第49話 最後の告白


燃え盛る室内に、最早逃げ場はなかった。

たまたま偶然が重なったのか、たまたま置いてあった薬品に火が着いてこの有様だ。

俺は華恋だけでも逃がそうと試みるもこの科学室は4階、窓からの飛び降りは不可能。

逆側の扉は既に炎に包まれており、これを突破するには水なり何かしらの対策が必要不可欠。

魔術を使えば突破は簡単なのだが、ここに来て久方ぶりに行使した反動が来てしまっていた。

生命力が切れたのではなく、もう使用が出来ないのだ。

そんな絶望的な状況の中で、華恋が目を覚ます。


「……如月、君……」


「華恋!しっかりしろ!どうせその内スプリンクラーが作動する!それまでに一酸化炭素さえ防げれば——」


言い掛けていた俺に華恋は首を横に振る。

何を言いたいのか分からない俺は言葉を待った。


「……スプリンクラーは今日一日、点検中よ。生徒会会議の時に、そう言ったでしょう……?」


何故よりにもよってこのタイミングで?と思った俺はすぐに気づく。

ただならぬ者はここまで想定していたのだ。

点検の期日を知り、使用停止にしたその上で室内に火をつける事まで計算に入れて。

だとすればあの雷もまた計画の範疇、というのか。

まさかのメリッサまでもが俺を裏切った証明であろうな。


「くっ!奴ら、ここまでするとは!」


「……ごめんなさいね。私のせいで、あなたを巻き込む形になってしまって……」


「俺の事はいい。だがせめて貴様だけでも」


俺は脱出不可能な室内をもう一度見回す。

何か、何か方法はないかと。

けれどどうしたところで何も見つけられないし、炎の勢いは増すばかりであった。

華恋を守れない事が悔やまれる。

何故こんなにも彼女に執着しているのか、自分でも分からない何かが突き動かす。

けれど次に放った華恋の言葉で、俺は全てを理解する。


「……魔王アレス・シックザール」


「何故、貴様がその名を……?」


「私は、カレン・ローライト。——勇者です」


そうか、やはりそういう事だったのか。

俺が何故、彼女にばかり気が行ってしまうのか。

何故、彼女をこんなにも守りたかったのか。

謎が解けてしまえばなんてことはない、いや謎ですらなかった。

ゼロの言う事も正しかったという事か。

俺が最初に出会って直ぐに切り捨てた直感こそが、真実であったのだ。


「……あなたは、私をずっと守ってくれていたのね。前世から、ずっと。……ごめんなさい。許して欲しいとは思わない。でも、最期に私に気付いて欲しかった……」


「何故、今まで黙っていた?」


ゴウゴウと燃え盛る炎の中で、俺は自然とそう口にしていた。

それに対して華恋は、大粒の涙を流し始める。

顔をクシャクシャにして、いつもの穏やかさを取り払ったように目一杯声を張り上げた。


「……あなたにっ、嫌われたくなかった!私は前世であなたを殺したっ!!……憎まれても仕方ないのに……。嫌われるのが怖かった……あなたのそばに、いたかった……」


華恋の告白を聞いた俺の心には、燃え滾るような熱い感情が迸っていた。

俺はそのまま勢いに任せて華恋を強く抱きしめた。

その震わせる身体を落ち着かせるようにして、ゆっくりと語り掛ける。


「……嫌いになどならん。俺は前世からずっと、お前だけを見て来たのだぞ。……お前が怖れるものなら、俺がいくらでも裏で手を汚そう。お前が幸せになれるのなら、俺はいつでも表舞台から姿を消そう。そうずっと思ってきた俺が、今更お前を嫌いになる訳がない」


「……アレス……」


柔らかい、ウェーブ掛かった長い髪が。

線の細い華奢な身体が。

流す涙ですら、愛おしいと。

俺はようやく、前世からずっと伝えたかった事を彼女に告げる。


「前世でも、そして今世でも俺はお前を心から欲していた。お前をずっと、こうして抱きしめたかった。合宿でお前と2人部屋になった時も、本当は自分を抑えるので精一杯だったのだぞ。……だがまさか、最後の最後になってようやく叶うとはな。お前が勇者と同一人物と知った途端にこの様だ。まったく、運命とは酷なものだな」


「……本当にね……」


炎が間近に迫り、いよいよ終わりが近い事を互いに悟る。

俺たちは顔を見合わせるようにして笑い合う。


「生まれ変わってもまた、あなたは魔王なのかしらね?」


「さあな、そればかりはなってみないと分からんな」


炎の熱を感じながらも、けれどそれ以上に。

互いの鼓動、互いの感覚が気持ちをこれ以上ない程に高めた。

強く強くと、俺たちは再び抱きしめ合う。


「私たち、来世でもまたすれ違うのかしら?そうしたらまた、あなたは私を見つけてくれる?」


「例え何千何万すれ違おうと、必ずお前を見つけに行く。……お前を、愛しているからな」


「……ああ……私も。愛しているわ、魔王アレス……——」


そうして俺たちの身体は、業火に包まれていった。


きっと2人はまた来世でも出会えるのだろう。

そんな確信が2人にはハッキリとあった。

されど逆異世界転生をしても魔王は勇者とすれ違うのだ、次もまた同じ事になるかもしれない。

それでもまた、必ず惹かれ合う。

すれ違いの先には確かな希望があって、それを信じるに足る絆がある事を証明できた今ならば。

素直にそう、思えるのだ——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る