第2話 マルクが出した妥協案

 ラーミ・ランフ・ヴァミューと自己紹介された少女を、家へととりあえず招き入れる事になった。


 原因はマルクがあまりにも固まって思案していると、ラーミが小さなクシャミをしたからである。


(夜風に当たりすぎたか、春先とはいえ朝晩は冷え込むからな)


 今は寝室、居間、料理場と全てが一部屋になった場所でラーミはお茶を飲んでいる。と、いうかそれ以外に部屋はない。

 マルクの家は家というよりは小屋だ。全て一つの部屋で解決する部屋なのだ。



「すまない。オレの家には気の利いたものが無くて、甘い物でもあればよかったが昨日食べてしまった」

「大丈夫ですっこれから常備するようにしましょう」



 元気いい返事にマルクのほうが戸惑う。

 ラーミを椅子に座らせてマルクも対面するように椅子へと座った。



「所でオレの妻って突然過ぎないか。

 冒険者ギルドにいる、他の冒険者からのドッキリか?」



 若い冒険者が、小さな子を使い遊び感覚でやっているんじゃないか? と聞いている。

 よくある、罰ゲームで好きでもない人間に告白をする、そういう類のイタズラだ。

 薬草王と陰口で呼ばれているマルクは、薬草の新種の場所が見つかった。などのドッキリを受けた事もある。



 ラーミは首を横に振る。



「確かに一方的でしたね。では、お話します。

 サナ・ランフ・ヴァミューを覚えていますでしょうか? 金髪で腕に猫のマークがある女性です」



 突然名前を言われマルクは顎に手をあてて考える。

 マルクは、小さくああ……と言う。

 駆け出し冒険者時代に珍しく他の街に行った時に腕に猫のマークをいれた女性を魔物から助けた事がある。


 ラーミは、マルクが解ったと思ったのだろう直ぐに笑顔になった。



「なるほど、名前が長いなあの人は貴族であったのか!」

「貴族といっても元です、そうそう。で、思い出した?」

「一応、こんな大きな子がいるとは……両親は元気だろうか?」

「はい、元気と思います。この世にいませんけどあの世であればもう死ぬ必要ないですし」



 ラーミの言葉にマルクは絶句する。

 元気にこたえているが死んだ。と、言っているのだ。

 大人であればご愁傷様の一言で済むが、相手は子供だ。



「そ、その甘い物買いに行こうか?」

「お気づかないなく。一から説明するから、聞いてください」

(表情かころころと変る、面白い子だな……。とりあえず、今日は外で寝たほうがいいだろう)



 一瞬であるが全然違う事を考え、マルクはベッドに座りラーミの話を聞く事にした。



「さかのぼる事十五年前。

 ある街へ祭を見に一組の貴族が遊びに来ました。

 祭りが終わり、その貴族は帰る途中に、ハイオークの群れに襲われたのですっ!

 そこに現れた英雄冒険者。彼は並みいるハイオークをなぎ払い見事、生存者を助けたのでした」

「ほう……」



 ラーミは、話しを聞いているマルクを横目に、大きな声で続きを話す。



「で、残念な事に男性のほうは亡くなって……でも、女性のほうは彼の持つ薬草で命を取り止めました、お腹の女の子と共にっ。その女性は言いました、お礼がしたいと……。

 英雄冒険者は断りました。では、もし、私の子供が男性ならばいづれは助けになるように、女性であればまずは――」



 マルクの記憶が遡る。

 そういう事があったような気がしたからだ。

 いや、実際にあったのを思い出す。



 しかしラーミはハイオークと言っているが、実際は普通のオークだったようなきもするし、オークの違いだなんてマルクにはあまりわからない。そういえば大きかったようなぐらいだ。


 英雄冒険者と言っているが助けたのは俺一人ではなく、他のパーティーと組んでの仕事だったようなきもする。



「俺一人が働いたわけじゃ無い。勘違いしてないか?」



 あの頃はマルクにもお金が居る事情があり、遠出で仕事をしていた時期があった。

 確かに猫のマークをつけた女性は妊婦で、男性のほうは既に事切れており、簡単な応急処置の後直ぐにギルドに任せた。



「あっマルクさん。まだ話終わってないので黙って貰えます?」

「すまない」



 ラーミに怒られて素直に謝った。

 (確かにまだ話は終わってなかったな)


 

「では、仕切りなおして。女性はなおもいいました。私にはすでに決めた人がいるから、ちょっとカッコイイ命の恩人でも未亡人をつらぬくので結婚は出来ない。でも生まれた子が女であれば、ビシバシ鍛えあげて貴方に相応しい妻となるように調教……もとい育て上げましょう。と」

「ん?」

「素晴らしい合いの手です。英雄冒険者はいいました。『だったらいいかもな、オレはマルク。冒険者をやっている生きていれば、あてにしないで待っていよう』と。それが私の母でして。あっこれ遺言状です」



 ラーミは一枚の紙をマルクへと差し出す。

 それは、娘をマルクが独身であれば結婚相手として差し出す、いう遺言状である。仮に結婚していれば奴隷として使ってください。まで書いてあり、ご丁寧に王国の印まで押してある正式な物だ。



「探しましたっ。母の遺言状ではツードリーの街にいる筈なのに、マルクという大柄な冒険者が一人も居ないですし。

 だったら、当時の祭りで呼び寄せた他の町の冒険者だろうと。

 三年、三年ですよっ。あちこち探してやっと見つけました」



 マルクは両手を組み、静かに瞳を閉じた。

 不思議に思ったラーミがマルクへと尋ねる。



「あの? 聞いてました?」

「ああ。でも、その前に君の母へと祈ろう、時間が無い時は仕方が無いが、何か縁のあった人が亡くなったのだ、祈らせて欲しい」



「それは、そのありがとうございます……」



 祈りの終わったマルクは手紙をラーミへと返す。



「話は大体わかった。しかし、君は貴族で子供だオレみたいな年老いた冒険者と一緒になっても良い事はないだろう。ましてや遺言状なんて古くさい……」

「は? 私の母が命をかけて書いた遺言状を馬鹿にするのです?」



 ラーミの声に怒気がこもる。

 マルクは慌ててしまった。と思い、すぐに謝る事にした。相手が子供でも女でもそこは変わらない。



「す、すまない。そういうつもりでは……その遺言に書かれている通りとすれば俺が結婚していれば君は奴隷になるんだろ? そんな一生をいくら遺言とはいえだ。と思って、それに君は貴族だ」

「謝れる人間はとても素晴らしいです」



 ラーミは「とはいえ」と、付け加えて話し出す。



「貴族といっても元ですよ? 父も母も死んだいま、男子がいないので貴族と言っても一応は名乗ってますが、すでに領地も屋敷も家来も何もありません。私とて相手が脂ぎった3kでしたら斬った後で死体を燃やして見なかった事にするんですけど合格。というか超合格です。ビビっときましたねさすがはママが先にパパに出会ってなければ危なかったわ。というだけあります」



 親指を立ててマルクを見るラーミ。

 逆に信じられない顔でマルクはラーミを見た。

 ちなみに3kとは汚い、キモイ、毛が無い。の三拍子の略称りゃくしょうで当然マルクはその略称を知ってはいない。



「しかし、君は……」

「ストーップ! もしかしてマルクさんは好きな人がいるのですか?」



 こんな子供に何を聞かれているんだ? と思う気持ちもあるが素直にこたえる事にする。



「特にいない。な」



 別にマルクだって女が嫌いなわけじゃない。

 美しい女性を見ると美しいと思うし、冒険者ギルドにいるミーアみたいな若い女性と話すと少しは嬉しい。でも好きとは少し違うからだ。



「なら問題ないですね。この婚姻状にちゃちゃっと名前を書いてくれれば、もう夫婦。と言う事は今夜が初夜ですね。

 何人産みます? 私として冒険者ギルドが作れるぐらいは産む予定ですけど」

「まてまてまてまて」



 あまりの事で思わず否定の声がでた。



「少ないですかね?」

「人数の話ではない。この家を見てわかるように俺は妻を養えるような生活ではない」

「それでしたら私も冒険者の端くれですので稼ぎますよ」

「なっ!?」



 驚きの連続だ。

 こんな小さい女の子が冒険者? いくら冒険者ギルドに年齢制限がないとはいえ非常識だ。



「ツードリーだったな、冒険者ギルドは人不足でもしてるのか?」

「特にそんな話は聞きませんね……ほらその私はでして」

「ランクを見せてくれないか? 疑う気も無いが冒険者カードを」



 ラーミの顔が眉をひそめる。

 子供が怒られるから言いたくない。と言う顔でマルクが育った孤児院でよく見た表情だ。



「話がうますぎて嘘であれば……」

「…………別にいいですけど、ちらっとですよちらっと」



 ラーミがマルクに冒険者カードを見せて来た。銀色のカードでラーミのフルネームとその下にランクが書いてあるのだが。 


 (B!? いや、Bにしては文字がいびつな、上から無理矢理文字を彫ったような、しかし偽造は重罪だし、元の数字はE……まさかS!? そんな馬鹿な話はないだろうしやはりBなのか? こんな女の子なのに)


 マルクが冒険者カードを触ろうとすると冒険者カードが引っ込められる。

 実はマルクの考えはあっており、本来はSと書いていて上から無理矢理Bと書いていた。

 


「マジマジと見るのは失礼ですよ?」

「え。いや……そうだったな。暗黙のルールも知っているようだ本当にB? なのか」

「そ、そうですそうです。これで問題は解決しました」



 解決といってもなぁ……



「もしかして若い子は嫌いとか? ご安心ください直ぐに大きくなるので」

「その頃には俺も歳をとっているだろうに、そういうわけでは」

「じゃぁ何が問題なんです!!」



 ラーミがとうとう怒り出した。

 マルクがラーミを子供と思っているのは事実であるが、大きく見れば別に不思議でも無いのだ。


 貴族や王族ではこれ位の歳の差は全然普通にある。

 なんだったら重婚もあり六十を過ぎてから十代前半の嫁や愛人複数人囲う事だってある。



「妻と言うよりは子供だなと思って」

「あーあーあーあーあーそういう事いいます? あと三年もすればボンキュッボンですよ、ですが少しだけ安心しました。

 マルクさんが子供ならだれでも襲うようなロリコンでは無くて」

「妥協案として、暫く一緒に生活する。というのはどうだろうか? もちろん寝る場所は別ける。そのお互い知らない事が多すぎて……な」



 マルクが考え出した最低限の答えである。

 世間一般で言う同棲生活。

 世間一般の同棲生活では寝室も同じであるがマルクはそこはラーミを大事にした結果だ。



「仕方がありません。この結婚状に名前を書いてない限り夫婦ではありませんし、その案を受けましょう。それよりもお腹が減りました……食べに行きませんか?」



 ラーミはマルクが出したお茶を飲みほしてお腹を押さえている。

 聞いた所によると昼からここにいたらしい。



「それは悪い事をした。といっても今から街に戻っても店はやってないしなぁ……今あるのは酒と――」

「酒と!?」



 ラーミが大声を出してマルクを見つめた。

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