第13話 夜中の検挙

23 時、ユーマとミラはジルガルド家の屋敷の前に現れた。

 目の前には大きな門がそびえたち、その奥には家が数件は立てられそうな広い中庭があった。中央には美しいバラの彫刻を多く用いた豪華な噴水があった。噴水の周りには手入れの行き届いた花壇が広がっていた。さらに奥には見事な屋敷がたたずんでいた。まだ、起きている者がいるのか、ところどころ、明かりがついている部屋があった。

 

 ユーマは再び、スキルを使いミラと共に姿を消すと、中庭の生け垣の陰に表れ、身を潜めた。何度も繰り返しているため、今ではユーマが差し出した手をミラは何も考えずすぐに握るようになっていた。

 

 貴族たちの屋敷ってのはなんでここまで豪華なんだよ。本当に嫌になる。この豊かさを市民に少しでも分けてくれたら、少しはましになるのに。ふざけてるよ。

 城と言われても全く違和感のない屋敷の作りを見て、ユーマはいらだっている。先ほど見た、隔離地区の様子が脳裏に鮮明に残っているだけに怒りはひとしおであった。

 

 ユーマがそんなことを考えていると隣にいるミラが小声でささやいてきた。

「ユーマ、この屋敷の中からどうやって見つけるんだ」

「一人一人捕まえては、尋問して聞き出そうと思う。それが一番速いからな」

「そうか。そうではないかと思っていたが。本当に大丈夫なんだろうな。もし、この家から麻薬が見つからなかったら私たちの罪になるぞ」

「そこは間違いないから安心してくれ」

「わかった。後だ。ユーマ、尋問するときに拷問するのはやめろ。この前、クロードにやっただろ」

「なんだ、オキシール家では拷問は行わないのか? 捕らえたものに情報を吐かせるための拷問は確か法律で認められてたと思うが。まあ、貴族が拷問か尋問をする時だけどな」

「以前まではオキシール家でも行われていたんだが、私の代になって辞めたのだ。拷問は見るのもするのも苦痛だ。私は好きではない」

「そうか。ミラは優しいんだな。わかった。尋問をするときに直接、手を出すのはやめておく。脅しはするがそれは構わないだろ?」

「ああ、直接手を出さないならそれは認めよう」


 甘いな。そんなことでは悪は根絶やしにできないだろう。どんな手を使ってでも、悪は炙り出さないと、すぐに雲隠れをしてしまうんだ。そして、何食わぬをしてのうのうと生きていくんだ。でも、ここは仕方がないな……。


 ユーマは心の中でミラの手ぬるいやり方を非難したが。ここはミラの言うことを聞くことにした。協力関係を構築するためには多少の妥協が必要なのは理解していた。


「ミラ、屋敷には俺一人で忍び込む、瞬間移動を使えるしその方が動きやすい。三日間監視して、怪しいと思うものには心当たりがある。そいつらを一人ずつ攫う」

「わかった。私はどうすればいい」


 ミラの言葉を受けてユーマは再び、右手を差し出した。ミラがその手を握ると、突然目の前にはごつごつとした岩が立ちならんでいる場所に変わった。冷たく心地いい夜風がミラの髪を揺らしている。

「ここは?」

「アルドナから南西に3キロほどにある荒野だ。ほら向こうにアルドナが見えるだろう。」


ユーマが指さした方向には、アルドナが見えた。外壁を超えて、見える建物には夜中にも関わらず、明かりが灯っていた。


「俺はここに、一人一人連れてくる。ここで尋問しよう。ここなら。どんなに大きな音が出ても町には届かないからな」

「わかった。わたしはここにいればいいのだな」


ユーマが口にした不穏な言葉に眉をひそめながらもミラそう口にした。

「ああ。じゃあ、行ってくる」


ユーマが姿を消そうとすると、ミラが焦ったように言葉を投げかけた。

「くれぐれも、手荒な真似はするなよ」


 ユーマは小さく「ああ」とつぶやくとスキルを使った。


 ユーマはジルガルド家の屋敷の2階の廊下に姿を現した。すでに明かりが消された廊下は薄暗い。しかし空から月明かりが差し込んでおり、何がどこにあるかは把握することができた。


 廊下の壁には高そうな額に入れられた絵画がいくつかかけられていた。窓の前の少し空間がある場所には、赤と金の糸で作られた見事なライオンの刺繡が入ったソファーが置かれていた。廊下に置かれている一部の物を見ても普段どれだけ煌びやかな生活をしているかがうかがい知ることができた。


 ユーマはそうした貴族の調度品を見ると、「ちっ」と舌を鳴らした。そして、足音を立てないように慎重に廊下を進んでいくと、一部屋一部屋、扉をわずかに開け、中の様子を探っていった。


 ある部屋を開けると、中で一人の男が本を読んでいるのが見えた。ユーマが眼を付けていた男であった。短い金髪をした貴族は珍しくはないが。左頬から首後ろに向かって入っている翼を象った入れ墨を見てユーマは確信した。ユーマは音を立てないように扉を開け、男の背後に立つと肩に手を置いた。ユーマはあっさりと男を攫った。


 「おいっ。なんなんだよ。ここはどこだ。お前は何者だ」

 連れ去られた荒野でユーマに一瞬で腕と足を縛られた男は、地面に横たわりながら声を発した。


「場所は気にするな。国からそう遠くない荒野だ。俺はオキシール家に使える者」

「オキシール家」


 オキシール家の名前を聞いた瞬間、男の表情は確かにひるんだようにユーマには見えた。


「ああ。そうだ。あそこに座っているのが誰かわかるか」

ユーマは近くの石に腰かけているミラの方を指さした。

「ミラ様」


 ミラを見ると、男は何かを悟ったかのようにうなだれた。4大貴族のオキシール家が国の治安を守っていることは国に住む誰もが知っていた。そしてそこのトップであるミラが目の前にいることで男は抵抗するのをやめておとなしくなった。


「質問されたことに偽りなく答えるならば、身の安全は保障する。いいか?」

ユーマの言葉に男は静かにうなずいた。

「お前、名前は」

「クダン=レトボアです」

「んっ? その名、お前は貴族ではないな」


アルドナ国には貴族は108種類の家柄しかない。レトボアという名前は聞いたことがなかった。


「はい。私はジルガルド家に雇われた使用人です」

「そうか。ではクダン。一番大切な質問をする」

「ジルガルド家が流通させている麻薬。そのありかを知っているか」

「麻薬? なんのことでしょうか」

「隠すな。怪しい男たちをお前がひそかに屋敷に入れているのは確認済みだ。嘘をついてもなんにもならないぞ?」

「本当に知らないんだ。俺は。なんのことかさっぱりだ。」

ミラは石から立ち上がると近づいてきた。

「やろうと思えばあの屋敷に強制捜査をかけることもできる。一族すべてをとらえて尋問することもできる。正直に言うんだ」

「本当に、本当に私は知りません」


黒だな。ユーマとミラは最初に質問した時のクダンの目に不安の色が浮かんだのを見てこの男が嘘をついていることを確信していた。


「わかった。じゃあそこでよく見ていろ」

 ユーマは、クダンのもとから離れると、直径五メートルはありそうな岩の前へ歩いていった。ユーマはひと息吸うと、黄金に輝くオーラを開放し、右拳を岩に突き出した。

ユーマの突きを受けた巨石は粉々に砕け散りながら彼方へ飛んでいった。ユーマの目の前には何もなくなっていた。


 拘束されている男もミラも、その光景を見て、口をぽっかりと開け。唖然としていた。


 ユーマは再び、クダンに近づくと抱え上げ、別の巨石の前に立たせた。そして何も言わず、先ほどと同じようにオーラを展開した。

 

 ユーマが拳を突き出そうとした瞬間、男はたまらず叫んだ。

「わかった。言いますから、言いますから、やめてください」


 クダンは、ジルガルド家が麻薬を仕入れ、売りさばいていることを自供した。しかし、隠し場所だけは本当にわからないと最後まで言い張った。


「お前が隠し場所を知らないのはよくわかった。じゃあ誰なら知っているんだ」

「ジルガルド家の次男アシッド様かその付き人のジラーク様ならおそらく」

「わかった」

 

 ユーマはクダンからジラークの部屋を聞き出すとすぐに屋敷に飛び、数分後にはジラークを連れてきた。


 初めはクダンと同じように、口を割らなかったが、先ほどと同じように脅すと、仕方がなく口を割った。ユーマとミラはすぐジラークを連れて屋敷に移動すると、本棚の裏に隠されている部屋から大量の麻薬が見つかった。


「ユーマ。私はいったん家に戻り、仲間を連れてくる。」

「わかった。俺はこの場所を見張っておくよ。あいつらは気絶させておく」


 ユーマは、声を出せないように猿ぐつわをかました二人の男を指さしながら言った。

「ああ、わかった」

ユーマは、ミラをオキシール家へ送ると、すぐに屋敷に戻り、ミラ達の到着を待った。ミラ達が到着したことがわかると静かにその場を離れた。

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