第6話 ある貴族の闇

ユーマが先ほどの場所に現れると目の前には1人の男が立っていた。1人の男は気絶している二人を起こそうと二人のそばにしゃがみこみ、肩をゆすっていた。ユーマは後ろから近づくと、男の腕を背中側に回し関節をきめた。


「うっ」

関節をきめられた男は激痛に顔をゆがめている。


「だれだ?」

男が質問してきたのを受けてユーマは男の右手の小指を折った。


「ぐああ」

男は悲鳴を上げた。


「質問は俺がする。すぐに答えろ。人攫いを命じているのは誰だ?」

「……」


ユーマはが尋ねたが。男は口を開かなかった。男は痛みによるものか額に汗を浮かべていたが。口を閉ざしている。


ぽきっ


ユーマは今度は薬指の骨を砕いた。折るのではなく粉々に。ユーマの右腕の中には指だった物がつぶれていた。


「あああぁぁぁぁーーー」

あまりの痛みに男は悲鳴を上げた。


「答えろ。それともこのまま死ぬか」

ユーマの氷のように冷たい声が男を観念させた。


「わかった。わかったよ。頼む。やめてくれ。お願いだから」

男は苦痛に顔をゆがめながら、肩で息をしている。


「誰が命じた?」

「当主、ゲトラ=ザガール様の三男、クロード様だ」

「クロード?」


クロードという名前に心当たりはなかったが、当主のゲトラ=ザガールという名は聞いたことがあった。


「次の質問だ。攫ってきた女はどこに閉じ込めているんだ?」


「そこの下です」

男は馬車から少し離れた地面を指さした。そこには鍵付きの鉄格子がはまっていた。鉄格子の下には階段が続いているように見えた。


「お前はもういい」


ユーマは男を放した。解放された男は右手を押させて苦痛に顔を歪めていた。ユーマはそっと男の腕をつかんだ。


すると突然、ユーマの右手が急激にエメラルド色に発光した。だんだんとその光が男の腕を通り、手のひらに広がっていった。すると、みるみるうちに男の指の怪我が治っていき、わずか数秒で男の手は元通りになった。


この力はダンジョンでユーマが得た8つの能力の一つ「強ヒール」であった。このスキルは通常のヒールよりも高性能で、即死以外のダメージであれば即完治することができる強力な物であった。300万リルはする最強回復薬エリクサーをオーラの持つ限り使うことができるのと同じであった。一人を回復させるのに5000オーラを使用するがユーマにとって些細な量であった。


 ユーマに怪我を治された男は戸惑いの表情を浮かべながら、自分の手とユーマの顔を交互に見ていた。


「悪しき者に従ったらお前も同罪になってしまうぞ。身の振り方を考えろ」


 ユーマはそう口にするとポカーンとしている男の後頭部に一撃を与えた。男は意識を失い、地面に倒れた。


 ユーマはすぐに地下に続く鉄格子の前に移動すると、オーラで強化した手で鉄格子についていた南京錠のカギを無理やり外した。金属でできている南京錠が「ペキッ」という音と共に外れた。


 ユーマが下を覗き込むと、闇の中に階段は続いていた。ユーマはゆっくりと下って行った。

 

「なんだこの匂いは?」

 階段を下っていくと、ユーマはある強烈なにおいを感じ取った。カビと埃や人間の汗などの体臭が入り混じったような極めて不快なにおいであった。

 ユーマが下に行けば行くほど、その香りは強くなっていった。一段一段、下っていくユーマの胸には悪寒が広がっていった。

 

 地下に降りたユーマは言葉を失った。わずかな明かりが灯ったその部屋では、多数の女性が鎖につながれ揺れていた。しかもほとんど裸同然の恰好であった。天井から吊り下げられた鎖に両手を拘束され、立ったままの姿勢で何人もの女性がうめき声をあげていた。口には猿ぐつわをされていて、目には目隠しがされていた。両足には重り付きの鎖がつけられている。

 

 横になって寝ることもできない体制で拘束されている女性たちを見てユーマは言葉が出なかった。怒りを通り越して涙が出てきていた。


 ひどい。ひどすぎる。まるで家畜じゃないか。なんで人間にこんな真似ができるんだ。この人たちがいったい何をしたって言うんだ。 


 ユーマが一人の女性に駆け寄り、鎖を外そうとすると、突然、男の声が聞こえてきた。

「誰だお前は?」

地下に松明が灯り、男の姿があらわになった。


「お前がクロードか」

 ユーマは兜の隙間から、男をにらんだ。


切れ長の瞳に怪しい眼光が宿る短髪の男であった。白を基調にした高級そうな服を身に纏っていた。年は25歳前後にユーマには見えた。


「そうだ。お前は? 一般兵の鎧を来ているが」

全身鉛の鎧を着こんでいるユーマを見て、クロードは下卑た微笑みを口元に浮かべている。


「ただの一般兵だ」


「そうか、一般兵か。心配して損したぜ。貴族だったらどうしようかと思った。脅かしやがって」

目の前にいる男が一般兵だということがわかり、クロードの表情から焦りの色が消えていった。


「どうやってここに入ったんだ? 鍵がしてあったはずだが? っていうかなんでこんなところにいるんだ」

「カギは壊して入った。俺の知り合いが連れ去られそうになったから追ってきたんだ」

「そういうことか。あいつら、しくじりやがって。ろくに仕事もできないくず共が!後で殺してやる。」


ユーマがここにいる理由を知ったクロードはその顔に激しい怒りの色を浮かべた。

「お前はここで何をしているんだ。」

「何ってこの状況を見てわからないのか。市民のくず共をさらってなぶってるよ。顔だけは良い奴らを厳選してな。泣きわめく女どもをめちゃくちゃにする。これ以上の快楽はないぞ」 


男は口元に狂気の色を浮かべ心底楽しそうにしゃべっている。


「……」

雄弁に語る男を前に黙っているユーマの心は、自身の心が深い憎しみの中に沈んでいくのを感じていた。


「たまに外出した時に、面の良い女を見つけておくんだ。そして隙を見てこのとおりよ。最高の趣味だとは思わないか?」

クロードは、自分の近くにいた女の太ももを撫でながら得意げに語っている。


「まあ、こんな高尚な趣味はお前たちみたいなゴミには一生わからないと思うがな」


 ユーマは、こみ上げてくる怒りを必死に抑えながら口を開いた。


「なんで、お前は、こんなことができるんだ! 市民だって同じ人間だろう」

「馬鹿を言うな、同じ人間なわけないだろ! 俺たちは特別なんだ。俺ら貴族に比べればそいつらもお前も全て虫けらよ。力ある物が好きにして何が悪い!」


 一般市民のユーマを前に、堂々と言い放ったクロードは高笑いをしている。

これだから貴族が嫌いなんだ。一点の隙も無く、市民を見下している。自分こそが神だと思い込んでいる。だがシリカを狙ったことが運のつきだ。すべてを清算させてやる。


「わかった。俺ももうお前を人だとは思わない。自分の罪を悔い改めろ」

ユーマは腰の鞘から剣を引き抜いた。

「何を偉そうにしているんだ? ただの一般兵士の分際で。まさか貴族と戦ったことがないのか?」

「……」


 ユーマはクロードの言葉には答えず、剣を構えた。


「馬鹿な奴だ。俺の趣味に首を突っ込まなければ死ぬことはなく、虫なりの人生を続けていけたというのに。ここを見られたからには万に一つも逃がさねぇぞ。バラバラに切り裂いて魚のえさにしてやる」


 クロードは腰から刀を引き抜くと刀に紫色のオーラをまとわせた。

ザガール家は毒魔法で有名であった。オーラを毒に変化させ、その毒をまとった武器で攻撃するのだ。


 ユーマを前にクロードは少しも緊張していなかった。それもそのはずである。貴族と一般市民は生まれつきオーラの量がはるかに異なる。オーラの量は身体能力にも直結するためその差は歴然であった。貴族の平均オーラ量は7万である。それに比べて市民のオーラ量は1000前後であった。事実、貴族からしたら市民は、目の前の地べたを這いずり回る蟻のような存在であった。

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