中年底辺冒険者とSランク少女の妻

えん@雑記

第1話 薬草王Eランク中年冒険者

 身長は140cmもみたない少女。

 フードを取ると透き通る赤髪でその髪を夜風になびかせる。



「なるほど、申し送れました、私、ラーミ・ランフ・ヴァミュー。

 貴方の妻です」



 冴えない大男、万年Eランクで別名薬草王の冒険者マルクは、少女の言葉を聞くと、突然の事で頭を悩ませた。

 嫁と子供が出来るようにとシスターアンが祈ったらしいがこれはどっちになるのだろう。と。



 ◇◇◇


 王国カーベランスから南に下る事、王国最南端の地方都市マグナ。

 その一角に薄汚れた建物があった、看板には冒険者ギルドと書かれており夢を見る人間が出入りをしていく。


 昼過ぎ、明らかに夢を見るには少し歳をとった中年男性がギルドの扉をくぐりカウンターの呼び鈴を鳴らす。


 彼の名は冒険者マルク、貴族ではないのでマルクという名前しかない。

 齢は既に三十七を過ぎ、その高身長から当たりを見回した、馴染の職員に小さく手を上げ挨拶をした。


 まだ入社し半年の若いミーアと名前のプレートを付けたギルド職員がマルクの前に立つと「お疲れさまでした」と労いの言葉を言う。

 マルクはというと、短く挨拶をし背負ってきた袋をカウンターの上に置き中身を取り出し中身をみせる、丁重に摘んだ薬草である。



「マルクさん、申し訳ありません。

 薬草ですよね? 一種二種の買取は、先週分の在庫がまだギルドに残っており先週の半分の値段しか出せませんが、どうしましょうか」

「そうか……まいったな、いやミーアさんが悪いわけでは……金を作りに来たのだが」

「ごめんなさい」



 これは意地悪ではない、ギルドは何でも買い取るが、値段は一緒というわけではない。

 需要と供給というやつで、いくら珍しい物でも沢山あれば安くなるし、ありふれた物でも物がなければ高くなる。


 マルクは無意識に考え込む。

 (どうするか……いや、持って帰っても使い切れない)



 二人の会話がギルド内に漏れると、依頼書を探している若い冒険者が下種な笑いを浮かべ『低ランクの薬草王が薬草売りに来た、薬草城を立てる資金集めだな』と陰口を叩き始める。


 彼らはマルクよりも若い冒険者、さらにランクも、マルクより上のDやCなどである。

 そう、マルクは中年、もう少しいけば初老という世代に上がったのにランクがまだ、『E』なのだ。


 冒険者ギルドには冒険者にランク付けを行っており、上からSS・S・A・B・C・D・E・Fさらには、それに属さない特別GやHなど細かく別けられていた。


 これは、冒険者ギルドという所で仕方が無い。

 新米冒険者に危険な事をさせるわけには行かない、そういう配慮から付けられたランクであるが、今では一種のステータスと成り代わっていた。


 もう一度確認すると、マルクのギルドランクは『E』である。

 特に大きな功績もなく、昇段試験も受けず、かといってギルドに貢献し、特別な事をしたわけでもない、万年Eランク冒険者であった。


 辛うじてFじゃないのは、年功序列という名の謎の計らいである。 


 もはや、このギルドの中でも彼は小さな有名人であり、何故冒険者をやっているのかも周りには謎である。週に一回ギルドに来ては薬草を売って生計を立てている。

 もうなんだったら冒険者を辞めて薬草屋をやった方が儲かるのでは? と言われているが冒険者である。


 普通の冒険者であれば陰口を言われると乱闘になったりもするが、ギルド内は喧嘩禁止である。


 (薬草王か……違いない)



 少し苦笑するとミーアから先週の相場の半額という金額で薬草を買い取ってもらう。陰口を叩いた冒険者を見ると、がんばれよ。とエールを送るが、貰った方はいい迷惑な顔でマルクを見送った。


 マルクとしては、陰口そのものは嫌いではあるが事実なので反論もしないのだ。


 冒険者の鉄則は死なない事である。

 死ななければ明日がある、しなない冒険者と言えばなんだ? といわれば戦わない事。

 魔物、山賊、海賊、魔族、貴族などなど冒険者にこれらが絡めば大金や名声を得るチャンスであるが、死ぬ確率も当然上がる。


 逆にそれ以外の仕事は低資金ながらも安全なのだ。

 幸いマグナに隣接する森は魔物が多いが、そこでしか育たない薬草もある。


 逆にマルクから言わせれば、森に行けばお金が手に入るのに何故しないんだ? まである。

 慎ましく生活するのであれば彼のように低ランクのままでも生活は出来るのだ。


 薬草王といわれたマルクは市場へと向かい、親友が経営している雑貨屋にはいる。



「ようマルク。今日も薬草が売れたようだな、上物が入ったぞ、八年前のブドウ酒だ、値段は銀貨七枚」

「ヤットすまない。何時もより買取相場が下がってな、銀貨三枚ほどで、いい酒と肉はないだろうか?」

「三枚か……、よし任せておけ」



 マルクは自らの財布を馴染みへと見せた。先ほどギルドからもらった銀貨数枚しか入っていない。

 

 銀貨一枚で安酒が二本程度。

 金貨一枚あれば成人男性が七日は暮らしていける。


 親友は安いが美味といわれる酒と大きめの肉を持ってマルクに話けて来た。



「マルクいい加減、魔物でも倒して妻でももらったらどうだ? お前ほどの実力ならオークぐらいは倒せるだろ」

「ヤット……俺は危険な道は――」

「「渡らない」」



 マルクとヤットの声が同時被る。



「知っているだろうに」

「なに、気が変わったら言ってくれ。お前も子供ぐらい作ったらな。とササリーが心配していたぞ」

「考えておくよ」



 マルクはヤットの店を出て空を見上げる。日はまだ傾いてはおらず家に帰るんのにも早い時間だ。

 子供か……マルクだって考えないわけではない。


(結婚し子供もいれば俺も少しは変わっただろうか?)



 考えながら歩き最後に村外れにある孤児院前に立つ。

 その孤児院のドアをノックすると、年配のシスターが出てきた。

 マルクを確認すると、嬉しさと悲しさを顔に出した。



「また来たのですか……マルク」

「ああ、シスターアン。今週分を渡そうと思って」



 マルクは先ほど、ギルドで受け取った銀貨が入った残った袋を、そのままシスターの前へと差し出した。

 シスターアンはしばしその袋を見つめて、ため息をだしながら袋を押し返す。



「何度も言うようですが。

 マルク、貴方にはもう何年も毎月寄付を貰っています。

 それは過度なほど……少しはご自分の事に使いなさい……出来ればアルコール以外にですけど。先週いいましたよね? 来週からは来ない。と」



 確かにマルクは先週そう言っている。

 あまりにもシスターアンが怒るからだ。



「気が変わった」

「あのですね……」



 シスターアンが更なる文句を言おうとすると、シスターアンの後ろから子供達がマルクの周りへ集まり買った肉などを引っ張って孤児院の中に入っていった。



「こ、こら!」

「と、うわけだシスターアン。兄妹のほうがよくわかってる」

「まったく……そんなんですから、彼女も出来ないんですよ……わたくしに孫の顔でも見せてほしいです」

「こんな俺に嫁に来たいと言う人間は居ないだろ、自由に暮らさせて貰うさ」



 もう少し文句を言おうとしたシスターであったが、少しだけ笑顔になった。



「何はともあれ今週も生きて貴方と会えてよかったです。冒険者を辞めていっそ薬草屋にでもなればいいものを」

「薬草屋は肩がこりそうだからな」



 マルクの薬草屋をやらない理由は人付き合いが苦手だからだ。

 冒険者であれば薬草を摘む、冒険者ギルドに売る、金が出る。の順番だ。


 これが薬草屋になると、選別する。値段を決める。大人数と合う。商業ギルドに申請する。ショバ代を払う。クレーム処理をする。など色々面倒な事が出来るからだ。



「お茶でも飲んで行きなさい、どうせ食事もまだなのでしょう」

「では、お言葉に甘えて」



 マルクは孤児院の食堂で兄妹達と夕食を共にし、酒をたしなむ。

 そのまま泊まって行けとシスターアンに誘われたが、迷惑をかけまいと丁重に断り夜の道を静かに歩く事にした。



 (しかしシスターアンにも困ったものだ。俺が落ち着くようにと、妻と子供が出来るように最近は祈っています。とか天地がひっくり返っても無理だろ)



 十年ほど前に購入した門外の家。

 小さな畑と自ら掘った小さな井戸もある、夜の予定は体を洗い、町で買った残った酒で腹を満たす。

 そして寝るだけであった。


 明日からはまた森に入り薬草を探す。


 他人から見れば面白も見もない人生かもしれないが、マルクはこれはこれで満足して暮らしている。


 あと数十歩で家という所で、家の前に誰かが居るのを確認した。

(誰かいるな。賊か? しかし、オレの家には価値のある物は無いし、あれば渡してもいいのだが、どうするべきか……)



 声を掛けるしか方法が無いのを思い出し小さく笑う。


 

 影は小さく、子供の背丈しかない。

 ローブをかぶり顔は隠していて、三角に折り曲げた膝を抱えて座っていた。

 家の前まで着くと、その影へと挨拶をした。



「俺の家に用事だろうか?」



 少女は顔を上げ、その赤い瞳をマルクへと向けた。 

 小さな体からフードを外す少女。

 

 赤く、少しだけ伸びた髪を小さく結んでいる。

 そして可愛い顔をした少女が、マルクを見つめて来た。



「あの、貴方がマルクさんですか?」



 子供にしかみえないが大人びた喋り方の少女。



「ああ、俺だけど……君は?」



(孤児院にいるような子供では無いな、喋り方からすると貴族の子か、商人の子か。しかし俺にどちらの知り合いはいない)



「なるほど、申し送れました、私、ラーミ・ランフ・ヴァミュー。

 貴方の妻です」



 突然出てきた、少女に妻宣言をされ、マルクの思考が止まった。

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