第60話 スラムの宿屋



「この辺りに出没するらしいんだけど……」



 カリバーンとラミーさんに教えてもらった謎の激安宿屋を探すため、俺が暮らしているエリアとは別のスラム街へやってきた。

この辺りはかなり昔に放置されたらしく、棲みついている孤児や浮浪者も少ない。整備されていない土の地面の為か、草木が生い茂っており、崩れた木造の廃屋から大きな木が突き出ている。



「どっちかっていうと魔物とかが出てきそうだな……」



 二人の話によると、噂になっている宿屋が出現するのは月が見えない曇りの日の夜で、1人でこの辺りをブラついていると唐突に現れたり現れなかったりするらしい。



「うーん、なんだかよく分からない話だったなあ」



 死霊の館みたいに、キャンディのような知能が高い魔物が魔法結界みたいなものを張っているのだろうか。



「あ~寒いな~……なんか迷っちゃったなあ~……もう暗いし、この辺りに泊まれる所でもないかな~」



 なんてね。こんな独り言で現れてくれたら苦労しないんだけどな。



「……おい! そこのお前! お前なのだ!」



「うわあっ!」



 いきなり背後から肩を叩かれて情けない声を出してしまった。全然気配を感じなかったぞ……まあそもそも気配とか読めないんだけど。



「宿を探してるなら、わっちの店に泊まればいいのだ!」



「わ、わっち? 店っていったって、なにも……え?」



 振り向いた先には、小さなお城のような建物が。



「こんなのさっきまでなかったよな……あれ?」



 さっき話しかけてきた人がいない。というか、背後から話しかけられてから姿を一切見ていない。



「ここ、幽霊屋敷じゃないよね……?」



 __ __



 ギィ……



「こ、こんばんは~……」



 いきなり現れた小さなお城は、瞬きしたり、ほっぺをつねったりしても消えなかったので、勇気を出して中に入ってみることにした。



「なんか、外に比べると全然お城っぽくないな」



 お城どころか、なんていうかむしろ、日本の旅館? 民宿? っぽい。前世で見てたドラマでよく殺人事件が起こってたやつだ。

小さな玄関と受付用のカウンターがあって、その奥に部屋がいくつか。2階への階段は見当たらない。外からみた、あのお城っぽい感じなら2階もありそうだったんだけど……



「やあやあよく来たのだ! ここは樂狗亭(らくいぬてい)、素泊まりの宿屋なのだ!」



「わっ! びっくりした!」



 いきなりカウンターの奥からピョンッと何かが飛び出してきた。



「わっちの名は茶々丸! 樂狗亭の店主なのだ!」



「はあ、どうも……」



 カウンターから出てきたのは、浴衣っぽい服を着た黒髪の女の子だ。この子が店主? そんな年にはみえないけど……。



「茶々丸さんは、この宿屋の……おかみさん?」



 もしかして、両親を亡くした娘さんが切り盛りする宿屋なのだろうか。若おかみは中学生!



「女将? 違うのだ! わっちはオスなのだ!」



「いや、そういう事じゃなくて……えっなに? オス!?」



「あっ間違えたのだ、オスじゃなくて男なのだ!」



「いやそこにビックリしたわけじゃなくて! え、女の子じゃなくて?」



 た、たしかに茶々丸って名前だし、男か……おとこ、か……?



「茶々丸さんはなんだかこそばゆいから、茶々丸くんって呼んで欲しいのだ。敬語とかもいらないのだ」



「わ、分かった」



 色々分からないけど、とりあえず今はいいや。



「茶々丸くん、ここって1泊いくらで泊まれるの?」



「1泊1000エルなのだ!」



「やっす!!」



 下層区の1番安い宿屋の10分の1だ。



「なんでそんな安いの!?」



「え、そんなびっくりされるほどに安いのだ……?」



 いや他の店の値段知らないんかい。



「で、でも、1000エルあればトンホーンの串焼きが10本も食べられるのだ」



「た、たしかに……そういわれるとまあ、そうか」



 この子にとっては1000エルでも大金なのかもしれない。そういえば俺もこの世界に来たときは、串焼き1本食べるのも大変だった。



「そういえば、茶々丸くんって何才なの?」



「わっちは大人の魅力溢れる15才なのだ!」



「そ、そうなんだ」



 この世界だと15才は大人なのかな……? まあ、魅力が溢れてるかどうかはおいといて、せっかくだし、試しに1泊してみようかな。



「それじゃあ、1泊お願いします」



「まいどなのだ! じゃあここに名前を書くのだ……シュータ・ブラックボーン? 面白い名前なのだ」



「茶々丸だってまあまあ面白いよ」



「そうなのだ? 人間族の感覚は分からな……じゃなかった、部屋に案内するのだ」



「……?」



 ……。



 …………。



「うわあすごい!」



 茶々丸くんが案内してくれたのは、「お茶の間」と書かれた部屋だった。お茶の間て。

でも中に入ると、想像してたよりも広くてびっくりする。あと完全に畳張りの和室だった。色々どうなってるんだろう?



「はい、これが鍵なのだ。出かけるときはカウンターに返すのだ」



「わかりましたー」



「それじゃあごゆっくり~なのだ!」



 茶々丸くんが部屋から出ていく。



「あ、そういえばここってペットOKだったりしないかな」



 ねこのすけも連れて来られるか、ちょっと聞いてみよう。



 ガチャッ



「茶々丸くーん、ここってペットおー……けー……?」



 ついさっき出ていったはずの茶々丸くんが見当たらない。見当たらないんだけど……



「……タヌキ?」



 部屋の前に、1匹のタヌキがいた。モフモフの黒いしっぽ、あったかそうだな。



「他のお客さんのペットかな?」



 じゃあねこのすけも連れてきて大丈夫か。



 ボンッ



「わっちの宿はペット禁止なのだ!」



「うわっ!!」



 目の前にいたタヌキが浴衣を着た黒髪の女の子になった……間違った、男の子になった。



「……茶々丸くん?」



「そうなのだ。わっちは……あ”」



 こ、これは一体……?

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