ダンジョンで最強の力を得た俺は一般兵士Aのまま国を改革する

彼方

第1話 惨劇の中で

 この国は終わっている。最低であり、最悪だ。


 兵士番号20691。本名ユーマ=パトライトは絶望していた。壁に寄りかかると、目の前に広がっている光景を呆然と眺めていた。

 ユーマの視線の先、ダンジョンの地下74階のフロアでは惨劇が繰り広げられていた。

 

 突然現れたA級モンスター「三つ首タイガー」の群れにまた一人、また一人と男たちが捕食されていく。

兵士たちは鎧を着てはいるが、三つ首タイガーの鋭い牙や爪の前では裸でいるも同然だった。


次々に食べられていく男たちはユーマが幼き頃より寝食を共にしてきた大切な仲間であった。しかし、目の前で繰り広げられる悪夢に対してユーマ達はどうすることもできなかった。


 B級モンスターでさえ、一般兵5人がかりで取り囲んでやっと倒せる強さだった。目の前で暴れている三つ首タイガーにはたとえ仲間が100人いたとしても遠く及ばないだろう。しかもそんなモンスターが7体もいた。

 

 また一人、仲間が食べられた。どうしてこんなことになったんだ。

俺らはただ、地下65階でのレア鉱石「黒ダイト」取りに来ただけだったのに。これも全て貴族たちのせいだ。あいつらは鬼畜だ。人間じゃない。絶対に許さない。

 

 ユーマは南の大国、アルドナ王国の兵士であった。年は19である。40名の兵士で構成される一般兵部隊と3名の貴族でレアな資源を求めてダンジョンに入ったのが半日前のことであった。65階での「黒ダイト」の採取は兵士たちの活躍もあり問題なく達成することができた。

 

 しかし、そのあと、調子に乗った貴族たちが余計なことを言い始めた。


 「もっと先へ進もう」


 ユーマ達一般市民と貴族との間には海よりも埋めがたい身分の差があった。到底断ることができず、部隊は下層へと進んでいった。

何度、ユーマ達がこの先は危険だと説明しても聞く耳を持たなかった。その結果が目の前に広がっている現在の光景であった。


 数分前、地下74階層を探索しているとき、不運にも部隊は三つ首タイガーの群れに襲われてしまったのだった。


 貴族たちは戦うこともせずに、兵士たちを犠牲にしながら、なんとか上に続く階段前の扉にたどり着いた。

 そして、あろうことか上層階へつづく扉を閉めたのだ。しかも中からは開かないように何かの物でふさいで。


 容赦なく人間を襲い続ける三つ首タイガーにユーマは切りかかったが、一蹴され、壁まで吹っ飛ばされていた。

 頭を壁にうち、一瞬意識が遠のいた。ユーマを吹っ飛ばした三つ首タイガーはユーマを一瞥すると、もう動けないと判断したのか別の人間を襲い始めた。

 

 ぼーっとする思考の中で、あと数分で確実に終わる自分の人生をユーマは振り返っていた。

俺らは虫けらだったんだ……。あいつらにとって、何ら価値がない存在……。わかってはいたけどな。この国はもう終わっているんだ。10パーセントしかいない貴族たちが市民を支配し、その犠牲の上に優雅な生活を送っている。

 町は貧困者で溢れかえり、若い娘たちは貴族に体を売りに行き、その日、家族が食べる食料を恵んでもらう。疫病も流行っているがまともな病院も薬もない。人さらいや強盗が横行し人々は不安な毎日を送っている。

 もうとっくに、国の体をなしてはいないんだ。なのに、貴族たちは何も気づかず遊興三昧……。もう手の施しようがない。こんな国なんて滅んでしまえばいい。


 もういい……。なにも考えたくない。国のために全てをかけて尽くしてきた結果がこれだ。ああ、苦しい人生だった……。


「みんな。俺もすぐそっちへ行くよ」


 ユーマは次々に命を落としていく仲間達を一瞥すると、うなだれて眼をつむった。

人生に絶望し、国に絶望し。全てをあきらめ、死を覚悟したユーマであったが、目をつむるとなぜか今までの幸せだった場面がふつふつと思い浮かんできた。これが走馬灯ってものなのであろうか。


入隊試験に合格した時に


「お前が私たちの誇りだ」

と、讃えてくれた生前の両親……


「お前たちのおかげで、いつも安心して暮らせるぜ」

と買い物に行く度に声をかけてくれる肉屋の主人……。


ユーマの脳裏には次々に様々な場面が浮かんでは消えていった。

そして、最後に浮かんだのは幼馴染の顔であった。


 出征のときは、いつも無事を祈り続けてくれる幼馴染のシリカ。

 

 今回の遠征の前も自分が食べる物もあまりないのに、俺のために豪華な食事も作ってくれたな……。旨かったな、あの料理……。


 シリカはユーマにとって唯一、家族と呼べる存在であった。そして……一番大切な存在でもあった。


ユーマは、出立前にいつもシリカが言う言葉を鮮明に思い出した。


「必ず帰ってきてね。帰ってこなかったら私も死ぬから」

その光景が思い浮かんだ瞬間、ユーマの心には再び熱い炎が灯った。

普段は心の奥底に眠っている、人間の生きるための底力がどんどん溢れてくるのを感じた。


「そうだ。俺は、俺はまだ死ねない。まだ、あの人達からもらったものを、なにも返せてないじゃないか」


ユーマはゆっくりと立ち上がった。


 すると、三つ首タイガーの一頭がユーマの方を向くとうなり声をあげて、猛スピードでまっすぐに駆けてきた。しかし、ユーマにはもう恐れも迷いもなかった。ポケットに残っていた最後の閃光弾を投げると、奥に続いている部屋に向かって駆け出した。


「俺は……、俺は生きて、生きて、生き抜いて、必ずみんなを幸せにするんだ! まだ……まだ死なないぞ!」


 ユーマは、必死で駆けた。先ほどの探索で見つけていた。下へ続く穴、しかも、10階以上は確実に下層へ連れていかれてしまう「ブラック下降ホール」を使うことがユーマの狙いであった。


命を失うくらいなら、下層へ飛び込んでやる。

上に続く扉がもう開かないことを知っていたユーマは一縷の望みに懸けた。


 しかし、三つ首タイガーがそれを許すはずはなく、わずかな時間、閃光弾の強烈な光でひるんでいたが、その後すぐに駆けだし、ユーマの後ろを猛烈な速度で追いかけてきていた。


「俺は死なない。死ねないんだ! 頼む! 間に合ってくれ!」


 ユーマは後ろから迫りくる死の気配を強く感じていたが、最後の力を振り絞り全力で駆けた。奥の部屋へ入ると、先ほど見つけておいた穴に間一髪のところで滑り込んだ。

 

ユーマはどこまでも、どこまでも深く落ちていった。


 ユーマが落ちた先は地下98階層であった。先ほどの階より24階も下へ落ちてきていた。この場所は開けた空間であった。周りの壁はごつごつとした岩でできており、まるで洞窟の中の開けた場所のような空間であった。ユーマが辺りを見渡すとおそらく他のフロアへつながっているであろう穴がいくつかあった。


 地上へ続く道は封鎖され、凶悪なモンスターに襲われる中、さらなる危険が予想される深層へと逃げ伸びたユーマには一つの考えがあった。


 それは「帰還の翼」と呼ばれるアイテムを見つけることであった。帰還の翼は、レインボーフェニックスの羽を加工して作られたアイテムであり、虹色で羽の形をしている。ダンジョン内にいる者は、帰還の翼を一振りすれば、たちまち地上へ戻ることができる。ダンジョンを探索する者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいアイテムであったが、かなりの希少性を誇るアイテムであり、ダンジョン内で見つかることは極めてまれであった。


しかし、ユーマにとって、この状況ではそのわずかな可能性に懸けるしかなかった。


「はぁ、はあ。よし。生き残るぞ、俺は。絶対に!」


 ユーマは腰に差していた剣を鞘から引き抜くと、同時に自身の持つオーラを静かに開放した。


 オーラ――それは人間の誰しもが持つ生命エネルギーのことであり、体の中の細胞の一つ一つに秘められている力である。細胞の中から放出し、身にまとわせると身体能力を向上させる力がある。この世界の国民はみな多かれ少なかれこの力を有していた。


 ユーマの周りには青色のオーラが立ち込めている。2時間ほどでオーラは切れてしまうが、この状態の身体能力は平常時に比べ1.6倍まで高まっている。98階を探索するには心もとない変化であったがやらないよりは幾分かマシであった。


 ユーマは音を立てないように最新の注意を払いながら一つの穴に向かって歩き始めた。


先ほど打った頭の痛みもだいぶ良くなってきた……。よし。これならやれる。あきらめるなよ。あきらめるな。必ず帰るぞ。


ユーマは弱気になりそうになる心に自ら発破をかけた。


ここは地下98階。ユーマ達一般兵士はもちろん、アルドナ国で最強の部隊と言われており、貴族だけで構成されている神聖騎士団の団員でも、一人では絶対に踏み入れない領域であった。このレベルの階層で出てくるモンスターに太刀打ちできないことは、ユーマも理解していた。出会い即、死であった。

 

 やがてユーマは一つの通路の入り口に立つとゆっくりと中へ入った。

 頼む……。何も出てこないでくれ。この階に落ちていてくれ。


 そう願いながら進んでいったがユーマのその願いはすぐに崩れ去った。

ユーマが曲がり角の先を慎重に覗き込むと、そこにはA級モンスター「ブラックウルフ」がいた。4メートルを超す巨体に、口元から飛び出すように生えている鋭い牙と鋭利な刃物を思わせる爪で多くの人間をしとめてきた。「ダンジョンの殺し屋」と言われているモンスターであった。


 しかし、今は突然目の前に現れたユーマを見て、ブラックウルフの体は硬直していた。ユーマはその一瞬の隙をつくと手に持っていた剣でブラックウルフの眼に向かって斬りつけた。ブラックウルフはその攻撃を体をわずかにひねりかわそうとしたが、よけきれず剣は片目を切り裂いた。


 ブラックウルフが痛みでうめき声をあげた瞬間、ユーマは来た道を全力で駆けた。

 

失敗した。眼をつぶせなかった。くそっ? こんなに早く出くわすとは!

 

 ユーマは先ほどまでいたフロアにたどり着くと、夢中で別の通路に入って行った。後ろからは怒り狂ったブラックウルフの声が迫ってきていたが、振り返って確認する余裕は当然なかった。

頼むっ! 見つかってくれ!


一縷の望みを抱きながら懸命に走ったユーマは、すぐに別の部屋にたどり着いた。しかし、どこにも帰還の翼が落ちている気配も宝箱もなかった。すぐ後ろにブラックウルフの気配を感じている。


だめか。


絶望しかけたユーマの目の前には再び、黒い穴「ブラック下降ホール」が広がっていた。


くそっ! いくしかない!


ユーマは一瞬で決断すると穴に駆け寄り頭から飛び込んだ。鋭い痛みを右足に感じながらも再び下層へ落ちていった。

 

 落ちた先のフロアは、大地が全て氷で埋め尽くされた極寒の世界であった。

しかし、新しいフロアをゆっくり見回す余裕はユーマにはなかった。ユーマが落ちたすぐ横に、銀色に輝く毛に覆われた巨大な熊がいたからである。それはA級モンスターの白銀ベアであった。

 幸運なことに白銀ベアは規則的なリズムで呼吸をしており、眠りについていた。

ユーマは、そのことに気が付くとようやく辺りを見回した。このフロアはかなり広く、見渡しても変化のない氷の世界が続いていた。どこに行けばいいのか何も見当がつかなかった。


しかし、ユーマの瞳にはまたしてもあるものを発見してしまった。「ブラック下降ホールであった」ユーマが立っている所より20メートルほど先に存在しており、一メートルほどの穴を空けている。そこには氷も広がっていなかった。

 

 もう勘弁してくれ。絶対に嫌だぞ。あそこだけは使わない。


 ユーマがそう考え一歩動き出そうとすると、わずかな音に反応し、白銀ベアは目を覚ました。動く音に気が付き振り向いたユーマと目が合った。


 数秒後白銀ベアは叫び声をあげて立ち上がった。獰猛な威嚇の声を聞きユーマを決意を固めた。

 

くそ! なんでこうなるんだよ!

 

ユーマは一目散に穴に向かって駆けると、穴へ滑り込んだ。

再び闇に包まれる視界の中、自らの不運を呪いながらどこまでも落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る