第85話 春のくまくま肉祭り



「さあ皆の衆!! 『くそでかトロール・ベアキングをやっつけたぞい☆ まつり』の始まりですじゃ!! 里の平和に乾杯ですじゃ!!」



「かんぱ~い!! なのだ~!!」



「乾杯なのじゃ!!」



「イエ~イかんぱ~い!! ……なにこれ?」



 ブラック・ラクーンの里で、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが始まった。

みんなついさっきまでトロール・ベアキングに怯えて家の中で縮こまっていたのだが、まるで嘘だったかのようにはっちゃけている。



「この時期はいつもこんな感じですじゃ。冬眠明けのトロール・ベアが里の食料を襲いに来るもんで、なんとか撃退できたらお祭り騒ぎですじゃ」



「ちなみに今まではどうやって倒してたのさ」



「里の周りにトロール・ベア用の罠が仕掛けてあるのだ。でも今回のトロール・ベアキングには効かなかったみたいなのだ」



 落とし穴の中に石槍があって、それで串刺しにしたあと上から大岩が落ちてきて閉じ込める仕組みらしい。いや、中々えぐいな……



「それにしても、ここにいるのってみんなブラック・ラクーンなんだよね?」



「そうなのだ。わっちの里の仲間なのだ」



「なんというか……色々おるな」



 ブラック・ラクーンは個体によって変化の術が使えるので、この場には普通のタヌキみたいなブラック・ラクーンの他に、茶々丸くんや長老みたいな、ほとんど人と変わらない見た目の者、

さらにその中間の、耳としっぽが生えてる獣人っぽい子など、様々な姿の者たちが宴を楽しんでいる。



「なんか人間と魔物が仲良くしてるみたいで良いね」



 ただまあ、みんなが集まってる広場のど真ん中に、さっき倒したトロール・ベアキングが丸焼きにされてるのを視界に入れなければなんだけど。



「シュータくんも今は人間族じゃないのだ」



「どうみても獣人じゃからな」



「そうだった!」



 トロール・ベアキングを倒したのは良いものの、未だに魔人化が解除されていないのだ。



「正気を失う前にはやく元に戻らないと……もぐもぐ、ん! このハンバーグみたいなやつめっちゃ美味い! これって」



「トロール・ベアキングの肉団子なのだ」



「…………」



 あのクマ、フルーツが好物なんだっけ。ほんのりと甘さが感じられるジューシーなお肉……



「中々良い食材だね」



「でも冬眠明けでちょっと味が落ちるのだ」



「そうなんだ」



 たったったっ……



「シュータ! シュータはどこ!?」



「あれ、シルクだ」



 教会の用事を済ませたシルクが俺の様子を見に戻ってきてくれたようだ。



「おーいシルクー。こっちこっち」



「あ、シュータ! もう体調は……って、なに!? 魔物!? クマの丸焼き!?」



 俺の姿と里の様子をみたシルクがびっくりしている。やっぱそうだよな、クマの丸焼きはビビるよな。あとネコの着ぐるみっぽい俺の姿も。



「シルク、俺だよ俺。シュータだよ」



「……えっ? シ、シュータ、なの?」



「うん。ちょっと今、マジカルチェンジ……じゃなかった、魔人化しててさ」



 里がトロール・ベアキングに襲撃されてからのことをシルクに説明する。終始、信じられないような顔で俺の話を聞いていたシルクは、まだ少し、俺が本当にシュータ本人なのか疑っているようだ。



「シルクよ、こやつをよく見てみい。シュータの面影があるじゃろ」



「うーん、そう言われると、なんかお気楽そうというか、適当に生きてそうな雰囲気が」



「俺のイメージそんななの?」



 ちょっと心外だなあ。あ、トロール・ベアキングの串焼きも美味しいな。七味唐辛子みたいな香草がかかっていて、味がピリッと引き締まる。



「もぐもぐ……あ、そういえばほら、これみてよ」



 俺は上を向き、シルクに首元を見せる。毛皮でちょっと埋まってるけど、そこにはシルクに貰った幸運の魔道具、果報のチョーカーがきらりと光っていた。



「あ、それ……」



「俺があげたグラサンのかわりにシルクが買ってくれたやつ。これで証拠にならないかな?」



「……ん、そうね。あなたは間違いなくシュータだわ。ちょっとその、あまりに見た目が変わっていたものだから動揺してしまって。ごめん」



「わかってくれて良かったよ。あ、シルクも食べる? トロール・ベアキングの焼肉」



「いや、シルクは遠慮しとく……それよりその、シュータにちょっとお願いがあるんだけど」



「もぐもぐ……ん?」



 __ __




「わ~すっごいモフモフだわ! 触り心地バツグン!」



「あの、シルク……」



「しっぽもすごいモフモフ! 耳もフサフサ!」



「ちょ、ちょっとくすぐったいよ」



 シルクにしっぽとか頭をめちゃめちゃ撫で繰り回される。近所のでっかい犬みたいな扱いだ。



「モフモフかわいい~!! シュータ、もうずっとこのままでいましょ」



「やだよ!」



 それからしばらく触れ合いモードに入ったシルクにモフモフを堪能され、それを見ていた周りのブラック・ラクーン達も寄ってきておしくらまんじゅうのような状態になり、俺はボロボロのもみくちゃになってしまった。



「魔人化シュータも、シルクの前では形なしじゃの」



「トロール・ベアキングよりシルクのほうが強かったのだ」



 誰かはやく元に戻してくれないかな。

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