第34話 強さに溺れた男の悲哀
試合当日。
ラーミはラーオに変装し、マルクはマルコに女装し闘技場に向かう。
「では。絶対に優勝しますのでご安心を」
「ああ。しかし油断は禁物だ絶対に無理をしない事」
「わかってますよマルコ姉さん」
闘技場の前で2人は約束するとラーミだけは闘技場の中に入っていく。
マルクは、ひとつため息をつくと足早に闘技場を後にした。
先に来て観戦場所を探し終わったトーマ達が女装したマルクを探すもその姿は見えなく試合は一回戦が始まった。
◇◇◇
大金貨2枚で買い取った馬を茂みに繋ぎマルクは一人墓場を歩く、目的地は旧闘技場だ。前日のうちに隠しておいた大剣を小屋の後ろから取り出した。
その顔は真面目で、旧闘技場に入る前にはカツラを取り顔の口紅も拭きとった。
買い付けた毒薬、傷薬を確認しゆっくりと地下闘技場への階段を降りていった。
前回と同じく魔道具の光が連続して地下を照らすマルクはその中央に立つと真っすぐに出入り口を見つめる。
どれほどそうしていただろうか、カツンカツンと誰かが歩いてくる足音が聞こえた。出入り口から黒ずくめの男の姿がみえる。
「戦士よ、今日は化物みたいな変装をしてないようだな」
黒ずくの恰好をしたサンフラはマルクを見ると親しい友人に声をかけるように話しかけてくる。
一言一言が重く感じマルクは後ろに下がりそうになるも踏ん張り答えた。
「突然の呼び出し申し訳ない」
「なに、お前がラーミの夫とわかれば気にも留めん。さて……こんな場所を指定してくる。と言う事は少しは俺を頼ませてくれるんだろうな。ラーミ本人はどこだ?」
マルクは試合前日に冒険者ギルドを通じてサンフラへと手紙を出したのだ。読まれるとも届くとも結果は分からなかったがサンフラは指定した場所に来た。
「その前に一つ聞きたい。いいだろうが?」
マルクは剣を握りしめサンフラと距離を取ったままだ。
サンフラのほうは構える事もなくリングの端に立ち尽くしている。
「かまわん」
「ラーミをなぜ求む? 俺が言うのも変であるがまだ子供だぞ」
「くだらん事を、実験は成功していたのだ。あれが子供だと? 本当にお前はそう思っているのか? それにアイツの子だぞ、いっそ手に入らないのであれば食べてしまえばいい」
噛み合わない答えを聞いてマルクは一気に間合いを詰めた。
試合開始。と言う審判もいなければ、待った! という審判もいない。
卑怯でもなんでもいい本気で相手を殺すつもりでの攻撃だ。
マルクはCランクにはなったものの万年Dランクだ。だが実力は無いわけでない、マグナの街以外であれば討伐依頼もあれば対人の依頼もこなした事はある。
サンフラの動きが酷くゆっくりに見えた。黒ずくめのローブの中から手が出るとマルクの剣を素手で掴んだ。
マルクは直ぐに剣を離し、蹴りを入れる。
(くっ! まるで鉄のようだ)
足に鉄を蹴ったような感触が伝わるとすぐに間合いを取る。息を整える前にマルクは背後に移動し、攻撃しようとしてその動きを止めた。
「ほう。今の隙をついてこないか」
サンフラが振り返ると、その顔が嬉しそうに歪む。
「わざと。と思ってな」
「もちろんだ。実力はB上と言う所だな、もちろんまだ楽しませてくれるだろう? 貴様の頭だけを門の外に吊るしてみるか、そうすればラーミも出てくるだろう」
悪魔的発想で今度はマルクの顔がゆがむ。もちろん憎悪としてだ。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる、その気になればすぐにそうするだろう。
今はまだマルクを挑発しているだけだ。
「素直に勝てるとは思っていなかったが、ここまで強いとはな」
「勝つ? お前が? このサンフラにか? どこぞの馬鹿と同じだな」
サンフラが腕を高く上げ指をパチンと鳴らす。
マルクの背後で鉄格子がせり上がってきた、それはぐるりと旧闘技場のリングを囲うようにだ。
「何の真似だ」
「逃げられると面倒なのでな、これでも宰相だ世間体というものがある」
◇◇◇
両腕からは血が流れ口の中も切れている。刀身の半分が折れた剣を握りしめマルクは今だ立ち上がる。
一方サンフラはローブこそ脱いでいるも未だその顔は疲れているように見えない。
「もしや、もう終わりなのか?」
「ま、まだだ!」
涼しい顔のサンフラに突進をかけるも、逆に蹴られて後ろに飛ぶ。
リングを囲んでいた鉄格子に背中をぶつけると口から血を吐いた。
握っていた剣がその隙間からリングの外に転がっていく。
「これまでか…………」
マルクは腰の袋から毒薬を出す。サンフラにねじ込むか自分で飲むかで持っていた物だ。その動きをサンフラは黙ってみていた。
「戦士よ、その魔石は……いや全部壊したはずだ……どこで手に入れた?」
「魔石?」
マルクが手元を見るとその先に赤い石が転がっていた。ラーミの家にあった剣についていた石で返しそびれた持っていた物だ。
「知らずに持っていたか。念のために壊すか」
サンフラが近づくと反対側の鉄格子が大きな音を立てた。
闘技場にいる二人がその音の方向をみると、赤い髪をなびかせたラーミである、すぐに腰の剣を振り回すも、鉄格子は切れず剣のほうが先に折れた。
「マルクさん!!」
「おお……昔のままだなラーミよ」
「そこのサンフラ! 前回は奇襲を回避されましたけど私のマルクさんに何て事を今ぎったんぎったんに――」
「奇襲何の話だ? オレがお前に会ったのは……いや覚えてないのか、では思い出せてやろう。今度はお前を食うのに邪魔する相手もいないだろう。今この死にぞこないを食べてからな」
サンフラがマルクに近づくとマルクの胸ぐらをつかんだ、身長差では勝っているマルクであるがその足が中に浮く。
マルクの手の中には先ほどの赤い石が握られている。掴まれる前にとっさに手の中に入れたのだ。
中に浮いたマルクはサンフラの背後にいるラーミをうっすらとみる。ラーミは鉄格子を無理やり曲げようと必死だ。
「親子そろって無駄な事を、対ドラゴンを想定した檻だ。旧闘技場から獲物が逃げないようにするやつだぞ、そう簡単に壊れてるわけがない」
サンフラの意思はラーミに向いていた。マルクは何の意思もなく赤い石をサンフラの口に入れ毒薬を突っ込んだ。
「ぬぐ! き、貴様!!」
マルクは力任せに吹き飛ばされる、その力は今までのと違い壁に当たったら死ぬ。
マルクの本能がそう感じるといつまでも背中に衝撃が来なかった。
「いっ!!」
「ラ、ラーミ!?」
マルクの後ろにはラーミがクッションになっておりその衝撃を抑えてくれた。
先ほどラーミがいた場所をみると鉄格子が曲がっていた。
直ぐにサンフラの方を向くと天井を見つめ口を大きく上げたまま耳障りな雄たけびを上げて動きは止まっていた。
パキとパキとサンフラの顔がひび割れると中からもう一つの老人の顔が出てきた。
「な、何が……」
「わかりません。が今がチャンスです!」
「まて! まだ動く!」
サンフラは自らの腕を口の中に突っ込む、その手を口から出すとシワの多くなった手から赤い石が転がった。
マルクが持っていた物よりも一回り大きくなり転がる。
「な、なんだこれは……」
酷く年を取ったサンフラはゆっくりとマルクとラーミに振り向く、その目は真っ赤になっており口などから血が垂れていく。
「ふっはっはっは、本物とはな。しかし! オレのほうが強いぞ。サナ……く。今お前達を食えば俺の力だって戻る、見ろ最強だ!!」
サンフラがラーミに手を伸ばすと、その手が届く前にサンフラの腕が落ちた。
それを気にせずに動こうとする。
マルクがそのサンフラへ蹴りを入れようとすると、床に倒れサンフラの体が一気に崩れていった。
マルクとラーミが暫くその動かなくなったサンフラだった物を見ていると旧闘技場の中を走る音が聞こえてくる。
生き残った2人が音のほうを見るとトーマ達の顔が見えた。
「2人とも無事でよかった! サンフラ宰相がこちら向かっていると聞いて……酷い怪我だ。ミイナ、アケミ! 手当を」
「終わったのか…………?」
マルクがつぶやくとラーミが何か叫ぶ。
しかしマルクの耳にはその声は届いてなく意識が途切れた。
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