第11話 契約

 森の中の開けた場所で二人は10メートルほどの距離を取り、向かい合っている。風を受けて周りの木々の枝が揺れている。

ユーマは腰から、剣を取り出し構えた。剣の刃は青白く輝いている。

ミラも腰につけていた鞘から剣を抜き放った。まっすぐな瞳でユーマを見つめている。


「いくぞ」

ミラが先に動いた。オーラを最大まで展開し、ユーマに迫ると、剣に鋭い氷をまとわせ、ユーマの胴体目掛けて強烈な一撃を放った。ユーマはその攻撃をぎりぎりのところでかわすと。斬りつけてきたミラの右腕をつかむと、腕をひねるように関節を極め、地面に仰向けに倒した。そして、手に持っていた剣をミラの首元に押し当てた。


 勝負は一瞬で決まった。ユーマの圧勝であった。

ミラの首元から剣をどけると、ユーマはミラの隣に座り込んだ。

「俺の勝ちですね。約束は守ってもらいます」


 ミラは万が一にも自分が負けるとは思っていなかったと言った顔をして呆然としている。やがて、悔しさがこみ上げてきたのはその瞳に涙が浮かび始めた。ミラは自分の腕で目元を隠した。

 

 きっと負けず嫌いなんだろうなとユーマは思いながらもミラが落ち着くまでそっとしておいた。


 しばらくたった後、ミラは起き上がり口を開いた。冷静さを取り戻したのかその表情にもう悔しさの色は浮かんでいない。


「お前は一体何者なんだ。ここまでの力を持っている一般兵なんて見たことないぞ」

「詳しいことはまた今度話します。おそらく今はもうあまり時間はないですから。兵士たちは国へ戻る準備をしている頃でしょう」

「わかった。それで私に何をしろというのだ。悪いが、悪事には手を染めないぞ」

「別に、悪いことをさせようとしているわけではないです」

「それではまさか、お前もこの前の貴族のようなことを私にしようとしているのか。頼む。それだけは勘弁してくれ。私はまだ嫁入り前の身なんだ」


 何のことを言っているのかはじめ、ユーマは全く見当がつかなかったが。この前の光景を思い出しミラの意図が分かった。すると同時に少しミラの反応がかわいく思えた。


 なんか思っていたより、思い込みが激しいな。こんな人だったのか。まあかわいいからいいけど。こんな状況でそんなこと考えるなんて思っていたよりもあほなところがあるのかもな。


 普段は完璧超人のように振舞っていて、市民、貴族を問わず絶大な人気を博しているミラであったが直接話してみると普段と違う面が見れてユーマは面白かった。


「そんなことは頼みませんよ。安心してください。大丈夫。オキシール家の当主であるあなたにも悪い話ではないですから」

 ユーマは良からぬことを考えて勝手に怯えているミラを安心させると。本題を切り出した。


「俺に協力してほしいんです。この国にはびこる闇を無くすために」

「闇を無くす?」

「ああ、あなたも普段オキシール家の当主として国の治安を守っているからわかると思いますが。この国の状況は相当ひどいです。様々な悪事が横行し、人々はそれに苦しんでいる」

「確かに犯罪は後を絶たないが。我々が必死に対応しているぞ。それじゃダメなのか」

「あなたには悪いですが、全然足りていません。特に、貴族による凶悪な犯罪。そうこの前のようなやつが」

「そうか、必死で取り組んでいるつもりなんだがな」

「オキシール家はよくやっていると思います。俺の両親もオキシール家の働きは貴族の中で一番だと言っていました。しかし、治安を守る者の数が絶対的に足りていない。さらに、貴族と市民の身分差の問題もあります」

「確かに人数は少ないな。うちと、うちが雇っている貴族たちを集めても30名にも満たない。それは確かにそうだ。あとは身分差の問題か……」

「ああ、この前の事件がいい例です。もしもあの事件を引き起こしたのが市民だったらどういう判決だったと思いますか」

「間違いなく、一族もろとも死刑だろうな」

「俺もそう思います。それなのに、犯人が貴族というだけで。身分の剥奪と国外追放だけで終わってしまった。まったく納得していません」

「確かにあの判決には私も不満だった。あれだけの残虐なことに手を染めておいてそれだけなのかって」


 いいぞ。やはりこの人は比較的まともだ。これなら信頼できるかもしれない。

ミラの言葉を聞いてユーマは少し安心していた。自分と似た感覚をミラも持っていることが嬉しかった。


「俺は、この国にはびこる犯罪は全てなくしたいと思っています。全ての国民が安心して暮らせるようにしたいんです。そのためにあなたの力を貸してほしい」

ミラがどう出るか不安ではあったが。ユーマは、自分の思いを包み隠さず、まっすぐにミラにぶつけた。するとミラは、


「わかった。私も協力しよう。ただし。お前のことを完全に信じたわけではない。まずお前がどんなことをしようとしているのかこの目で確かめさせてくれ」

「わかりました。よろしくお願いします」

「ところで、お前は何という名なんだ?」

「一般兵20691」

「それは軍での呼び名だろ。本名は?」

「ユーマ=ハクライト」


 そうか私は君のことをユーマと呼ぼう、君も私のことはミラでいい。

「良いのか?」

「ああ、私も実は階級社会はあまり好きではないんだ。お前とは協力関係になるのだろう。対等な関係で行こう。敬語も使わなくていい」

「わかった。ありがとう」


 やはりこの人は信頼できる。父さんの言っていた通りだ。オキシール家はどんな時も品行方正だと言っていたがその通りだ。よし。これで一気に仕事が進むぞ。


 ユーマはミラの話を聞き、ミラへの信頼度が一気に高まるのを感じた。なにより、市民と貴族という大きな身分差がありながら少しもそれをひけらかさない態度が気に入っていた。


「どうやってここまで来たんだ?」

「なんかおかしな異変を感じたからな。走ってきたんだ。」

走ってきてあの速さか。さすがだな。ユーマはミラの能力の高さに改めて感心した。


「捕まってくれ」

ユーマは隣に立っているミラにむかって手を差し出した。


「えっ?」

急に差し出された手にミラは戸惑っている。


「瞬間移動する。急ぎたいから」

「ああ。そう言うことか。わかった。頼んだ」

 ミラはそっとユーマの手を握った。


次の瞬間二人は荒野のはずれにいた。遠くには撤収しようとテントを畳んだり、荷物をまとめている兵士たちの姿が見える。

 

 明日の晩にまた会うことを約束し、ユーマから先に部隊のもとへ戻っていった。

隙を見てミラも神聖騎士団の仲間のところへ戻っていった。


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