃墜されたのを見た魔物たちは勢いを失ったようだった。踵を返したように逃げ去る者が少しずつ増えていった。

 一方、完全に覚醒した兵士たちは魔物を次々に圧倒していった。神聖騎士団たちにも再び勢いを取り戻しそれぞれが一騎当千の活躍をしていった。

飛竜たちの撃墜を目撃したミラも再び熱い気持ちを取りもどし必死に戦った。


1時間後、ついに魔物たちは撃退された。敵わないと思ったのか多くの魔物は四散していった。

3キロメートルにわたって続いている草原には数え切れないほどの魔物たちの亡骸が倒れていた。


 いつの間にか雨はやみ、雲の隙間からまぶしい光が差し込んでいた。南の空には虹も出ていた。

 神々しく広がっている光景に多くの者が感動していた。やがて、けが人や草原に倒れ伏している者の治療が始まった。

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