第58話 再会の少女と商会の噂



 ギイィ……



 この教会の大きな扉を開けるのも久しぶりだ。最初は重くて大変だったけど、今なら小指で開けられる。

あっ痛いヤバい小指折れる折れる! 無理だった。親指ならいけるかも。



「こんにちは~」



 冬の礼拝堂は、なんだかひんやりしている。さすがにロウソクの火だけじゃ大して温まらないみたいだ。



「……あ」



 礼拝堂の奥で一人、膝をついて祈りを捧げる少女がいた。



「お願い、神様……シュータが、無事で帰ってきますように……」



「おーい、シルクー」



「そう、こんな感じでいつも通り能天気な……シュータが、帰って……シュータ?」



「うん、ただいまー」



「……えっ!? シ、シュータ!? 本物!?」



「本物だよ」



 え、なに、人に化ける魔物でもいるの?



「今まで何してたのよ! こっちは、毎日、心配でぇ……!」



「ごめんごめん。ちょっとすぐに戻れなくてさ」



「だって、ドラゴンに襲われたって、ぐす、ずっと、帰って、こなくて……う、うわああああん!!」



「ちょっ! なんで泣くのさ! ちゃんと帰ってきたよ!!」



「ぐす、だ、だってぇえ……!! うわあああああん!!」



 ……。



 …………。



「女を泣かす男は、最低だ……」



 前世にいたとき、仲良くしていたホームレスのおっちゃんにそんなことを言われたことがある。

たしかになんか、変な罪悪感がある。俺が悪いのか? うーん、わからない……。

おっちゃんはパチンコ屋に入り浸ってお給料が無くなって奥さんに出ていかれたらしい。それは多分おっちゃんが悪い。



「……別に、泣いてないし。目に砂が入っただけだし」



「はいはい」



「間違った、目にメテオストライクが落ちてきただけ」



「それはもう涙どころじゃないよ」



 確かSランクの土魔法だった気がする。多分この教会ごと消滅するよ。



 シルクをなだめて、今までにあったことを説明する。もちろん竜人族のことは伏せたけど。



「魚が食べたいってところからそんなことになってるなんて……もうなんか、呆れちゃったわ」



「魚食べると頭が良くなるんだよ」



「なんでよ。魚って人より頭良いの?」



「いやそんな、頭良いやつを食べたら自分も頭良くなるみたいな話じゃなくて」



 なんだっけ、どこだかへきさ……どこだよへきしん……



「うーん、あまり関係ないかもしれない」



 俺の頭が悪いのは、前世で栄養不足だったからだな、うん。そういうことにしておこう。給食以外は菓子パンとカップ麺ばっかりだったし。

じゃなきゃ公園に落ちてた毒入りパン食べて死ぬこともなかったし……でも、そのおかげで異世界に来て、今は幸せだからまあいいや。



「もう、なんなのよ」



「シルクと出会えて俺は幸せだよ」



「なっ! なによ急に……!」



 さっきまで泣いてたのに今度は赤くなってる。どうしたんだろ、風邪かな。



「あとねこのすけや、きゅーたろうに会えたのも幸せ」



「……は?」



「この街に来れて、優しいみんなと出会えてよかったなーって話。……どうしたの?」



「なんでもないわよ!」



 うーん、やっぱ女子って分からないや。



 __ __



「ねこのすけ、ただいまー」



 教会を後にして、久々の我が家、というかアジトに帰ってきた。うん、まだ崩れずに残ってたみたいだ。まあ元から崩れてるんだけど。



「にゃあ」



「おや、シュータか」



「あれ、リッツさん」



 中を覗くと、ねこのすけと一緒にリッツさんがいた。



「なんじゃ、生きとったのか」



「元気いっぱいだよ。リッツさんはここでなにしてるの?」



「お前さんが帰って来なくなったからの。たまに世話をしとったんじゃ」



 まあ、野良のコイツに世話なんて必要ないかもしれんがの、とリッツさんは笑う。



「にゃっふ」



 ねこのすけが足元をスリスリしてくる。



「ずっと帰りを待ってたんじゃろうな」



「そっか。遅くなってごめんな、ねこのすけ」



「にゃ」



「あ、そうだ! ねこのすけにお土産があるんだよ」



 俺は売らないで少し残しておいた魚を取り出して、ねこのすけにあげた。



「にゃっ!? ハグハグハグ!!」



「ほっほっほ。すごい勢いで食い始めたわい」



 リッツさんにも軽く、今まであったことを説明した。さすがのリッツさんも、ドラゴンと生活してた話をしたら驚いていた。



「俺が居なかった間に、街ではなんかあったりした?」



「ふむ……ああそうじゃ、前にワシの所に、日除けの香水が作れるかどうか聞きに来たことがあったじゃろ?」



「あーうん、行った気がする」



 俺がヴァンパイアの涙を求めて死霊の館に行く前、リッツさんなら材料があれば香水が作れるかも? と思って聞きに行った気がする。



「ごめん、リッツさんに言ってなかったんだけど、あれならどうにかなったよ」



「なんじゃそうだったか、それは良かったわい。実はな、あの日除けの香水を販売していた、ベネディクト商会という店があるんじゃが」



「あ、あーはいはいベネディクト商会ね……なんとなく聞いたことがあるかも……」



 ついでに戦ったこともあるかも……



「そ、その店がどうかしたの?」



「あそこは日除けの香水を唯一扱っていた商会だったんじゃが、在庫が売り切れた後は、販売を終了したらしい」



「そうなんだ」



 まあ、香水を作ってる人……というかヴァンパイアを怒らせちゃったからね。もう入荷することはないだろう。



「しかもじゃ、そこのオーナーのエッグ・ベネディクトという、まあなかなかに悪名高い男なんじゃが、そやつと、商会が護衛に雇っていた魔物使いが、国外追放になったそうじゃ」



「えっ!? 追放!? な、なんでそんなことに?」



「なんでも、唐突にヴァンパイアを神と崇めはじめて、それを店の従業員や客にも強要したらしい。それで教会連中から異端者扱いされ、国に害を為すとして追い出されたのじゃ」



「へ、へー……それは、すごいね」



 ……キャンディ、知らない所で神様になっちゃってるみたいだよ。

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