第3話 果たした約束

 一週間後、ユーマは地上に戻った。

 顔を覆っていた兜を脱ぐと、久しぶりの地上の新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。風が運んでくる、土と植物の匂いが入り混じった香りが帰ってきたのだという思いを強めていた。


 ユーマたち一般兵士は甲冑が正装であるため、私用で外出する以外は全身金属で覆われた甲冑で過ごしている。そして、ダンジョン内や戦闘を行うときのみ、兜も被っていた。

 貴族は色とりどりに彩られた防具を身に着けることを許されていたが。ユーマたち一般兵はみなこの格好であった。古くから使いまわされてきているため、ところどころ黒く錆びついていたり、金属が欠けていたりするこの鎧を着るしかなかった。


 兜を被った後でも認識できるように鎧の胸と背中のあたりに5桁の数字が入れられていた。ユーマの胸元にも「20691」と引っかかれたような傷で番号が書かれていた。番号のすぐ上には前に使っていた者の名残であるのか5桁の数字がひっかき傷で消されていた。


 この騎士番号だけがユーマの兵士としての証であった。どうせすぐに死ぬ。変わりはいくらでもいるという。市民蔑視の思想がこれでもかと反映されている格好であった。


 ユーマが立っている場所はアルドナ王国から西に1キロほど先に広がっているソーノス草原であった。ユーマの横には二つの巨石が佇んでいた。互いに支え合うように立っているこの巨石の間にダンジョンへ続く穴が広がっている東を向くと、夜でも煌びやかに輝いている王宮や貴族の屋敷が見える。


 深夜であるためか辺りには人の影はなかった。

上を見上げると、美しい星空が広がっていた。

 

結局ユーマはあの後、獰猛なS級魔物などを返り討ちにしながらダンジョンを隅々まで探索し、8つ全てのギフトを手に入れていた。体内には、2週間前に仲間と共にダンジョンに入って行った頃とは、比べ物にならないほどの力を秘めていた。

 

 ユーマは、手に入れた8つのスキルの内の一つ「瞬間移動」を使用するとソーノス草原から姿を消し、ある建物の前に現れた。

この力はユーマが手に入れた力の中でも最も使用頻度が高い、お気に入りのスキルであった。1メートル移動するのに100オーラが必要であり、ソーノス草原から、王都アルバニアの西地区まで1300メートルほどの距離を移動したユーマはこの異動で13万オーラを使用した。通常であればとてつもない量であるが、神のギフトで莫大なオーラを手に入れたユーマにとっては大した量ではなかった。

 

 西地区にあるメインストリート「8番通り」には通りに面して、所狭しと商店が並んでいた。武器屋や防具屋、道具屋の他にアクセサリーショップや肉屋、宿屋など、様々な店舗が立ち並んでいる。しかし、今が深夜であるためか、どこの店も閉まっており、通りにも人は一人もいなかった。

 この通りは、日が沈むと明かりが少なく、急激に視界が悪くなることを知っていたユーマはためらわず能力を使うことができた。

 

 建物の扉に手をかけたユーマは胸の鼓動が早くなるのを感じた。


 シリカに会うの、2週間ぶりだ。元気かな。こんな時間に帰って来て怒らないかな。まずい幼馴染に会うだけなのに緊張するな。

 ユーマは意を決して扉を叩いた。


しばらくして出てきた女性はユーマの顔を見ると、幻でも見るかのように目を見開いている。

「ユーマ……なの……?」

「ああ。帰ったよ」


 ユーマの声を聞いた少女はユーマに飛びつき、思い切り抱きしめた。そして耳元で声にならない声で叫んだ。

「ばか!」

その言葉と同時にシリカの腕の力はさらに強くユーマを抱きしめてくる。


「ばか!ばか!ばか! 本当に死んだと思ったじゃない!」

「ごめん」

「生きてるなら連絡しなさいよ!」

「ほんとにごめん」


 シリカはしばらく泣き続けている。大きな瞳とまっすぐに通った鼻筋から、端正な顔立ちをしているのは間違いないが、今は涙で顔をくしゃくしゃにしてしまっている。眼もとには大きなくまが浮かんでいた。

やがて落ち着いた。シリカを家の中に連れていったユーマはシリカの顔を見て、そのことに気付いた。


「すごいくま。大丈夫?」

「あたりまえでしょ! ずっとユーマの無事を祈ってたのよ! 寝てる場合じゃないでしょ!」


 そう言いながら再び泣きじゃくるシリカを見てユーマは自分の幸せをかみしめていた。


あきらめなくてよかった。本当に。シリカがこうして祈っていてくれたからきっと帰ってくることができたんだな。あの時だって、シリカのことを思い出さなければ、きっとあきらめていた。


「シリカ。ありがとう。君のおかげで帰ってくることができたよ」

 ユーマは心から感謝の念を伝えた。


 しばらくした後、シリカは泣き止むと一度顔を洗ってきた。上下一体のクリーム色の寝巻に黄色いストールを羽織っている。肩までの長さで整えられた髪はつややかでシリカの持つ美貌をさらに引き立てているように見えた。

 

 二人の家は2階建てであるが、築40年の木造建築であるためお世辞にも良い家とは言えない。家具もどれも古臭く、ソファーや椅子に張ってある布もボロボロであった。それでもユーマが兵士としてもらう賃金とシリカが畑で育てている野菜を販売した金でこの程度の家で生活ができている二人はましな方であった。アルドナ国ではこれでも平均より上の生活水準であった。


 シリカはユーマが座っているソファーの隣に腰かけると目の前のローテーブルにコーヒーを入れた。

 ユーマはダンジョン内で起こった事件については包み隠さず話したが、自分が得た力についてはまだ秘密にした。力のことを知ってしまったら、もしかしたらシリカに危険が及んでしまうと考えたからであった。

幸運にも「帰還の翼」見つけられて戻ってこれたということにしておいた。


 体は本当に大丈夫なのね?と何度もシリカに心配されたがユーマが何度も体は大丈夫だと伝えるとやっと安心したようであった。深夜にも関わらず、シリカは料理をし始め、わずかな時間でなん品も作ってくれた。一つ一の料理に込められた愛情を感じながら、ユーマは久しぶりの幸せを噛みしめた。

 

 シリカが沸かしてくれた風呂に入った後はいつもと同じように同じ布団で横になった。


「なあ、シリカ」

「うん?」

「前から聞いてみようと思ってたんだけど。いくら幼馴染とはいっても、この年で一緒に寝るのって普通なのか?」

「いいのよ、そんなことは気にしなくて。お互い両親も、もういないんだしさ。家族じゃない」

「まあそうだけど」

「ユーマは私と寝るの嫌なの」

 

 至近距離から不安げに見つめてくるその顔は、とてもかわいらしくて、ユーマはいつも直視できない。

 自然に目をそらしながら答えた。


「いや、全然いやじゃないけど。ほら一般的に考えてだな」

「一般なんてうちには関係ないのよ。私はこうしてユーマの横で毎日寝たい! ダメ?」


 ここぞとばかりにシリカは甘えるような口調を使いユーマにいじらしい微笑みを見せた。まったくかわいいなあ。ユーマはそのほほえみの可愛さを見てああ帰ってきたんだなと実感しながら幸せを噛みしめた。


「だめじゃないよ。」


 ユーマも微笑み返した。

二人はお互いが5歳の時からの14年間にもわたり家族ぐるみの付き合いをしてきた幼馴染である。5年前に互いの両親を流行の病で失ってからは、二人で力を合わせて生き抜いてきた。

幼馴染、恋人、家族、仲間、パートナー。

どの言葉でも言い表せないほど、深い関係であった。 


 

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