第18話 マルク走る!

 マルクは一人になった後、直ぐに近くの店へ行き長くて丈夫なロープと小さな小瓶を何本も買い北門へ急いだ。


 門の周りは静かであり、普段と変わった様子はない。それもそのはず、ギルドマスターのファが出発するのは西門からであり北門からは遠回りになるからだ。


 年輩の兵士に冒険者カードを見せる、薬草取りだ。と言えば相手も納得するからだ。


 マルクは門兵の顔が見えなくなった所で一気に道を外れる。


 今回の発端となった場所は実はマルクがよく薬草を採りに行っていた場所の近くだ。


 当然マグナの街での冒険者歴が長いマルクはギルドマスターが言う立ち入り禁止地区も知っていたし、実は禁止地区での採取もしている。


 理由はいたって簡単上質な薬草が取れるから。


 マルクは歩きながら道ではない所に生えている野草とキノコをいくつか切り取ると、先ほど買った小さな布袋へとつめて歩く。


 小さな袋がパンパンになる頃には、大きな崖の前に立っていた。

 最後にマルクはその崖を人目につかない様に登っていく。

 

 この崖の反対側には、オークの集落があり境界線の役割もこなしている。

 仮に上空からみれば森林地帯の中心から離れた場所にあるハイオークの集落は盆地になっていた。


 既に、その集落を見渡せる位置へと岩を登りきったマルクは、見つからないように腹ばいになる。


 粗末な屋根がある大きな家が数十個。

 主食になる何かを作っている謎な畑に、中央には井戸も見えた。

 (あれか……牢が見えるな、なんとも痛ましい)


 よく冒険者はオークは知能がない。と言うが別に知能が無いわけじゃない。ただ、本能のほうが強いだけである。


 極々まれに、人間の言葉を喋り、人間以上の知能を持つ友好的なオークも居るらしいし、他国では普通に暮らすオークさえもいると言われている。


 それゆえに人間に害をなす、はぐれオーク以外とはお互いに干渉しない。という取り決めがマグナの街があるアレリア王国ではなされているのだ。


 今回は取り決めを無視した冒険者の自業自得と言う事になる。



 ◇◇◇



 上空から見渡すオークの集落。中央右の井戸、その近くに鉄製の牢が二つほどあった。

 それぞれ人間の女性が三人組と四人組で捕まえられてる。


 表情までは読み取れないが、足を押さえている者や、膝を抱えている者などが確認できた。

 

(全員が怪我をしているわけではないようだ。もしかしたらヒーラーが居るのかもな、あれなら混乱に生じれば怪我した人間を庇いながら逃げれるだろうか……いやギリギリだな、俺一人では無理だ。捕まっている冒険者の助けがいる)



 マルクは次に井戸を見る。 

 ぼろぼろであるが井戸が数か所見えた。



(オークは、人間を捕まえると、祭りをしてから殺すと聞いたことがある、あの井戸にこの薬を投げ込めば……)


 マルクの手には来る途中で採取した草とキノコがあった、実は毒草と毒キノコである。


 普段は薬草しかギルドには納品しないだけで、当然毒草の知識も知っていた。

 採って来たのは食べたり焼いた時にでる煙で痺れを起こす物、強力な下剤、睡眠させる物などなど。


 もちろん、魔物だけじゃなく、人に使われると大きな犯罪に繋がる事があるためにギルドでは上位の物は取り扱い禁止である、市販品もあるが効果を薄めた物であまり効きはよくない。


 マルクが思い描いている作戦としては、オークの祭り前に崖をロープで降りる。井戸にしびれ薬を入れて全員がしびれた後に牢から冒険者を苦し崖を登って逃げる。


 途中で目つぶしや下剤をオークの口に入れて混乱させれば。と言う考えだ。


 (ふう……問題は旨く行くかだな)


 作戦としては簡単である。

 マルクにオーク以上の実力があれば……であるが。



「で、どのオークがヤットさんなんでしょうか?」



 思わず叫びそうになったのを抑えたのは、なんだかんだで経験の差だろう。

 叫んだらいくら崖の上に潜んでいると言っても見つかってしまうからだ。


 マルクは小さな声で声の主へと返事をする。


「ラ……、ラーミッ」



 振り返ると、いつの間にか隣にラーミが居た。もちろん、ラーミも小声で話す。


「で、どれなんですか? あの豚みたいのですか? それとも、あっちの牛みたいのです? ヤットさんってあんなに太ってましたかね?」


(これは……。怒っているのか? 怒っているな……)


「す、すまない……」

「なんで謝っているんでしょう? 私はヤットさんはどこですか? と聞いてるだけです」



 これから突入する。緊張がどこかに消えた。なんだったらマルクは今すぐに崖から飛び降りて牢に向かって走りたい気分になる。



「そのすまない……ヤットと飲むのは嘘だったんだ」

「まじです!?」



 ラーミが大げさに驚くと、何とも言えない空気が二人の間を通り過ぎる。



「ボケで緩和しようとおもったのですけど、思った以上にマルクさんが小さくなってるのでそうでもなかったですね」

「す、すまない……」

「いいんですよ。どうせ私は信頼されてませんし。ただ一言欲しかったんですけどねー結婚して嬉しかったのも私だけだったんですかね」



 ラーミの愚痴が止まらない。



「それは違う」



 マルクの一言でラーミの愚痴が止まった。



「むしろ、俺でいいのか? と未だに思っているぐらいだ。最近では子を宿すのに2年と決めた約束さえも破りそうになる俺とラーミを大切にしたい。という俺がいるぐらいだ」

「マ、マルクさん……いやはや、口がうますぎですよ」



 ラーミの顔が赤くなるのでマルクの顔も赤くなった。



 ◇◇


 ラーミの機嫌が直り、マルクは少し前まで甘くなった空気を振りほどくように崖下を見る。



「最初から助けてに行くなら言えばいいんですよ。私これでもS級ですよ」

「知ってるが冒険者ギルドの規約違反になる。万が一失敗しても俺一人なら別に冒険者を辞めてもいい」



 ラーミは地面に寝そべったままマルクを見る。



「マルクさんってすーぐ自分で罪をかぶりますよね、そこは夫婦なんですし、家を買う時みたく相談してください」

「すまない……」

「で、どんな作戦なんですか?」



 ラーミに作戦を手短に伝える。



「なるほど、祭り最中に助けるって奴ですか、私実はオークって初めてなんですよね。あれが私の父を殺した種族と言う事ですか……」



 マルクは小さく呟くラーミの手を慌てて触る。興奮して飛び出しては困るからだ。



「平常心ですのでご安心してください」

「それならいいか」

「問題はどうやってそのしびれ薬を井戸にいれるかですよね」



 崖を見つからないように降りるのも大変だし、井戸に入れるのも大変だ。

 オークが生贄が逃げないように牢の周りをまわっているのが見えるからだ。



「一人だから大変なだけで、降りるのは私が行きましょう。私であれば体重も軽いですし素早く降りれますし、見た感じ普通の牢であれば壊せますし崖まで走れますけど」

「危なくは無いか……?」

「マルクさんが行くよりは」



 悲しい現実である。



(出来るのか? いやでも、考えてみろラーミの強さは確かにみたが……早く終わるだろうし、毒薬を井戸に投げ込む事も考えなくていい)



「あの手の魔物は意味もなく女子供で祭り前に人数が減る場合も……いくら私でも小屋に連れられると助けるのが遅くなります。と、ここまで言ってはなんですけど、その気持ちはわかるですけど何でマルクさんが命をかけてまで助けるんですか?」



 そこまで言われると、マルクも頷くしかなかった。



「そうだな……最初に言っておくが俺があの冒険者を無理してまで助けたい。と思ったのはただの自己満足だ、ラーミまで無理をしないでくれ」

「………………びっくりです」



 ラーミがマルクを見ては眼を見開く。



「変な事をいっただろうか?」

「いえ。死んだ父の口癖だったらしいですよ『俺が無理をするのは自己満足だ』と」

「いい父親だったのだな」

「いえ、ママの誇張され過ぎた話なので、結局死にましたし」



 ラーミはいたって普通にいうのでマルクのほうが少し引く。

 (前々から思っていたがラーミの冒険者としての力が強すぎて少し合理的ではないのだろうか……)



「どうしました?」

「いやなんでもないな。オークの事を考えいた。作戦を少し変えよう俺が少し離れた場所で注意を引く、その間にラーミが檻を壊し冒険者を助けだしてくれ。混乱が起きないようにその前に捕まっている冒険者に作戦を伝えたい、ラーミ頼めるか」

「了解です」



 ラーミは体にロープを巻きつける。

 その間にマルクは簡単な作戦を書いた布を用意し始めた。

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