第2話 地獄で得たもの

 結局、ダンジョンの深層はユーマが考えていたような甘い場所ではなかった。探索することもできない過酷さで、数歩先に死が待っている。まさしく地獄と言えた。ユーマにできることと言えば、すぐに見つかるさらに下につながる穴に駆け込むことだけであった。より死に近づくとわかっていても他に選択肢はなかった。


ユーマは帰還の翼どころか何も見つけられないまま、モンスターに出くわすとその度に全力で逃走し、命からがら穴へ飛び込んでいった。

 

下へ、下へ、下へ、下へ、地獄へ、地獄へ、地獄へ、地獄へ。ユーマはひたすらダンジョンを駆け下りていった。


 どんなに危険なモンスターに出くわしても、

「絶対に死なない」

という強靭な意志と、仲間にも認められていた反射神経だけで、モンスターの攻撃をかわし続け、逃げ続け、傷だらけになりながらも下に落ちていった。致命傷を受けなかっただけでも恐ろしく幸運だったと言えた。


 しかし、8時間後ユーマはあるフロアに力なく倒れ伏していた。その体は左足と右腕を失っていた。このフロアに落ちる前に出くわした触手を操るS級モンスター「ネオトレント」に引きちぎられたのだった。他にも全身いたるところに切り傷や擦り傷が浮かんでいた。

 

 38個もの下降ホールをたどったユーマは様々な凶悪なモンスターがはびこる世界を「生きる」という意志だけで超えてきていた。しかし…肉体も、精神もすでに限界を迎えていた。

 

 倒れ伏している地面から、ひんやりとしたものが伝わってきて心地が良かった。あたりがどうなっているのか確認する余裕もない。ユーマの命は消えかかっていた。


「よく来たな。若き者よ」

 

 すると突然、倒れ伏している頭の前方の方から力強い女性のものと思われる声がしてきた。ユーマは最後の力を振り絞って声の先を見つめた。視界がぼやけてよく見えないがそこには白い翼が生え、同じく白い服を身にまとった女性が中に浮かんでいるように見えた。


「はあ…はあ…」

「ふふ、死にかけだな。そのような貧弱な体でよくこの地下531階までたどり着いたな。あの強力な生物達の中を抜けて……」


 531階? なぜ俺のことを知っている?

 

 意識を失いそうになりながらもユーマはそのようなことを考えた。


「なぜそんなことを知っているかって? 私は神に近しい存在だ。このダンジョン内のことは全て把握することができる。38回もよく落ちたな。ここはまぎれもなく地下531階だ。おっと、こうしちゃいられないな。お前、このままだったら49秒後に意識を失って死ぬぞ。私の下にある宝箱を開けろ」


 ユーマが目線を下げるとそこには、様々な宝石で装飾され、金色に輝いている宝箱があった。


「早く立ち上がってその宝箱を開けろ。中にエリクサーが入っている。それを飲むんだ。あと24秒だ!」


 女の声を聞いたユーマは起き上がろうとしても片腕も片足も無く立ち上がることができない。最後の力を振り絞り地を這い、宝箱の前まで行った。

宝箱を支えにして起き上がると、宝箱を空け、中に入っていたエメラルド色に輝く液体が入った瓶を取り出した。すぐに開けると口を付けた。

 

 エリクサーを飲み終えると、ユーマの体は急激にエメラルド色に輝き始めた。究極の回復薬、エリクサーが超高速の細胞分裂を促し、ユーマの肉体は急激に回復していった。無くなっていた腕も足も細胞分裂による再生で元通りになっていった。

 

 やがて体が回復しきると、ユーマは改めて中に浮かんでいるその者を見た。

なんだ、この生き物は? 白い翼が生えている。しかも半分透けているし。いやそれにしても美しい顔をしているな。


 ユーマがそう心の中でつぶやくと女はすぐに反応した。


「私か? 私はまあ神の使いだな。お前たちの世界では天使と呼んでいる存在に近いかな、良くわかないけど。いやいや。面と向かって美しい顔と言われると照れるじゃないか。まっ、その通りだが」


 天使と名乗る者は、なぜがユーマの心を完全に読んでいた。そして、美しい顔という言葉に過剰に反応し照れたように頬を赤らめていた。


「こっ、心の声が読めるのか」


ユーマは驚いたように声を発した。


「まあな。なにせ天使だからな。これくらいのことはできる」


 天使は少し自慢げに胸を張った。どうやら感情が表に出やすいタイプのようだ。天使は言葉を続けた。


 「ここにたどり着くのがお前のような力の持たない者だとは思わなかった。見事だったな。まともに食らえば命を落とす攻撃の連続をよくすり抜けてここまできた。」


天使は心底感心している様子だ。


全部見られてたんだな。すごいな。何の能力だ? この考えも読んでいるのか?

ユーマは心の中でつぶやいたが、天使は他のことを考えてるようで無反応だった。


天使は「うーーん」と言いながら何か真剣に試行している。

「どうかしましたか?」

「いやな、お前のオーラ、1600くらいしかないだろ? 大丈夫かなと思って」

「なんの話ですか?」

「お前、ギフトが欲しくてここまで来たんじゃないのか。」

「ギフト? なんのことですか? 」


ユーマは全く何の話をしているのかわからないと言った様子で頭を傾げている。


「知らないのか? あんなに必死に落ちてくるものだから、私はてっきりギフトを探しているのだと思っていたぞ」

「すみません、そもそもギフトが何かわからないです。」

「わかった、わかった。ではお前、その宝箱をもう一度開けてみろ。先ほどエリクサーを取った場所の横に布に包まれたものが入っているからそれを取り出せ」

「わかりました」


 ユーマが宝箱の中を覗き込むと、そこには朱色の布で包まれている者があった。大きさは人の拳ほどの大きさだ。取り出してみると天使が口を開いた。


「そう、それだ。開けてみろ」

 

 ユーマはゆっくりと包みを開いていった。すると中から、金色に輝く宝石が現れた。


 それは外からの光を反射して輝くのではなく、自らの力で輝いていた。そこまで狭くもないこの部屋を隅々まで明かくてらすほど強烈な輝きを放っていた。しかし、その輝きは目を刺すような鋭いものではなく、不思議と何か優しさに包まれているような光だった。


 ユーマはその宝石が持つ美しさに息をのんだ。


「どうだ凄いだろう。それがギフトだ。触れるだけでとてつもない力を得ることができる」


 天使はギフトについて詳しく説明してくれた。


 ギフト――それは触れるだけで強大な力を授けてくれる神からの贈り物。手にした誰もが力を得ることができるが見つけるのは非常に難しい。どこのダンジョンにも何種類かちりばめられているが、下層にしか存在しないため見つけられた人間は数えるほどしかいない。超絶レアアイテムである。

 

 話をきいたユーマは激しく興奮していた。

 まさか。そんなすごいものがもらえるか。やったぞ、これで地上に戻れるかもしれない。またシリカにまた会えるかもしれない。おお神様……


 ここまで死ぬ気でダンジョンを潜り抜けてきたユーマにとって一番大事なことは地上に戻ることで合った。とてつもない力と言われてもいまいちピンと来ていなかった。


「しかも、お前が手にしているそれは、このダンジョンにおいて最高の物だ。」


 天使の言葉を聞いてユーマは気になったことを尋ねた。


「ここが最下層なんですか?だから一番のギフトなんですか」

「いや、そうではない。ここは531階だが、このダンジョンは地下763階まである。」

「じゃあなんで、一番のギフトを?」


 普通はたどり着くのが一番困難な最下層にあるだろう。


「普通はな。だが今お前がいるこの部屋は普通ではないのだ。通常では到底見つけることのできない仕掛けをいくつも潜り抜けなければたどり着けない仕組みになっているのだ。そうだなたとえこのフロアに1000人の人間がたどり着いて捜索しても簡単には見つからないだろう。お前がいるのはそういう特別な部屋なのだ。ダンジョン一の隠し部屋と言ったところだ」


 なるほど。そんなところに俺は来たのか。しかし、特別なことはなにもしてないよな。


「まさか、その隠しフロアに上から落ちてくる者がいるとは思わなかった。まあなんにせよお前は幸運だったということだ」

「ありがとうございます。そんなにすごいものなんですね。」

「ああ、このダンジョンにあるギフトの中でその石だけが神の力を宿している」

「神の力?」

「ああ、とてつもない力だ。その力を使えばお前も神に等しい力を振るうことができるだろう」

「すごいですね。では、さっそく触ってみます。」


 天使の話を聞いて、普段は冷静なユーマも興奮していた。ユーマがさっそくギフトに触れようと右手で触れようとすると天使が声をかけた。


「ちょっと待て、一つまだ説明していないことがある」

「なんですか」

「その力は強大だ、あまりにも大きすぎる。お前のオーラは1600しかないのだろう。ここまでたどりつく者は200万オーラはあると考えていた。」

「つまりどういうことですか?」

「お前には使いこなせないかもしれない」

「そんな。ここまで期待させておいてそれはないでしょう」

「まあ聞け、完全に使えないというわけではない。しかし、使いすぎるとお前の体にもおそらく影響が出る。それでもいいか」

「このままここで野垂れ死ぬよりましです。使わせてください」

「わかった。では最後に質問だ。神にこれだけは聞いておけと言われていることがあるんだ。」


 一体どんな質問をされるのかとユーマは少し身構えている。


「お前は、強大な力をなんのために使うのだ」


なんだ、そんな質問か。良かったこれなら答えられる。俺の残りの人生はもう決まっているからな。ユーマは、この前の事件の言葉を思い出した。今までの貴族の非道な行いも。瞳を開くとはっきりと伝えた。


「差別のない世界と仲間の幸せ」

「いいだろう。困難な道だがやってみろ」

「はい」

「ああ、これで私もやっと帰れる。長かった」


 天使は任務を終えたのか、少しずつ体が透き通っていく。そんななか最後に口を開いた。


「言い忘れていた」

「なんですか?」

「このダンジョンには他にも8つのギフトがあるぞ」


 天使はにやりと悪そうに微笑むとその姿は完全に見えなくなった。

 

そういうことか。ありがとう天使様。

 

ユーマはさっそくギフトに触れた。

 ユーマが触れると宝石は急激に輝きを増し、部屋中が金色のまばゆい光で包まれた。

 ユーマはあまりのまぶしさに瞳を閉じた。

次の瞬間、体の中に莫大な力が流れ込んできた。暖かく優しい温もりにも似た何かであった。血流にのり、全身に広がると、細胞の一つ一つの中に溶け込んでいくのを感じた。得も言われぬ快感が広がっていった。


ユーマが瞳を開けると宝石は輝きを失っていた。


「ありがとう。神様。」


 ユーマは神に感謝すると、全力でオーラを放出してみた。

すると、ユーマの体から黄金のオーラが放出された。まばゆい輝きが部屋を包んだ。あまりに強大なオーラの放出にダンジョン中が震えているのではないかと思えるほどの振動が起こっていた。

 しかし、次の瞬間「ピーン」と頭に鋭い痛みが響き、ユーマはオーラの放出をやめた。


 なるほど、これが副作用か。強烈だな。でも、引き換えに得たこの力はすごい。これぐらいの痛み、どうってことないさ。


頭に残る痛みはあったが、ユーマはあまりのオーラの強大さに興奮していた。

ユーマは次に全力ではなく、5分の1程度の力でオーラを放出した。すると今度は頭に走る痛みも体の不調も何も感じられなかった。


「これぐらいだったら行けるのか。なるほど」


じゃあこれならどうだ。

今度は、半分程度の力でオーラを展開した。すると、先ほどまで強くはないが、頭が痛くなるのを感じた。


なるほど、半分くらい使っても結構痛いな。我慢はできるけど。この力は多用は禁物だな。


ユーマはその後も何度かオーラの放出を繰り返し。3割程度の力でオーラを展開するのが一番ちょうどいいことに気付いた。


「よし、じゃあ。いくか」


 ユーマはオーラを展開すると、部屋から出ようとしたが、どこにも通路は見当たらなかった。仕方がなく、壁を殴ってみると。


「ドゴォーーーーン」


と、激しい音を立てながら向こう3メートルくらい先まで、どでかい穴が開いた。

嘘だろ? まだ、あまりオーラを使わず、本気で殴ったわけでもないのにこの力かよ。

すごいな。

ユーマは自らが放った一撃に自分すらも恐怖を感じていた。


ユーマはおもむろに部屋を飛び出ると、ダンジョンのさらなる下層に向かって進んでいった。

まだ見つかっていないギフトを見つけるために。

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