第10話 対峙
一時間後、ラトビール荒野にはおびただしい数の漆黒サソリの死体が転がっていた。兵士たちはその中で座り込んだり寝転んだりして休んでいる。皆、やりきったというさわやかな顔をしていた。
ユーマは静かに、傷ついた兵士達が寝かされている即席のテントに入って行った。
中では、10名ほどの兵士が地面に敷いたシートの上で寝かされていた。包帯などは少しまかれているが治療を受けた痕跡はなくただ放置されているだけであった。
その光景を見た。ユーマは5年ほど前のことを思い出していた。
懐かしいな……。初めての任務の時に俺も死にかけたな。グリーンサイの突進を腹に受けて。あれは痛かったな。なのに軍にはまともな回復薬もないし、貴族たちも回復してくれないんだよな。まったく。だから次々に死んでいくんだよ。
ユーマは鎧の兜をかぶると、スキル「強ヒール」を発動し、すぐにテントを出た。しばらくすると、不思議そうな顔をしながら元気になった兵士たちがテントから出てくるのが見えた。
良かった。元気になったか。ユーマはわずかに微笑んだ。
今回の任務にユーマが志願した狙いはこれであった。任務により傷つき見捨てられていく兵士たちを救うことをこれから先もできる限り、続けていこうと心に決めていた。
少し休もうと地面に座り持ってきた水を飲んでいるときに、ユーマはある気配を感じ取った。その気配が何によるものかはわからなかったが、確かに、西の方角から感じたのだ。気になったユーマは、まだ兵士たちが休んでいるのを確認すると、一目のつかない岩の裏に隠れてからスキル瞬間移動を使用した。
気配を感じたあたりを調べてみると、先ほどの場所から西に3キロメートルほど離れた林にそいつはいた。
灼熱トロール――4メートルは超える巨体に人間一人ほどはある大きなこん棒を抱えた巨大な魔物だ。しかも通常のトロールとは異なり、体内に特殊な消化器官をもち、激しい炎を口から吐くことができる。その見た目とは裏腹に非常に素早く、時速70キロで走る。非常に凶暴な魔物であった。
確かAランクの魔物だったな
とユーマは昔、本で調べたことを思い出した。
おかしい。こんなところに出るなんて。聞いたことないぞ。でもまあ野放しにしておくわけにはいかないな。
ユーマはトロールの目の前に立つと、向こうもユーマを認識したようでどでかい叫び声をあげながらこん棒を振り上げた。
ユーマはその場でダンジョンの深奥で得た8つの内の一つのスキル「雷撃」を使用した。
ユーマの右腕から天までオーラが立ち上尾ると、激しい雷が、灼熱トロールの頭に直撃した。トロールは黒焦げになりながら前のめりに大きな音を立てながら倒れた。ピクリとも動かないところを見るとどうやら絶命したようだ。
「雷撃」は雷属性の魔法でその名の通り、天から雷を降らせることができるスキルであった。天候に関わらず使用でき、その攻撃を受けたほとんどの生物は一撃で倒れるためユーマがダンジョン内で重宝した。「弱」、「中」、「強」と三段階の威力の調節が可能で、ユーマが今放った一撃は「中」であった。
正直、この雷撃を使えば先ほどの500体は超えるサソリの群れも、自分一人で数分もあれば始末することができたのだが。ユーマはそれをしなかった。裏から、国を支えていくと決めているからだ。
「ふう」
敵を倒し、ひとまず安心したユーマは鎧の兜を脱いだ。
すると、突然、背後から女性の物と思われる声が耳に届いた。
「お前がやったのか?」
まずい。
声を聴き、慌てて兜をかぶろうとすると、手に持っていた兜が凍り始めた。
ユーマは兜を地面に落とすと、あきらめたように振り返った。
そこにはミラが立っていた。
あそこから、どうやってここまでこんな速さで来たんだ? 3キロは離れているのにとミラのあまりの速さにユーマは驚いた。
そんなユーマの様子を気にした様子もなく。ミラは厳しい目つきでユーマに質問した。
「お前、ただの兵士ではないな。灼熱トロールを一人で倒すなど我々でも簡単ではない。何者だ」
「別に、ただの一般兵士ですよ。見間違いじゃないですか。こいつは初めからここに倒れていましたよ」
「嘘をつけ! お前が雷属性魔法でやったんだろう。全て見たぞ」
「……」
だめか。全部見られてる。どうする?
「お前、この前の事件でザガール家にいたものだな。やっと見つけた」
「勘違いですって」
もとより、貴族に対する尊敬の念なんて一かけらも持っていないが、ユーマは目上の人に対する言葉使いは丁寧に行う方であった。
「お前以外に貴族を倒したり、そいつを倒したりできる一般兵士がいるはずないだろう。ちょうどよかった。お前は検挙対象だったんだ。貴族に暴行を加えた罪でな」
「私はあいつらの悪事を暴いただけですよ」
「悪事を暴くのは我々オキシール家の仕事だ。ただの一般兵であるお前にはなんの権限も与えられていないだろ。おとなしく捕まれ。聞きたいことが山ほどあるんだ。」
さすがに心外だという様子でユーマは反論したが、無駄であった。所詮、一般市民はいかなる状況であっても貴族に手を出したら犯罪というのがこの国の法律であった。
ミラはユーマに向かって次々と氷の魔法を使い、体を拘束しようとしてくるが、ユーマはすんでのところでミラのオーラをかわし、凍るのを防いだ。魔法が発動するのはオーラの展開が終わってからであるため、オーラが自分に触れる前に回避すれば魔法の攻撃も防ぐことができる。
「すばしっこいやつだな。これならどうだ。」
ミラはユーマを覆うようにオーラを展開させると氷魔法を発動させユーマは氷のドームに閉じ込められた。しかも、中央に立ちすくんでいるユーマに向かって氷のドームはどんどん小さくなってきていた。ユーマは仕方がなく瞬間移動を使い。ドームから脱した。
「そんなこともできるのか。すごいな」
ミラは驚きの表情を浮かべている。
ミラの魔法を避けながら、ユーマは頭の中で必死に思考していた。
こんなに早くバレるなんて……。どうする? しかも俺が指名手配かよ。他の貴族の悪事の情報も渡したのにひどいな。まあしょうがないか。市民が何したところで許せないんだろうな。この人はおそらく悪い人ではないが。どうする?
ユーマはなおも迫りくるミラの攻撃をよけ続けていたが、あることをひらめいたのか口を開いた。
「ミラ様。賭けをしてくれませんか」
「賭けだと?」
ユーマの声を聞き、ミラは攻撃をやめた。
「はい。俺には絶対に成し遂げなきゃならないことがあります。ここで捕まるわけにはいきません。しかし、あなたにも譲れない理由があるのでしょう?」
「まあな」
「そこで賭けをしましょう。もし、この戦いで俺が勝ったら。一つだけ言うことを聞いてください。俺が負けたら、おとなしく捕まりますし、知っていることは何でも話します。どうですか?」
二十歳にして神聖騎士団の隊長を務めるだけあり、ミラはとても冷静であった。この取引にすぐに乗って来ることはなく、深く思案していた。冷静に考えれば一般兵に自分が負けるわけがない。そんなことはわかっていたが。この男は普通の一般人でもない。あらゆる可能性をミラは考えているようであった。
「まさか。国を代表する神聖騎士団の隊長ともあろう方が臆したのですか?」
しかし、ユーマの言葉を受けてミラは覚悟を決めたような顔をした。誇りある4大貴族の当主として舐められるわけにはいかなかった。
「よろしい。そこまで言うのならやろう。しかし、敗れた暁には知っていることを全て話してもらう」
「わかりました。そちらももし敗れたら私の願いを聞いてください。」
「いいだろう。誇りある貴族として決闘の決まりは守る」
二人は互いに剣を構えた。
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