第4話 誓い
次の日、ユーマは南区にある軍隊の駐屯地を訪れた。駐屯地にいくつか置かれている建物の横には広大な土地が広がっており、そこでは多くの鎧をまとった兵士達が鍛錬に励んでいた。
変わらないな。なにも……。俺たちが出発した時と同じだ。
ボロボロになった練習武具、打ち込みのための人形を見ているといかに金が駆けられていないかが見て取れた。お世辞にも整った施設とは言えなかった。
ユーマは黒い屋根をした平屋建ての建物に入って行き、自分の上官であるナッド=カサドラを見つけると声をかけた。ナッドは緑色の軍隊服を着ているが、その服はつぎはぎだらけでボロボロであった。ナッドはユーマに気が付くと、そのつるつるの頭をなでながら驚きの声を発した。
「20691っ! 生きてたのか!」
「はい」
ユーマたちが所属している王国軍では一般市民で構成される通称「一般兵」は名前で呼ぶことは禁止されていた。名前で呼び合うのは貴族達と、出世して立場が上がった一部の上官たちの特権であった。ナッドは一年前に「軍曹」に昇進し、名前を得ていた。
「大変だったな。お前以外は誰も戻らなかった。ルクサージ様たちは事故があったと言っていたが」
「事故だって? 冗談じゃありません」
ナッドの言葉を受けてユーマは激怒した。
あれが事故だと? くそ、やっぱり貴族共はそうやって保身に走るのか。なんて汚い奴らなんだ。
心に広がる悔しさを何とか押し殺しながらユーマは言葉を続けた。
「あいつらは、我々を敵の真っただ中に置き去りにしたんです。上の階に続く扉も開かないようにして」
「やっぱり。そのようなことがあったのか。おかしいと思ったよ。我々が命を落とすことはよくあるが、一人も帰らないことは異常だからな」
「なんにも問題になってないんですか」
「ああ、貴族たちがただの事故だと上に報告したんだ。それでこの件は終わりだろうな。」
「そんな」
なんだったんだ。あいつらの死は。
わかっていたことではあったが、あまりの現実にユーマは言葉を失った。
アルドナ国では貴族が全てにおいて優先される。一般市民が何を言っても無駄であった。
「我慢してくれ。我々は何もできない」
大切な部下を失ったことで胸を痛めているのだろう。ナッドも悔しそうに拳を固く握りしめている。
「でもまあ、お前だけでも帰ってきてくれて良かったよ。うちのエースだったからな」
ナッドは、心から労わるような表情を浮かべながらユーマの肩をポンっと叩いた。
「……」
ユーマはナッドの言葉には答えなかった。
神からのギフトを受け取る前のユーマはオーラの量は他の兵士たちと変わらず、貴族に比べて極端に少なかった。しかし、戦闘に関する技量は部隊の誰もが感心するほどの腕前であった。所属していた部隊の中で次に昇進するのはユーマだと誰しもが予想していた。
曲がりなりにも531階までたどり着いたのは運だけが理由ではなかった。
これ以上、軍に所属している意味はもうないな。仲間たちももういないわけだし。ユーマは顔をあげると話し始めた。
「ナッドさん。申し訳ありませんが。私は軍の正規兵をやめます。」
ユーマの一言を聞いて、ナッドは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐにその表情は消えさり、仕方がないという顔をした。
「そうか。それほどのことがあったんだもんな。わかった」
「これからは臨時兵として、任務があった際に貢献しようと思います。」
「おお、臨時兵として活動してくれるのか。ありがとう」
ユーマが申し出た臨時兵とは任務があったときだけ軍に参加する兵士のことを指す。通常の兵士は月に15万リルの賃金をもらい日ごろの訓練から任務までこなす必要がある。それに比べて臨時兵は月の賃金がもらえない。任務を行った分だけ賃金が発生する仕組みとなっていた。
ユーマは悔しさを胸に駐屯地を後にした。ナッドから得た貴族たちの動向を知り、怒りが溢れそうであったが、何とかこらえていた。
歩いているユーマを見かけても、他の兵士たちは別に驚かなかった。ダンジョンに入って命を落とすことも、遅れて生還を果たすこともよくあることであった。
この国は腐っている。ユーマは改めて国の現状を嘆いた。
「よお、戻ってきたのか」
「おやっさん」
ユーマは西区にあるなじみの肉屋に来ていた。目の前にいるのは、いつもユーマに暖かい声かけをしてくれる気のいい男だ。大柄で恰幅の良い姿をしている。聞いたことはないがおそらく40代だとユーマは感じていた。
「良かったぜ。しばらく来ないから。心配してたんだ。お前ら一般兵士はいつだってころっと逝っちまいやがるんだからさ。ほんと、良かった」
口は悪いが言葉の節々から確かな温かみが伝わってくる。ユーマは昔からこの男に親しみを覚えていた。今は亡き父を思い出すからかもしれない。
「どうだい。町の様子は?」
ユーマは気になっていたことを尋ねた。町の様子は、いつも町の中心で見ているこの男に聞くのが一番早い。
「どうもこうも最悪よ。強盗に人さらい。よくわからない薬まで出回っている。病人や貧乏人は目も当てられねえわな。まあ、かくいう、うちも経済的には厳しいんだがな。がっはっは」
おやっさんと呼ばれる男は大きな口を開け笑っている。その見た目に違わず豪快な人柄の用だ。
「そうか。そんなにひどいのか」
「ああ。まったく、今の国王や貴族はなにを考えているのかね。このままじゃ大変なことになるぞ」
「そうだよな。」
ユーマは、おやっさんの話を聞いて改めて自分の認識が正しいことを感じた。この国は絶望的な状況にあるようだ。
「ありがとう。おやっさんと話せてよかったよ。ミンチと肩ブロックを1キロずつもらえるか?」
「こちらこそよ。お前が無事でよかったぜ。ミンチと肩ブロックなちょっと待ってくれ……」
おやっさんはてきぱきとショーケースから肉を取り出すと、袋に詰め、ユーマに手渡した。
「えっと、いくらだっけ」
ユーマは金を払おうと財布を懐から出すとするとおやっさんはそれを制した。
「馬鹿言っちゃいけねえよ。無事に生還した祝いだ。金なんか要らねえよ」
当たり前だろ? という顔で笑っているおやっさんの顔を見てユーマは涙が出そうになるのを必死でこらえた。金ならたっぷりあるのだが、今回はおやっさんの好意に甘えることにした。
おやっさん。いま経済的に厳しいって言ったばかりなのに……。必ず。俺がこの国を何とかするから……。少し待っててくれよ。
ユーマは心の中にある決意を深めた。
「ありがとう。また顔を出すよ」
「ああ。無理はするなよ」
ユーマは肉屋を後にした。
ユーマは人目につかないところまで行くと瞬間移動を使った。西区の商店街の路地から5キロ北の丘の上にとんだ。ここはアルドナ国の王都アルバニアを見下ろせる位置にある小高い丘の上であった。ユーマは丘の上から王都を見下ろした。
アルバニアは円状に構成された都市であり直径10キロほどの土地の中に120万人が暮らしていた。
ユーマの眼には、街の中心地に堂々とたたずむ巨大な城と、それを囲うように周りに立ち並ぶ貴族たちの屋敷が見えた。目に映る屋敷はどれも一つ一つが小さな白と言えるほど絢爛豪華であった。あの屋敷の中でどれほどの市民から搾取した財があるのかと。見るたびにユーマの怒りはこみ上げた。
また、ユーマは王都の外壁の外側に眼を移した。そこには掘っ立て小屋のようなありあわせの資材で作られた小屋が集まっている場所があった。小屋の周りには乗り越えられないように柵がされている。
そこは市民の中で、はやりの病にかかったり、まともに生活できない者たちが閉じ込められ隔離されている「隔離地区」と呼ばれる場所であった。中に暮らす住民はその村から出ることはできず、二日に一回投げ込まれる残飯のような腐りかけの食料を糧にその日の命を永らえている。アルドナ国の最下層の人間が生活する場所であった。
夕食の準備をしているのか、小屋からは白い煙が立ち上っていた。
あんなところに人間を閉じ込めて。むごすぎる。同じ人間じゃないか。必ず、必ず俺が救って見せるから。あと少しだけ待っていてくれ。
ユーマは瞳に浮かんでいる涙を腕で拭うと、目の前に二つ並んでいる墓の前に座った。
「父さん。母さん。無事に帰ってきたよ。ありがとう守ってくれて」
ユーマは持っていた布で、丁寧に二人の墓を拭いていった。
「どうだい。ここからの景色は。最悪だろう。父さんと母さんはこの場所から見える景色が一番好きだって言っていたけど、俺は大嫌いだ。王や貴族の驕りも、貧しい人々の苦しみも全部見えてしまうから」
久しぶりに訪れた墓参りだというのにユーマは暗い表情を浮かべている。
「ごめんな。この国に誇りを持って、死んでいった父さんたちに言うことじゃなかったよな。大丈夫。安心してくれ。俺が変えて見せるから。父さんと母さんが大好きだった国に。俺が。待っててくれ。眠るのがこの場所で良かったって。また思ってもらえるように頑張るよ」
日が沈み切った後、ユーマは墓場を後にした。
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