第3話 酒はたしなむ程度だったはずの2人
お腹が減りましたと、言うラーミに強めに焼いた肉に茹でた豆をだし自身の所にも同じ料理を置く。
「大変美味しそうです。ではいただきます」
「ゆっくり食べてくれ」
「美味しいですけど…………」
不味かったか? 俺の料理は子供向けではないのかもしれないな。焼くと茹でるしかない。
「それ! 私の前にありません」
「それ……? これか?」
それ。と、いうのは酒瓶である。
マルクの親友がやっている店で買った酒であり、安いが旨い。
「酒だな」
「お酒が私にはない。って言っているんです。ワカリマスカー? ごほん。一口下さいっ!」
「なっ……に」
マルクは迷った。
(ど、どうする……)
一応国によって成人の扱いが違う、マルクのいるカーベランスの国では成人が大体十才前後で、冒険者ギルドに入れるのもそれぐらいだ。
しかし、十才でギルドに入っても出来る事は少ないので世ほどの事情がなければ十四ぐらいからギルドに入るのが一般的になっている。
アルコールに関しても明確な決まりは無く、十才でお祝いだから一口飲ませるなどそんな程度の認識だ。
マルク自身も十歳の頃に孤児院の兄達から飲まされ、今では頻繁に飲むほどまでになっている。
なお冒険者に定年はないが四十前にはそれまでの経験を生かして別の仕事に就く人間が多い、生きて入ればの前提であるが。
「一口でいいんですっ」
必死に頼み込みラーミにマルクは少し笑ってしまった。
「笑うだなんて酷いとおもいませんか? こっちはお願いしているんですっ!」
「す、すまない。昔の俺と被ってな、俺も兄達に必死にお願いした事があってな」
「失礼です、これでも冒険者なんですからっ、お酒ぐらい飲みますよ」
ちなみに、冒険者だからお酒を飲むってのは理由にはなっていないが、二人とも気づいていない。別に飲まない冒険者もいる。
「わかって貰えれば、そしてお酒を……」
「冒険者ランクでは負けるが人生の先輩として一杯ご馳走しよう。あまり若い時から飲み続けると俺みたくなるからな」
コップに酒が注がれて行く。
半分ぐらい入れた場所でマルクは手を止めた。
ラーミはもっと注げと顔に出ているが、最初に一気にいれてもなと思っての事である。
「では、いただきます」
チビチビ飲むものと思っていたら、ラーミは酒を一気に飲み干す。小さな胸を手の平で抑えると、喉から胃に通る感触を堪能しているようだ。
無理して一気に飲んでいるようではなく純粋に好きで飲み干した。
「なるほど、生ける口か」
マルクが思わず言うとラーミは恥ずかしそうに顔を少し赤くした。
「たしなむほどですけど」
「では、もう一杯」
「いいんですか!?」
一人で飲んでいる事が多いマルクにとって一緒に酒を飲む人間がいるのは嬉しい限りなのだ。
親友もいないわけではないが、結婚していたり子供の世話をしていたりと飲む機会は減っていく。
とはいえ若い女性がいるような店にも行くことも無い。
ラーミのコップへ酒を注ぐと自分も一口、二口、口の中で味わい、残ったのを一気に飲んだ。
「吐きそうなのか?」
「ぶー……違います。マルクさんは何でも、自分でするんですね。
目の前に女性がいるのに、酒を注げなども言わない」
「自分の手があるからな」
綺麗な女性がいても自分で注ぐだろう。
「一回ぐらいお酌します」
「え、いや。酒には自分のペースというのがあって……」
「今日だけなんだし、いいじゃないですか」
瓶を奪い取ると、まだ残っているコップへと九分目まで注ぎ、空になった瓶は足元に置く。
「ささ、グイっとどうぞ」
「では頂こう……かな」
マルクはグイっと飲むと胃の中が熱くなるのを感じる。
体が沸騰しそうな感じになり気分が少し高揚してくるのがわかる。
「ですが私は嬉しいです! マルクさんが絡み酒ではなさそうですので!」
「絡み酒か…………いい思いではないな」
マルクが外で酒をあまり飲まないのには絡んでくる人間がいるからのもある。冒険者ギルドの近くで飲んだ時に雑草王と呼び絡んでくる人間がいた事もあるからだ。
「ですよね! 私も子供なのに酒なんぞ飲みやがって。という奴がいましてね。自分で命をかけて稼いだお金なのに何でそういわれないといけないんですかね!」
「まったくだ!」
マルクもそれは同意する。
マルクだって薬草を採取して売ったお金で何をしてもいいだろう。と思うからだ。
気づけばラーミのコップには酒が無い。
マルクの足元には空いた酒瓶が1本。
(足りないな)
マルクは立ち上がった。
カマドの横に積んである木箱から、種類の違う酒を適当に合わせて三本手に取った。
酒は大事に飲むものだ。と決めていたマルクで自然にストックされた物である。
(なに、また買えばいい)
テーブルの上へと置くとラーミは目をパチクリさせて、酒瓶とマルクを交互にみる。
「良かったらどうだ」
「いいのですかっ!?」
目を輝かせてその瓶を見ているラーミ、小動物のようで思わず微笑んだ。
「ああ、オレも、もう少し飲みたいと思ったんだ」
嘘ではない。
孤児院で大勢で食事を取るが、アルコールはコップ一杯程度だ。シスターアンがそれ以上を出さないし、マルクもそれ以上を要求するような事はしない。
過程はともかく、マルクを馬鹿にするわけでもなくニコニコと酒を飲むラーミであればマルクも自然と笑みになる。
最近の冒険者はどうなのか? や マルクの普段の冒険を聞かれ素直に薬草を摘んでいる。というとラーミはそれを拍手する。
「私はその飛び級ですけど、毎日同じ事をするのは凄いと思います」
「そ、そうか……いや冒険者の先輩にそういわれると、コップが空いたようだな」
褒められて嬉しくないはずはなく、空いた酒瓶が増えていく。
秘蔵の三本がなくなるとマルクは立ち上がり、控えの五本を持ってくる。
控えの五本がなくなると、万が一の三本をテーブルへと持ってくる。
遅くまで飲む。
二人の足元には大量の空き瓶が増えて行き、隠してあった秘蔵の酒に手が伸び始めていった。
至近距離だというのにラーミの声が大きい。
「聞いてますかっ!? いいれすかっ!」
「ああっ、聞いているっ」
答えるマルクの返事も当然大きい声だ。
二人とも顔が赤く。
とはいえ、どちらも怒っているわけでなく、ただの酔っ払いと成り果てている。
2人ともここまでは普段は飲まない。
途中からなぜか楽しくなり限界を超えたのだ。
「私は別にですよ、本当は結婚なんて、どうでもよかったのです! 母がそれほどまでにいい男と言っているならマルクさんだって結婚しているでしょうし」
「俺は独身だ!」
「知っています!」
若干会話になっていないようなやり取りが続いてる。
「俺は他人を幸せに出来ない!」
「決めつけは良くありません!」
「そうだな!」
マルクが持っているコップには並々入った酒がある、それを一気に飲み干した。
「ふう……美味い酒だ」
「わかります。私もこんなに飲んだのはっママが亡くなったいらいです!」
「綺麗な人だった……」
マルクは思わず涙を流す。
「安心してください! 私はママよりも美人になります」
「そうか、それは安心だ」
「そうです、安心してください。そもそも、貴方はどうなんですかっ!? 私はマルクさんの事が好きですね!」
ラーミが言い切ると、マルクは酒瓶を手に取るとそのまま一気に飲み干す。赤い顔がさらに赤くなったようだ。
「嫌いであれば同棲の案はださない! こんなおじさんと一緒では君の方が嫌になるだろうと同棲案を出しただけだ」
「それはありがとうございます!」
所でラーミが、二十以上も歳の離れているマルクに、かなり好感度があるのは、父を見ず育ったのが影響している。
簡単に言うとファザコンだ。
母であるサナ・ランフ・ヴァミューがラーミを育てるにあたってマルクの事をいい男だったと教育した結果。
さらに、今まで彼女に寄ってくる男性は子供と思って利用しようとしてくるか、ただの
その点、マルクは多少の子供扱いはしているものの、先に一人の人間、冒険者として扱ってくるし、顔もよく見れば渋い。
体つきも普段から山を歩くのですらりとした筋肉が付いているし、同じ酒好き。
ラーミからすれば生涯独身でもいいが、遅かれ早かれ誰かと結婚をするのであれば合格してるし直感がOKサインをだしているのだ。
明け方まで続いていた酒盛りは、いつの間にか静かになっていた。昼少し前の光が室内に入ってくる。
いつの間にか床で寝ていたマルクは、気持ち痛む頭を振って室内を見渡した。
空き瓶が転がり、椅子もテーブルも倒れている。
調理場には肉が焼かれており、いつ焼いたかも覚えていない。冷たくなった肉片を口に入れて一口かみ締める。
(飲みすぎたか……。今まで記憶が無くなるまで飲んだ事は一度も無いはずなんだが。ラーミはどこだ?)
大量の空になった酒瓶をみつけマルクは思わず膝から崩れる。
その中の一つに冒険者になって初めて稼いだ金でかった酒まで空き瓶になっていたからだ。
(これも開けたのか……俺しか隠し場所を知らないから俺が出したのか……)
マルクが狭い室内を見渡すと、普段寝ているベッドの上で大の字になって寝ていた、その服は少しめくれていてヘソが見えている。
(冒険者とは言え、まだまだ子供……)
ラーミのヘソから上が見えそうになりマルクは慌てて毛布をかぶせる。これ以上うえは流石に見ては駄目だろうと、良心が働いたのだ。
ベッドのそばにある鏡に目が行った。
マルクの顔が赤い、決して酒だけのせいではない。
(顔を洗うか……)
そっと小屋を抜け出し外の井戸へと向かった。
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