第9話 荒野のサソリ
2章
アルドナ国の東10キロほどの位置にあるラトビール荒野はすでにアルドナ国の国境の外であった。しかし、アルドナ国に隣接している4つの国の領土でもなかった。この世界における国とは5㎢から15㎢程度の小さなものを指した。つまり、アルドナ国の場合は国を覆うように建てられている外壁の中のみがアルドナ国であり、外壁の外は領土ではなかった。他国もまた同じで、外壁で囲ってある範囲のみが国の領土として定められている。
アルドナ国の周りには軍事国家ゴブレス、商業国家ユージスト、民主国家ムトワール、王政国家サリバンが存在している。
今、ユーマは領土の外であるラトビール荒野に来ていた。その理由は、最近この辺りに、B級魔物「漆黒サソリ」が大量発生し商人を襲っているためであった。アルドナ国と唯一、国交がある民主国家ムトワールとの交易路で商人を襲われると国の経済にも甚大な影響が出る。そのため国王は今回、一般兵40人で構成される部隊を5つと、神聖騎士団の2番隊と3番隊を派遣していた。
神聖騎士団の部隊を二つも派遣していることからも国王がムトワールへの交易ルートをいかに重要に考えているかがわかる。
ユーマは1番隊から5番隊まである中の4番隊に臨時で派遣され現地に赴いていた。
一般兵はみな同じ甲冑を着こんでいるため見分けがつかない。甲冑の胸のあたりに番号だけが記されている。番号のみで扱われている理由は、貴族が一般兵のことを、どうせ使い捨ての駒程度にしか考えていなかったからである。
ユーマはそうした大勢の一般兵士に交じりながら歩き、ラトビール荒野にたどり着いた。あたりを見回してみても魔物らしきものは見当たらなかった。
漆黒サソリか、たしか尾だけではなく爪にも毒があるんだよな。こりゃあ怪我人が多く出そうだ。
ユーマがそんなことを考えながら隊列を整え待機していると、目の前を3番隊隊長ミラ=オキシールと2番隊隊長ガスナ=バドリッジの二人が歩いてきた。
ガスナ=バドリッジは4大貴族であるバドリッジ家の当主であり、バドリッジ家始まって以来の天才と言われているほどの戦闘の実力を持つ男であった。強力な火属性魔法の使い手で、その攻撃を受けたものは骨も残らず焼き尽くすことで巷でも有名であった。「炎帝」という二つ名で呼ばれている。アルドナ国でも屈指の実力者であった。
その外見は背が高く、すらっとした印象を受ける。男にしては長い髪は肩のあたりで切りそろえられていた。前髪はセンターで分けており、大きな目が印象的だった。町の女性たちからの人気もうなずける顔をしていた。
「ミラちゃん、この仕事終わったらさ、食事でもどう?」
ガスナはいかにも軽いノリでミラの後を歩きながら歩いている。
「私、忙しいので」
ミラは明らかに不快だというような表情を浮かべすたすたと歩いていくが、ガスナもしつこく食らいついていた。
「そう言わずにさ、いい店見つけたんだよね。ロブスターのローストが絶品でさ。食べいかない」
「他の方を誘ってください。いくらでもお相手はいるでしょう」
「ちぇ。じゃあこうしよう。今日、俺が君より多くのサソリを倒せたらさ。オッケーしてよ」
「またの機会にしてください。仕事が立て込んでいるので」
ガスナから誘われているミラは心底めんどくさそうな顔をしながらどこかへ歩いて行ってしまった。。
ああ、女の人ってたまにああいう冷たい顔するよな。それにしてもあいつは、何しにここにきているんだか。
とユーマは内心思っていた。
しばらく待機していると人間の気配を感じたのかどんどん漆黒サソリが現れ、戦闘が始まった。ユーマはあらかじめ組まれていた5人の兵士と共に1体のサソリと戦い始めた。
市民からなる一般兵士は貴族たちとは異なりオーラの量が生まれつき低い。今ここにいる兵士も全員1000~2000までのオーラ量しかもっていなかった。その程度のオーラだと身体能力は1.1倍から2倍くらいまでしか高めることはできない。
しかも一般市民は貴族とは違い、特殊能力であるスキルが発現することもない。一般兵士はその名のとおりほとんど自分の力のみで凶悪な魔物に挑んでいかなくてはならないただの一般人であると言えた。
そのため、戦闘の際には仲間との連携が重要になる。誰かが狙われている隙に他の者が攻撃する。狙われている者が死んだら他の者がターゲットになる。これが基本戦術であり、ユーマたちは入隊した時からこの戦術を繰り返し鍛錬してきていた。そのため、誰と組むことになっても最低限の連携は図れるのである。
今回はユーマがターゲット役となり大人の人間の倍はあろうかというサイズの漆黒サソリを引き付けた。しかし、仲間の兵士たちはなかなか漆黒サソリにダメージを与えることができなかった。
こんなに隙だらけにしているんだから頼むぜ。
ユーマは仲間たちの実力に呆れながらも逃げ回っていた。しかし、いつまでたってもしとめられないため、ユーマは手に持っていた槍で漆黒サソリの頭を突き刺した。
ユーマが槍の達人であったためできたことであったが、かなりの荒業であった。
「こいつの弱点は頭部だ。頭部をつぶしてこう。隙は俺が作るからしっかり狙ってくれ」
「はい」
四人の兵士は顔は見えないが、おそらくまだ軍に入ってあまり時間が経っていない者たちであることはその動きをユーマにはわかっていた。
こんな素人を戦場に連れてくるなんて。どうなっているんだ?
ユーマはあまりの動きの悪さに驚きを隠せなかった。しかし、今はこの4人に交じって戦うしかない。覚悟を決めると次のサソリに向かって突き進んでいった。
ユーマの助言もあり、コツをつかんできたのか4人の動きは徐々に良くなってきた。しかし、辺りを見渡すといつの間にかサソリの数は数十匹に増えており、先は長そうだった。
さらに二、三匹倒したところで、すぐ近くに敵はいなかったため、辺りを見回した。すると、遠くの方でミラとガスナが戦っているのが見えた。
ミラは漆黒サソリを一瞬で氷漬けにしていた。ミラが通った後には巨大な氷塊がいくつも並んでいた。
オキシール家に代々発現することが多い氷魔法のスキルであった。
さすがだな。もう何十体と凍らしてる。ミラの周りは氷で埋め尽くされ、別世界のような光景が広がっていた。
ミラの近くにはガスナがいた。こちらはその強力な火属性魔法でサソリを次々に燃やしていた。
ガスナの周りには巨大な炎柱が立ち上り、こちらも目を見張る光景だった。
他にも、ミラとガスナがそれぞれ率いている神聖騎士団の隊員たちはみな様々なスキルを使いこなし次々にサソリを駆逐していった。ガスナが率いる2番隊はそれぞれが自由に動き回り戦闘を行っていたが、3番隊の隊員はしっかりと陣形を組み組織的に戦っていたのが印象的だった。
「おっと」
二人をぼーっと見ているといつの間にかサソリが迫ってきていた。ユーマは顔面目に迫ってくる鋭い尾の攻撃をすんでのところでかわした。
まずい、まずい。自分のことに集中しよう。
ユーマたちの班も再び戦闘を始めた。
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