第61話 ブラック・ラクーン
「えーと、それじゃあ茶々丸くんは“ブラック・ラクーン”っていう魔物なんだ」
「そうなのだ……」
目の前でタヌキが茶々丸くんになったのを目撃してしまった俺は、部屋で彼から事情を聞いていた。
「すーくん、ブラック・ラクーンって知ってる?」
(ブラック・ラクーン。知能が高く、人の言葉を理解する。稀に発生する高知能個体は変化の術を使い、人に化けて共に生活をする)
「へ~魔物なのに言葉が分かるんだ」
(ブラック・ラクーンの毛皮は肌触りが良く防寒性に優れる為、高値で取引される」
「……」
「どうしたのだ?」
「な、なんでもないよ。茶々丸くんは人に変身できるから、ブラック・ラクーンの中でも更に頭が良いんだね」
「えっへへ~そんな褒めてもなにも出ないのだ~」
「……その割には宿屋の値段とか分かってないみたいだけど」
「に、人間族の宿屋は高いって話してるのを聞いたから、安くしたらお客が来るかと思ったのだ」
ちょっと安くしすぎたのだ、と茶々丸くんが笑う。
「今までよく魔物だってバレなかったね」
「泊める人は選んでるのだ。今までは酔っぱらいばっかり来てたのだ」
ああ、それなら何かあっても翌朝にはほとんど忘れてるかもしれない。
「でも、シュータくんみたいな子供が1人でいるのを見て、声をかけずにはいられなかったのだ……」
「茶々丸くん……」
これは興味本位でうろついてたなんて言えないな。
「お、お願いなのだ。わっちが魔物だってことは秘密にしてほしいのだ。宿代もタダにするし、ペットも連れてきていいのだ」
「いや、そんな、頭を上げてよ。誰にも言わないし、宿代もちゃんと払うよ。ペットは……本人が来たそうだったら連れてくるかも」
「あ、ありがとうなのだ……! シュータくんは良いやつなのだ!」
茶々丸くんがギュッと抱き着いてくる。
サラサラの黒髪が頬に当たってくすぐったい。
「ちょ、ちょっと茶々丸くん、恥ずかしいって」
「漢同士のアツい抱擁なのだ!」
絶対そんな感じの絵面にはなってないけど……
「そういえば茶々丸くんは、どうして女の子っぽい感じに変化してるの?」
「わっちはこの姿にしか変化できないのだ……本当はもっと筋肉モリモリマッチョマンになりたいのだ」
誘拐犯でも倒しに行くのかな。
「……ちなみに茶々丸くんってタバコとか吸ってる?」
「吸ってないのだ。煙草は身体に悪いのだ」
「じゃあ、人に変化できるブラック・ラクーン達で秘密の商会を作って、危険な裏の仕事をしてたりは……」
「商会なんて作ってないのだ。危険な仕事は危ないから良くないのだ」
「だよね」
……。
…………。
「うーん、良く寝た」
……ん? 知らない天井だ。どこだここ?
「あ、そうか。昨日宿屋に泊まったんだ」
噂を頼りにやってきた謎の宿屋、樂狗亭。入ってみたら、店主が女の子みたいな男の子だったり、激安だったり、実は魔物だったりで驚いたけど、いつものガレキ山と違ってとても快適に寝ることが出来た。
コンコン。
「シュータくんおはようなのだ! 朝なのだ!」
「うん、おはよー茶々丸くん」
扉越しに茶々丸くんの良く通る元気な声が聞こえる。
「今日はこれからどっか行くのだ?」
宿屋は今日の夕方まで借りている。もう出ちゃっても良いし、この宿代なら、冬の間借りたままにしても良いかもしれない。
「とりあえずお風呂に入って、その後は朝ごはんでも食べてこようかな」
ガチャッ!
「お風呂!? どこに行くのだ!?」
「え、ほっとランドリィだけど……」
あれ、鍵しまってたよね……なんで普通に開けられたんだ? 魔物パワー?
「わっちも行きたい! わっちも行きたいのだ!」
「茶々丸くんは行ったことなかったの?」
「だって、人間族のお風呂とか入ったことないから、よくわからなくて……いつも夜中にこっそり井戸で水浴びしてるのだ。今の時期はさすがに寒いのだ」
修行じゃん。
「よし、じゃあ一緒に行こうか!」
「うん! 楽しみなのだ!」
__ __
ガラガラーッ
「おばちゃーん! お風呂入りにきたよー」
「いらっしゃい! おや、そっちのかわいい子は……もしかしてシュータ君のコレかい?」
おばちゃんがニヤニヤしながら小指を立てる。コレってなんだよ。
「この子は友達だよ。こういうとこ行ったことないって言うから連れてきたんだ」
「おはようございますなのだ! わっちは茶々丸なのだ!」
「隅に置けないねえシュータ君も。それじゃあ今日は記念にサービスだ! 二人とも、お金は良いから入っていきな」
「やったー! ありがとうおばちゃん!」
「ありがとうなのだ!」
なんでか分からないけど俺までタダになっちゃった。ラッキー。
「茶々丸くんのお陰で得しちゃったね。あ、女湯と男湯があってね、俺たちの入る方は……」
「……シュータ?」
「男湯……ん? あれ、シルクじゃん! おはよー」
女湯の扉から出てきたのはまさかのシルクだった。
「シルクもお風呂入りに来てたんだ。俺たちは」
「その女、誰?」
「今から、入るとこ……なんだけど」
「ねえ、シュータ」
「は、はい」
「その女、誰?」
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