第48話 魔王の戯れ


うむ、久しいな。

満を持しての主人公の登場だ、皆喜べ。

俺は校舎内において急ぎ華恋を探しているところだ。

まったく、アイツは何処に行ったのだ。

ゼロの警告を鵜呑みにしている俺も俺だが、探す側の事も考えてもらいたいものだな。

よし、今度怒って出て行くときは先に行き先を聞いておく事にしよう。

そう思いながら俺は4階へと続く階段を駆け上がる。

虱潰しに探していたので少し、いや大分時間が掛かったが、これで最後のフロアだ。

ここで見つけられなければもう帰ったか女子トイレに逃げ込んでいるしかないであろうな。

やがて辿り着いた科学室前の廊下で、俺は床に転がっているガルドールが目に入った。


「何を呑気に寝ている、ゴリアテよ。貴様は睡眠など必要なかろう」


『……。』


投げ掛けた言葉に返答はなく、本気で寝ているのかと疑う程に微塵の動きも見えない俺は、科学室の奥で更に目を疑う光景を目の当たりにする。


「ふはは!遅かったな、魔王アレス」


「……貴様は、ただならぬ者。どういう事か説明してもらおうか」


目撃したのは、ただならぬ者が気を失っている華恋の衣服をナイフで切り裂いている場面であった。

コイツ、正気か?小胸派にしてもやり過ぎであろう。

下着が露になった状態の華恋をどうするつもりだったのか、俺の脳内では理解していく程に何かが沸々と湧き上がるような感覚になってくる。


「お前にはカレン様は高根の花だ、汚らわしい魔族の王!そこで指を銜えて見ていろ」


そう言って今度は華恋の下着に切り込みを入れた。

それを見た俺は自分でも不思議なくらい身体が動いており、ただならぬ者へと向けて持っていた木刀を振り上げる。


「あはは!来ると思ってたよ!空間系干渉魔術『インビジブル・マテリアル』!!」


魔術を行使したただならぬ者は透明化し、姿を消した。

なるほど、これなら俺の天才級の剣術からも逃れられるという寸法か。


『あはは!死ね、魔王アレス!』


「……ふっ、甘いな」


「なにっ!?」


俺は目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、ただならぬ者が来るであろう方向を読み取った。

そこへ空かさず木刀を振るい、そのナイフを見事手元から弾き飛ばした。


『何故だ!?私の姿が見えているとでも!?』


「見えぬが、そんなものは些末な事だ。貴様の荒く品のない息遣いだけでも、見える事と大した差異はない」


『馬鹿な、たったそれだけで!?』


俺はこの勝機を逃しはせずにただならぬ者へと一振り木刀を叩き入れる。

が、その寸前で回避され、次に行使した魔術によって俺の有利が一気に覆されてしまう。


『ふはは!お前も闇に落ちろ!上位型感覚系侵食魔術『カタストロフ・ダークネス』!!』


俺の五感だけが闇へと誘われ、実質亜空間に囚われるのであった——。




ふむ、まさかあんな隠し玉を持っていたとはな。

雑魚とばかり思っていた為に油断してしまった。

今俺の目の前に広がるのは真っ暗な闇だけだ。

実際は何も見えていない上に何も聞こえない、何も感じない事になっているだけなのだが。

けれどまたそれも厄介な訳であり、今ナイフで刺されれば致命傷は避けられない。

非常に無防備な状態であり、だから非常に不味い事態なのだ、この緊迫感が上手く伝われば良いが。

ううむ、どう表現したら良いのであろうな。

例えばラリオカートでスターを取り損ねて代わりに拾った後ろの奴に吹っ飛ばされた様な屈辱感。

或いはもう少しの所でフルコン出来たのにお兄ちゃんが話し掛けて来たが故の逃した時の悲壮感。

ほう、我ながら良い例えをするではないか。

まあとにかく俺は一刻も早くここから脱出せねばならん訳だが。

こんな時に魔術さえ使えれば、いともたやすいのだがな。

……ん?何だ、この光は。

真っ暗闇の筈の世界で、俺の内側から強い光を感じる。

正確には背中側だ。

そう、先程ゼロに送り出された時に押された背中部分が熱を帯びている。

奴め、俺の身体に勝手に何かしたな、よし後で文句を言ってやろう。

だがまあ、先ずはここから出る事が先決だな。

俺は上位魔術に対抗する為に、“最上位魔術”を行使する。


「最上位型空間系干渉魔術『ブラック・パラドックス・フィールド』!」


粉々に砕けていく闇の世界の中に、多方向から光が差し込んで来た——。




無事に脱出した俺はただならぬ者との再会を果たす。

別に会いたかった訳ではない、いや殴る為は会いたかったに値するのだろうか。

そんな事を考えていた俺にただならぬ者は驚愕の表情を見せる。


「ば、馬鹿なっ!?あれを打ち破っただと!?そんな事起こり得る訳が……!」


「ふっ、つまらぬ魔術であった。俺を誰だと思っている?魔術で勝負を挑もうなど片腹痛いわ。少し戯れてやろう」


俺はただならぬ者へと右手の人差し指を突き出し、こう言ってやる。


「いいか、良く脳内に刻んでおけ。俺は世界最強の、——魔王だ」


見えない魔力がただならぬ者を打ち抜く。

これが俺の真骨頂、無詠唱魔術である。

高度なものであれば唱えなければ難しい所はあるが、下級の魔術であるならば俺は口に出すプロセスを必要としない。

ただならぬ者は右肩を打ち抜かれ、次に左肩を打ち抜かれた。

そのまま続けて両足に鎖を繋ぎ、最後には二体の魔獣ガーゴイルを召喚した。

両側のガーゴイルにより片腕ずつを持ち上げられて宙づり状態となったただならぬ者は、今更ながらに泣きながら命乞いをしてくる。


「やめ、やめてくれっ!!もうカレン様に手出しもしない!!頼む、見逃してくれっ!!そうだ金、金ならいくらでも用意する!!いくらだ!?」


何ともつまらぬ幕切れであったな。

こんなつまらぬ者に好きにされおって、貴様は無防備が過ぎるのだ。

他人を気軽に信じるな、関わるなら裏切られる事を前提として関われ。

などと思った所で届きはせんのだろうな。

華恋は何処か安心しきった様な表情で眠っている。

まったく貴様、本当は起きているのではないのだろうな?

俺が駆け付けなかったらどうしていたのだ、ゼロが俺に魔術の発端を与えなかったら。

……だがまあ、いいか。

俺は華恋の方へと歩みを進めた。


しかしここで思わぬ事態が起きてしまう。

窓の外からこの科学室へと向かって、一直線に雷が落ちて来たのだ。

ズドオォォン!!!と響く室内。

最悪な事にそれによってカーテンが着火され、窓際は一気に燃え広がった。

その一瞬の隙を待っていたのだろう、ただならぬ者はすぐさま逃げ出し、わざわざ丁寧に扉を閉めて鍵まで掛けて行った。

ここまでの流れで流石の俺も理解する。

これは用意周到な、計画的犯行だったのだと——。

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