第8話 時速60キロの女

 ササリーが雑貨屋の看板を裏にする。

 本日の営業は終了しました。というやつだ。

 その店の奥、移住区で店主であるヤットがニヤニヤとマルクを見ていた。



「しかしよかったなマルク。遺言状や許嫁ってのも珍しいがこんな可愛い奥さんで」

「さすがはマルクさんの親友ですね。私を可愛いとは目の付け所が違います」

「そうだろそうだろ、でマルクよ。もしラーミちゃんがトロルみたいな子だったらどうするんだ?」



 意地悪な質問である。



「どうって……別にどうもならないだろ。俺は別に外見が好きだから結婚を許可したわけじゃないしな……その内面が良かったんだ」



 パコンと景気がいい音が聞こえた。

 ササリーが旦那であるヤットの頭を後ろから叩いのだ。



「悪いね、デリカシーの無い旦那で」

「いえいえ。外見はどうしようもないですですし、後数年もしたらササリーさんみたいな体系になるのでお気遣いなく。ですがマルクさんからとてもいい言葉が聞けて大変嬉しいです」

「だそうだ。良かったなマルク。ってかササリーもう少し加減して叩け」



 祝い酒と言う事でマルクもラーミまでも上等な酒を注いでもらう。そこからはマルクはいかに実力はあるのに危険な事をしない堅物だったのだ。と親友達がいじる。

 その度にマルクはそこまで言う事はないだろう。と意義を唱え時間は過ぎていった。



「なるほどなぁ、サンガク山にいくのか。俺としてはこんな小さい子がB級と信じられないが、時代は変わったのかねぇ」

「そうだな」



 マルクは相槌あいづちを打つ。

 (とてもS級とは言えないな)



「よし! 俺の店であれば協力しよう。好きな物をもっていってくれ」

「あんた一人の店じゃないんだけど……そうさね。少しおまけするよ」

「それは駄目だろ。金は払う」

「それでは、そこの背負子しょいこを貸して下されば」



 背負子とはL時になった背負う板みたいな物で、荷物をくくり付けて背負っていけるアイテムだ。冒険者もよく使っている事が多く、木こりなどもを職業にしてる者も使う。



「それぐらいだったら別にお金はいらないよ、古くなって処分しようかなってやつだし。ねーヤット」

「そうだな、頑丈ではあるが結構使った物だしなぁ積むものはなんだ?」

「はい。先ほども言ったのですけどマルクさんを背負います」



 ラーミが自信満々で言うので他の3人が黙りだす。



「だから無理だろ」



 絞り出した声はマルクだ。



「あの、本当に無理と思っては出来る事も無理になりますよ。可能性さえも潰すのです?」



 ラーミの射るような目と言葉にマルクはそれ以上何も言えなくなった。S級冒険者としての有無を言わさない力がこもっているからだ。



「よし、マルク。背負ってもらえ」

「そうさね。ラーミちゃんが出来るっていうならウチも見ていたいし」

「…………俺に断る権利は?」



 必死の抵抗で言葉を出したマルクであったが結局押しきられた。

 大きな背負子に座ったマルクは紐でぐるぐると巻かれる、高身長であるマルクは足を延ばしL時の態勢になると、ラーミが軽々と背負子を背負った。


 マルクの足が地面につくのでさすがに腰を曲げている。



「すげえ」

「凄いわね……」

「天井が見える」



 マルクを背負ったままラーミは狭い店をぐるぐるっと動き回る。その動きは素早く、荷物を背負った状態で急な魔物が来ても動けるのは間違いない。

 もっともマルクが本当の物言わぬ荷物であれば。



「す、すまない目が回る! 食べた物がでそうだ」

「うわっ」

「ご、ごめんなさい! マルクさん大丈夫ですか!?」



 紐を解かれたマルクは急いで移住区に寝かされた。

 それを看病するのはラーミであり申し訳なさそうな顔でマルクを覗き込む。



「本当にごめんなさい」

「いや、俺としても少しは鍛えているつもりであったがすまない」

「となると、マルクさんは留守番ですかね? 私がぴゅーっといって取って帰ってきます」



 マルクは慌てて上半身を起こした。



「俺も行く、ラーミが……妻が行くのに俺一人ここで待つのはつらい」

 (それに、あまりにも見っとも無い。俺の妻となったラーミがこうも頑張ってくれるのに俺が不甲斐ないばかりに足を引っ張りすぎるのは俺自身が許せない、家にある残った薬草やテーブルでも売れば足代ぐらいにはなるだろう)


 マルクが自信満々にいうと「何言ってるんでしょうねー」と、赤ん坊をあやしながらササリーが水を持って来た。

 その水の盆には金貨の入った袋がある。



「これ使いな、お金」

「………………断る」



 先ほどまでヤットに借りようが悩んでいたマルクであったが実際に貸し付けられると断るのがマルクである。



「ヤット」



 ササリーが旦那であるヤットに説明をしろ、と短く合図をした。



「はいよ。マルク、俺達がお前に助けられたのは一回や二回じゃない。それにそこの嬢ちゃんはB級なんだろ? ドラゴンの爪でも心臓でも持ち帰れば金貨50枚だ。買いたたかれても30枚はあるだろ、そこから経費として金貨10枚使っても、まだ余る。これは親友ヤットではなく、商人としての先行投資だ。なに失敗すれば別の事で返せばいい」

「断る」



 マルクはそれでも断った。

 まだできる事をしてない自分がいたからだ。



「まだ家には売る物があるからな」



 例えば? とササリーに聞かれるとマルクは素直に。テーブル、薬草、鍋、ベッド、ブロードソードなどを例に挙げていく。値打ちがあった酒は昨夜飲んでしまったので、最後には薬草を摘める袋まで言い切った。



「あのー全部売るのはいいんですけど、明日から私はどうやってそこで生活するんでしょうか?」



 ラーミが凄く普通な疑問を口にする。

 二人は結婚したのだ。

 一緒の家に住むのが当然と言えるのにマルクは全部物を売るつもりだったからだ。



「すまない……考えて無かった」

「節約のためとかではなく、走っていける距離だったので考えて無かったのですけど、マルクさん私馬車代出しますよ?」

「そうか、嬢ちゃんが妻になったんだ嬢ちゃんの物もマルクの物だな。俺達から借りなくても大丈夫そうか」



 ヤットが何度も頷く、ヤット達からみれば万年貧乏なマルクしか考えていなく妻のほうも貧乏と勝手に思いこんでいたのだ。



「ヤット! 背負子を貸してくれ。ラーミが俺と出会う前に稼いだのはラーミの物だ」

「うわっ」



 誰の声かは判別は付かないがマルク以外の3人は同じ思いだったに違いない。



「わかりました。マルクさんの意見を尊重しましょう。妻は3歩後ろについて行けばいい。とママも良く言っていましたし」



 マルクは再び背負子に座るとロープでぐるぐる巻きにされる。それをラーミが背負うと最後に大きな布をマルクにかぶせた。

 これで少しは目立たない。



「それでは、色々とご馳走様でした。全は全力で! と言う事でこれから向かいたいと思います」

「世話になった」



 ラーミとマルクが二人の親友に挨拶をする。

 一人は正面から、もう一人は背負われたままだ。



「目立つわね」

「だな」



 ◇◇


 

 こうして異様な外見となった二人が出来上がり街中を走る、後ろにいるマルクは早くも口を押えている状態だ。


 少し夕暮れになっていき街を守る兵士が欠伸をする。大きな街では門限があり夜は大扉を閉める事になっているのだ。

 その欠伸をした若い兵士がラーミを見つめた。


 先日冒険者ギルドの印が入った書物持っていたため記憶に残った女の子なのは覚えている。



「お勤めご苦労様です、少し街をでます」

「え、ああ……どう。え?」

「何か?」



 何かもなにも、絶対に人を背負っているからだ。

 黒い布のしたから大人の足がみえて、かすかに空いた穴からは少し怯えてたような人の目が見えて目が合った。


 思わず悲鳴を上げそうなった時に若い兵士の肩を、違う兵士が軽く叩く。


 黙って首を振って見せたのだ。

 何も言うな、黙っていかせてやれ。

 関係をもったら面倒だろ? と、目で合図をしている。



「よ、よき旅を、そしてご武運を!」

「はい、ありがとうございます。では」



 結局注意を受けずにマグナの街をでたラーミは走った、全力で走った。

 その速さはS級冒険者なんてこの世にいるはずがない。と冒険者にいわれているが、恐らくこれを見れば全員が思うだろう。やはりS級だ。と。


 マルクから視て日がくれた後に明るくなった。

 その日ももう一度暗くなり星空がみえ、また明るくなる。

 気づけば気を失っており周りが暗くなった所でラーミに起こされる。



「マルクさーん着きましたよ? 退屈でした? しかしあの状態で寝れるとはさすがマルクさんです」

「…………そうだな。寝ていたというより記憶が――」



 物凄い勢いで景色が変っていったのを思い出す。

 途中ですれ違う人々は皆、口をあけて居た。

 (なぜ俺はヤットに馬車代を借りなかったのか……)



「ラーミ」

「はい、なんでしょうマルクさん」

「いや、今はなんでもない」

「変な人ですねー。

 でも、大丈夫です、そんな所も魅力的ですよっ!」



 ドヤッという顔をしているラーミに対して、帰りは馬車で帰らないかと提案しようかと思っている所だ。

 皿洗いでもなんでもいい、仕事をして帰ろうと誓っている。



「むー。外しましたかね……」

「何がだ?」

「ドヤ顔の事です。それよりも、今日は一晩休んで明日の朝行きましょうっ! いくら私がとても強い冒険者でも無暗に日の暮れた山に入るほどおろかではありません」

「…………そうだな、夜の森は危険だ。しかし……その宿代が」



 馬車代にも困っているマルクが宿代などあるはずがない。




「お金の事なら大丈夫です。

 実は知り合いの宿があるんですよ、そこなら銀貨2枚からとまれますし、問題ないですよね?」



 財布の中身を思い出しマルクは頷くのであった。

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