第12話 虐げられる者たち

 翌日、ユーマとミラは午後10時に西区の門の前で合流した。町の明かりも最低限しか灯っておらず辺りは薄暗かった。周りを見渡しても二人の他に人影はなかった。


 ユーマはいつもの鎧をかぶり、ぱっと見誰かはわからない恰好をしている。

ミラはいつもの青を基調にした鎧を着ており、その姿は薄暗い夜の街でも神々しさを放っていた。すらっとした体型をしているミラが着るとより美しさが映えるなとユーマも感じていた。


 しかし、そんなミラにユーマはこげ茶色の布を手渡した。

「そんな恰好じゃ一目で怪しまれるだろ。ミラは有名人なんだから少しは自覚してくれ」

「そうか。わかった。これをまとえばいいんだな」

「ああ」

ミラはユーマが持ってきた服を纏った

頭から足元まですっぽり覆うようなその服から顔だけ出したミラはそれでも美しかった。


 ユーマはミラに手を差し出しすと、さすがに二回目であることからすぐに察してミラはユーマの手をすぐにつかんだ。二人の姿は消え、辺りには静寂が広がった。



 移動した場所を一目見たミラは驚きの声をあげた。

「まさか。ここは隔離地区じゃないか」

「そうだ。ここに用があるんだ」

「疫病は大丈夫なのか?」

「ああ、流行の病も、疫病も俺がダンジョンで集めてきた万能薬を渡し、だいぶ良くなったよ」

「そんなこともしているのか」

「まあな。それにもし、病原菌がまだ残っていたとしても、ミラや俺のような強力なオーラを纏っている者には感染しないことがわかってるから安心してくれ」

「そうか」


 ユーマは、ダンジョンから、戻ってきた後、たびたびここを訪れては病人を治療したり、食料を与えたりしていた。この前、武器や防具を売り払って得た金も多くをここに住む者たちに使用していた。


 二人の目の前にはありあわせの物で作られたような小屋と呼ぶのもはばかられる、ボロボロの建物が並んでいた。あたりにはいくつか焚き火がたかれており、ユーマたち二人の姿を物珍しそうに見ている者達もいた。


 下水処理が成されていないのか、鼻を手で押さえたくなるほどの悪臭も広がっていてミラは顔をしかめた。


「ひどいな。人間が住むところとは思えない」

「そうだろうな。しかし、この中に貴族たちが入ることはない。中のことを知っていることも誰もいない。これが現実なんだ」

「……」


 ユーマの言葉にミラはなにも答えられないでいた。よほど初めて目にした隔離地域の悲惨さがショックだったようにユーマには見えた。


 やがて、ユーマが案内しながら隔離地区の中を歩いていった。どこの小屋も、粗末な作りで、入り口には布も張っていないところが多く、ほとんどの家の中が丸見えだった。歩きながら、幼い子供二人を抱えた女性が小屋の中に座っているのを見たミラはたまらずにユーマに声をかけた。


「若い女も子供もいるじゃないか。この人たちは、どうやって生活していんだ?」

「老若男女、いろいろな人がいる。日に一度、外から食料が投げ込まれるんだ。貴族たちが手を付けないような腐りかけの食材や、貴族たちの残飯とかが。それを奪い合うように確保してはその日を必死に生きている」

「ひどいな」


 四大貴族の内の一つ、オキシール家という超上流階級に生まれ育ったミラにとっては目を背けたくなる世界がそこには広がっていた。歩いても、歩いても終わりが見えない。どこまでも最底辺の人たちの生活は続いていた。


「これでも良くなった方なんだ。2週間前から食料も差し入れているし、薬や水も持ってきている。それでもまだ、この状況なんだ。ひどい状況だろう。なんとかしてあげたいが、今はまだこれ以上の行動ができなくてな」

「そうか。ユーマ。君は立派だな。一人でこのような者たちのために行動していたのか。本当感心するぞ」


 ミラは心から感心しているような様子でうなずいていた。ここまで歩いてくる間にもユーマの姿に気付いた多くの者が頭を下げていた意味が分かった。


「ありがとう」

 ユーマもミラがここの人たちの生活の悲惨さを知ってくれたことが嬉しかったのか、感謝の気持ちを伝えた。


「ミラ。少し入ってきてくれ」

しばらく先へ歩いた場所でユーマはある小屋に先に入っていた。そしてしばらくすると小屋から顔をだし、ミラを呼んだ。


 ミラが中に入るとそこには年老いた老婆が布団に横になっていた。あまりにもひどい悪臭と老婆のボロボロの服を見てミラは顔をしかめたように見えた。


「もうやめるっていったじゃないか」

「すみません。すみません。どうしても我慢できなくて。」

「ばあちゃん。これを続けてたらいつの間にか頭の中が破壊されて何も考えられなくなっちゃうんだって。昨日も説明したでしょ」

「すみません。兵隊さん。許してください」

「別に怒ってるわけじゃないよ。おばあちゃんの体が心配なんだ。とにかくこれはもう買ったらだめだよ」

「わかりました」


 老婆はひどく怯えた様子でユーマに対して必死に頭を下げていた。その顔は涙で滲んでいて、とても哀れに見える。ユーマは体の中に怒りの感情が溢れるのをなんとか押しとどめ、小屋を出た。


「ユーマ。それは……」

「ああ。麻薬だ」

「どこからそんなものを」

「隔離地区の中にいるものは外には出られないが、外に住んでいる者は中に入れる。市民の誰かが持ってきて売りさばいているんだ。わずかな金を求めてな」

「まさか。そんなことが……」

「信じられないよな。でもこれが現実だ。さっきのばあさんはまだいい方だよ。頭がしっかりしてて会話が成立する。でもここにはもう。なにも考えられなくなって動物のようにただ生きている者が無数にいるんだ。しかもここ以外の市民たちの中にも広まっている」

「知らなかった」

「ミラ。協力してくれ」

「何をすればいいんだ」

「この薬をばらまいているのはジルガルド家の人間だ」

ユーマの話を聞き、ミラは愕然とした。ジルガルド家と言えば、貴族の中でも格式の高い聖18貴族の内の一つだったからである。たしか、神聖騎士団の中にもジルガルド家の人間がいたことを思いだした。

「まさか。そんなことが。麻薬を貴族が斡旋しているだと……」

「間違いないんだ。ここ何日も様々な者に金を渡して情報を集めた。間違いなくユーマガルド家なんだ。」

「お前がそこまで言うならそうなのだろう」

「ああ。今日の仕事はこれだ。ジルガルド家を操作し証拠を押さえる。後はミラ達の方が仕事が早いだろ」

「わかった。私とユーマで忍び込むんだな。ああ、証拠さえ見つかればうちであとは検挙できる」

「手伝ってくれるか」

「もちろん」


二人は隔離地区を後にした。

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