第55話 冬の足音
雷鳴渓谷で暮らし始めてしばらく経った。
俺は相変わらず、ドラゴンに雷魔法マッサージをしたり、さっちゃんと遊んだり、フロランタと訓練をして過ごしていた。
ヒュ~ッ……
「うわっさみ~! もう冬だな~」
「ぎゃお?」
「さっちゃんは全然平気そうだね」
冬季に入り、これから本格的に寒くなっていくのだろう。
特にこの辺りは人里離れた山の奥。王都の冬より厳しそうだ。
「わっ雪まで降ってきた。河川敷のテントのおっちゃん、元気にしてるかな」
まあ、前世の世界の事を心配しても仕方ないんだけどね。
バサッバサッ。
「シュータ」
「フロランタ、おかえり~」
「今日のメシを持ってきたぞ」
「おっ待ってました! 今日のごはんは何かな~」
フロランタの料理はとても美味しい。あとデザートに毎日1個、デビルズフードのタマゴ? をくれる。
おかげで魔法の威力がかなり増加した。
「それと、急ですまないが、これからシュータを王都に帰すことになった」
「これから? 随分急だね。もう暗くなってくる時間だけど」
「明後日、この辺りに吹雪が来ると、族長から連絡があった」
族長っていうのは、フロランタ達、氷結竜の民が住む集落の代表者だ。
フロランタはブリザード・ドラゴンの血を引く竜人族。冬の天気には敏感なのかもしれない。
「吹雪か。それは急がないといけないね」
春になるまで王都に帰れなくなってしまうかもしれない。
「ボクがシュータを抱えて、人間族に見つからないよう、王都の近くまで飛んでいく。ザルティス湖の手前辺りまでだが」
「なるほど、それで夜に出発か」
竜人族が王都の人に見つかったら騒ぎになっちゃうからな。
「さっちゃん、俺、そろそろ自分の家に帰らなくちゃ」
「ぎゃ?」
さっちゃんもだいぶここのドラゴン達に慣れてきた。
最初は俺があげたサンダーボールしか食べてくれなかったが、今では母ドラゴンから貰った雷を食べている。
「ここはドラゴンの住処。王都の冬よりも寒くなる。人には厳しい環境だ」
竜人族のフロランタならまだしも、俺はただの人間の子供。多分スキルのお陰で凍死はしないと思うけど、これからの季節、ここで過ごすのはさすがに大変だ。
「ギャオオウ」
「今までとても助かった。シュータは子供の命の恩人だ、と母ドラゴンが言っている」
「俺も楽しかったよ」
ドラゴン達に乗せてもらって、渓谷の周りを飛んだり、協力して魔物を狩ったりもした。
前世で生活してたら絶対経験できないだろうな。いや、この世界でも珍しいか。
「メシを食ったら、出発しよう」
「なんか今日の料理は豪華だね」
「最後の晩餐だからな」
いや別に俺、死ぬわけじゃないけど……。
……。
…………。
「ごちそうさまでした!」
今日のごはんも美味しかった。フロランタは本当に料理が上手だ。
「これでもう、フロランタのごはんが食べられなくなるのは残念だ」
「……冬が終わったら、また食べに来い」
「うん!」
ここは王都からかなり離れているから自力で来るのは大変そうだ。でも、時間がかかってもまた来たいと思った。
「シュータ、これをオマエにやる」
フロランタがくれたのは、青みがかかった謎の布袋。
「氷結竜の民が作る、特別な革袋だ。中に入れた物を凍らせることができる」
「うわー! ありがとう!」
冷凍庫の袋バージョンって感じかな? これなら食材も腐らずに運べそうだ。
「それじゃあ、出発するか」
「うん」
フロランタに後ろから抱えられて、雷鳴渓谷を飛び立つ。……やっぱりちょっと恥ずかしい。
「ぎゃお!」
別れの気配を感じたのか、さっちゃんが付いてくるが、さっちゃんの飛行能力ではまだ高く飛べないので、段々離されていく。
「さっちゃーん! いっぱい食べて、元気に育ってね!」
「ぎゃおおお!!」
「俺を乗せられるくらい大きくなったら、一緒に冒険しようね!」
「ぎゃおー!!!!」
「ばいばーい! またねー!!」
異世界、11才の冬。こうして、俺とドラゴン達の不思議な共同生活は終わりを告げたのだった。
お互いもっと立派に成長したら、また会おうね。
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