第50話 魔王は勇者とすれ違う


穏やかな木漏れ日に目を細める。

気付けば木に身体を預けて眠ってしまっていたようだった。

俺は自分の太ももの上に頭を乗せて眠っている最愛の少女の髪をかき上げる。

今日は良く晴れたな、外に出て正解だった。

少女の頭を撫でながら、俺は安息を感じている。

満ち足りているのだ、この世界でこの少女に出会えたからこそ。

まるで赤子をあやすかのように少女の頭を撫でながら、俺はそんな事を考えていた。

でも、何だろうな。

長い夢を見ていたような気がする。

それが良い夢だったのか悪い夢だったのかもう覚えていないが、思い出そうとすると何となくざわつくような気分になってくるのは何故だろうか。

まあいい、今こうしていられる事こそが俺の本当の望みなのだからな。

やがてゆっくりと少女が目を覚ます。


「……あれ?わたし、寝ちゃってた。ごめんね、アレス」


「いや、構わん。眠たければもうひと眠りするといい」


腕を伸ばして大きく伸びをする少女に、俺は微笑ましさを感じていた。

今日は朝早くから出掛けているのだから、まだ眠たいだろうに。

けれど少女は頑張って起きる事にしたようだ。


「ふわ~あ。だって、せっかくのアレスとのお出かけだもん。ねえ、次はどこへ行くの?」


「ふむ、そうだな。ゲンゾウにでも乗って天空の城でも探しに行くか?」


「わあ!楽しそうだね!行きたい!」


そうと決まれば早速俺たちは魔国へと帰るのであった——。




月日が流れるのは早いもので、気付けば少女はもう立派な大人になっていた。

とても繊細でいて穏やかな女性、加えて周りの目を引くのは頷けるような容姿である。

だがそれでも彼女は常に俺のそばにいてくれており、このまま生涯を共にするのだろうと信じてやまなかった。


「ふふ、アレス?私たち、きっと結ばれる為に生まれて来たのね。きっと前世から、ずっと」


「突然何だ?だがまあ、そうなのかもしれんな。お前と出会った時も、初めてではない気がしたものだ」


「私はまだ幼かったからよくは覚えていないけれど、それでもこうして一緒にいられる。不思議ね、あなたは魔王で私は人間なのに」


「種族など関係ない。俺とお前はそういう繋がりであろう?」


魔国で共に暮らす日々が、ただただ愛おしい。

きっとこれが本来の在るべき形なのだろう、俺は心からそう思っていた。


けれど別れは唐突に起きる。

彼女は勇者の称号を賜り、やがて人類の為に身を尽くしていった。

俺はそんなもの断ればいいと言ったのだが、彼女は誰かの為の救いになるのであればと聞いてはくれなかった。

自分だけが幸せで満たされている事に後ろめたさでも感じたか、己を一番に優先してこその自分の命であろうにと俺は考えるのだがな。


そうして俺は魔国、彼女は人間国で日々を過ごす。

やがて訪れるのは、人類対魔族による最終決戦。

俺はこれまで人間国とも良好な関係を築いていたというのに、人間側はどうしても俺たち魔族を気に入らない様だった。

魔国へと侵攻してくる人類に対し、当然魔族も黙ってはいられなくなる。

そうして互いに滅ぼし合うようにして戦いの限りを尽くす。

終わりは呆気なかった、俺が勇者を討った事で幕は閉じた。

俺は直ぐに気づく。

彼女はわざと俺に敗北したのだと。

最愛の彼女の亡骸を抱きかかえながら、俺は自分が何をしてしまったのか、深く深く悔いた。

狂おしい程に愛していた彼女は、もう何も答えてはくれない。

俺は神に祈った。

どうかやり直させてくれと。

こんなもの、望んじゃいない。

こんな、現実など——。







『——おー!魔王様が起きただべ!』


「……ん、ここは」


目を開けると、目の前には人体模型の顔面がドアップであった。

見渡すとどうやらここは病院の一室であるようだ。

まだ覚束ない頭で俺は視線を彷徨わせる。


「あ!良かった~……。魔王様、無事だよ~!」


「大丈夫か如月?お前、呼吸困難になってたんだぞ。苦しくないか?」


エウロラに金髪が俺に声を掛けてきている。

それを呆けたまま聞いていた俺は、段々と状況を理解していく。


「……華恋は、無事か?」


「心配ありませんよシックザールさん。カレン様なら先に起きて、今屋上に風に当りに行ってます」


「……そうか」


転校生の返事に、俺は全身の力が抜けていくようだった。

でも何だろうな、何か酷い夢を見ていた気がする。

懇願するような、それでいて悲哀に満ちたような感覚が未だ胸に残っていた。

一先ず安心した俺は、これまでの経緯を振り返る。

華恋が勇者だと知った事、そのまま学校で火事に巻き込まれた事、そして明確な殺意を持った敵を逃がしてしまった事。

だがあの業火の中で、何故助かる事が出来たのか。

不思議に思った俺は近くに立っていたジルコスタに問い掛ける。


「それでしたら魔王様、私よりもヨハン様が答えられるべきかと」


『ふむ。端的に言うと、スプリンクラーは作動したんだ。事前に点検作業の事を知り、もし万が一敵がこの機に乗じて仕掛けてくるのであれば、4階のフロアを使うだろうとボクは考えた。何故なら窓からの脱出が不可能な上に、最も雷を当てやすい最上階であるからだ。そこでジルコスタに頼んで当初の予定を逆にしてもらい、作業を4階から進めてもらう事にしたんだよ』


なるほどな、つまりあの時点で4階の点検は既に終わっていたという事だ。

流石は魔王である俺の盟友、機転の利き方や危機感に対しての嗅覚が異常なくらい良い。

異常を通り越して超越しているな、犬の姿がまた追加点を余儀なくさせる。

何だ貴様は、俺のポイントをそんなに稼いでどうするつもりだ?実は密かに魔王の座を狙っているのか?

だがやらん。

助けてもらった事には感謝するべきだが、魔王だけは絶対にやらんぞヨハンよ。


『君は相変わらず面白いね、アレス。全て顔に出ているよ。顔認証システムも読み込んだらビックリする事だろうね』


「システムなどに掌握されるような魔王ではないぞ、ヨハンよ。だがまあ、貴様には借りが出来たな。今度ドッグフードでも買って行こう」


『前にも言ったがボクはドッグフードが大嫌いだ。だから遠慮しておくよ』


そうして俺たちは笑みを浮かべ合う。

俺は本当に良い友を持ったな。

ヨハンだけではない、ここにいる全員が最早、俺にとってはかけがえのない友だ。

皆を見渡して俺は全員が無事に乗り切った事を嬉しく思う。


「ふっ、仕方がないな。もう貴様らは立派な俺の配下だ、この先誰が欠ける事も許さん。……さて、俺はもう一人いるかけがえのない人物を呼びにでも行くか」


そう言ってベッドから立ち上がった俺に、転校生がおずおずと言ってくる。


「あの、シックザールさん……。実はですね——」




病院の屋上はやたらと風が吹いている。

いつの間にか暗雲とした空模様には日差しが差し込んでいた。

俺はフェンスの前で街並みを一望していた華恋の元に寄る。


「あら、如月君。もう大丈夫なのかしら?」


強風から髪を抑えている華恋は病衣を身に纏っており、ただならぬ者のナイフによって多少の切り傷が至る所にあったらしく、あちこちに包帯が巻かれていた。

ヤンデレ少女か貴様は。

俺は辺り障りのない話題を持ち掛ける。


「今回は、その、何だ。済まなかったな。貴様を守り切れなかったのは俺の責任だ」


「そんな風に言わないで、仕方のなかった事よ。あれだけの火事になってしまったのだから」


共に街並みを見下ろしたまま俺たちは語り合う。

この穏やかな空間に、俺は安息を覚えていた。


「だが貴様はあれだな、もう少し危機感を持って行動するべきだ。助けが欲しいなら直ぐに俺を呼べ」


「ふふっ、面白い事を言うのね。あなたを呼ぶ前に、消防車を呼ぶべきではないかしら?」


「確かにな。だが俺にも魔術がある。どうにでもする事は出来たのだ」


「魔術?魔術って、何かしら?」


俺は華恋に向き直り、ストレートな問い掛けをする。


「華恋。貴様は俺を、愛しているか?」


すると驚いたような表情をする華恋は、戸惑いを見せながらも答えて来る。


「……えっと、仲間としては好きよ?けれど私にはまだ、異性を好きになる事がよく分からないの。ごめんなさいね」


「……ふむ、なるほどな」


俺は続けて質問をする。


「では俺の真の名前を憶えているか?」


「名前?如月舞人君よね?ふふ、今日はどうしたのかしら。おかしな事を聞いてくるのね」


つまりは、そういう事だ。

華恋は前世の記憶を失ってしまっていた。

転校生伝いで聞いた医者の話によると、一酸化炭素中毒による酸欠状態から少なからず脳にダメージが行ってしまったとかどうとか。

それは一時的なものかもしれないし、この先もう二度と戻らないかもしれない。

だが俺はこの現状において、大した悲観はしていない。

前世の記憶などなくても、また俺に惚れさせればいいだけの事だ。

もう俺はカレンを手放すつもりなど毛頭ない、諦めるなどの発想すら浮かばん。

今世でこそ悲願を実現させてこそだと考える。

俺はその為に、魔王の記憶を持って生まれたのだからな。


「華恋、貴様はこれから大変だな」


「えっと、何の事かしら?」


俺は臆面も見せずにこう言い放つ。


「これからずっと、貴様は俺の寵愛を受け続けるのだ。精々、——覚悟しておくことだ」


「……。」


黙り込む華恋のおでこに、俺はキスをした。

今はこれだけでいい、というかこれ以上やったらわいせつ罪で捕まってしまうからな。

そうして俺は屋上の入口へと歩き出す。

振り返り、未だ呆けたままの華恋を呼ぶ。


「何をしている。行くぞ」


「……はい」


これから先もきっと困難が待ち受けているのだろう。

だが俺にはこれだけの有能な配下に加え、最愛の彼女がいる。

それだけで十分すぎるほどの乗り越えられる要素であり。

同時にこの俺が絶対に守り抜いて見せるのだと、自らの決意を改めた。

もう二度と、何も奪わせはしない。

それが俺の今世での使命であるのだと、強く思うのであった——。

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《逆》異世界転生しても魔王は勇者とすれ違う 宵空希 @killerrabit0904

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