第47話 暗躍する第二の書


——基本的に私の仕事は魔王様の世話係とメイドたちの育成、加えて隠密行動による情報収集である。

炎の魔術を司るグリモア教典第五の書という立場にはあったが、元々は戦闘特化ではないのが私ジルコスタ・ヴォルカニアだ。

今世では魔王様に正体を明かさずに無能眼鏡教師、って誰?無能なんて酷い事を言ったのは。

……失礼、高校の一教師として身を隠していたのには理由があった。


まず1つに魔王様が再び陥れられる可能性があった事。

前世でも最終決戦が行われてしまったように、魔族を根絶やしにしようと企む存在を知っていた事が理由に当る。

それは今世でもされる可能性を否定しきれなかった為に私は色々と探りながら生活をしていた。

だがヨハン様には正体を気づかれてしまい、結局は共に連携をしていったのだが。

ヨハン様の叡智は前世でも群を抜いていた。

例え矮小な犬如きに成り下がろうとも、首輪を必要とせずに通学が出来る時点でその叡智は健在なのが受け取れるだろう。

マルチーズはカワイイ、確かにカワイイ。

でも中身は女誑しのキザ野郎だ、決して心を許してはいけない、これは今までの鬱憤が溜まってるから言っているのではない。

……失礼、とにかく私は現状把握を務めるよう最善を尽くしていた。


そんな中で突如響いてきた落雷による大音響。

落ちたのは体育館だ、火が見え始めているのでそれは一目瞭然だった。

私は慌ててその方向へと向かっている。

廊下を走るなと言っている私の業務は、今は捨て去る事にしよう。

最悪人命に関わる一大事において、そんな悠長な考えなどしていられる訳もないのだが。

やがて見えて来た体育館の外観、だがその手前の渡り廊下で私は良からぬ遭遇を果たしてしまう。


「——あら、ジルじゃない。お久しぶりね、元気だった?」


「……貴様は」


セミロングの髪は金髪で、左右非対称の赤と青のオッドアイ。

黒のカジュアルスーツを着用している事から、今世ではOLでもやっているのだろうか。

けれど今はそんな事を考えている余裕はない。

体育館に雷を落としたのは間違いなく、この人物だからだ。


「『グリモア教典』第二の書、雷の魔術を司る『魔女』メリッサ・フォートライド!やはりあなたの仕業でしたか」


愉悦の様な微笑みを浮かべて、彼女はこちらを観察してきている。

視線がものを言うように、私の現在の実力を測っているのであろう事が伺えた。

生憎今の私は魔術の使い方を知らない、だから戦闘になればこちらに勝機はない。

それどころかメリッサの実力は魔王様のお墨付きだった。

ヨハン様がもしも時の魔術の使い手ではなく通常の自然系統の魔術師であったならば、恐らくはこのメリッサがグリモアの筆頭になっていた事だろう。

前世での魔力量は魔王様に次いでの実力者であった。

残念ながら私では太刀打ちできない壁があるのだ。


「なあに、ジル。わたくしは別にあなた達を取って食おうなんて思ってないのよ?わたくしだって魔王様に忠誠を誓った身、それなりに弁えていてよ」


「何をほざいている!だったらどうして裏切った!貴様は機関の枢機卿に寝返ったではないか!」


私の感情は自分でも思っていた以上に激昂していた。

魔王様を裏切り機関に寝返り最悪な事態を引き起こしたこの女の何を信じられるというのか、私には到底思いつかない。

だが相変わらず落ち着いた素振りのメリッサが私に言ってくる。


「寝返った?わたくしは彼らを利用しているだけよ?利害の一致、と言った方が正しいわね」


「利害の一致だと?ならばやはり我々にとっては悪でしかない!貴様は魔王様からの恩恵を踏みにじったのだ!」


私は声を上げてそう言った。

そんな興奮状態の私に対してメリッサは、やれやれといった態度で答える。


「ジル、あなただって知っていたでしょ?あの時魔王様は人間との融和政策を執られた、たかが小娘1人の為に。孤高で絶対的なカリスマ性を持った、わたくしたちの魔王様は変わられてしまった。……あの忌まわしき勇者のせいで」


「……貴様はそんな事が理由で、魔王様をあのように死に追い込んだのかっ!」


「魔王様が勇者に負けるだなんて思ってなかったのよ。わたくしはただ勇者に決別するきっかけを作ってあげたかっただけ、元の魔王様に戻って頂く為にね」


くだらない、なんて図々しい考え方だろうか。

結局は己の理想を魔王様に押し付けているだけのエゴイスト。

激昂していた気持ちはここに来て段々と落ち着きを取り戻していく。

酷く稚拙な相手の思想が、一周回って私に冷静さをもたらした。

だから私は気付けたのだろう。

メリッサの今世での狙いが。


「……そういう事か。貴様は魔王様を孤立させて、自分だけが寵愛を受けられるように仕向けているのですね。その為に最も邪魔な存在の勇者、柊華恋を亡き者にしようとしている。田中君も山田君も、その為に利用したのですか」


「ふふ、そうよ。アダラパッパ・ラブゥはとても扱いやすかった。あれは自己肯定感でしか生きていけない気の毒な人間の象徴。前世でも法皇が老体なのを良い事に機関や人間国すらも利用してそれを満たしていた。わたくしにとっては好都合だったけどね。そして人類解放神軍ナンバー3の身でありながらも女子供を殺める事がやめられない不憫な男、クロード・ギネビス。特に勇者に対しての執着が異常だったから、少し入れ知恵をしたら簡単に動いてくれたわ」


よくもまあ聞いていない事までペラペラと語ってくれる。

だがそれは現状を覆す事は出来ないという絶対的な自信の裏付けでもあった。

けれど私がこの場を生き抜いた場合、その事実は魔王様の耳に届く事を承知の上で喋っている筈なのだ。

つまり最初から私を殺す気でいたという事か。


「……簡単にいくとは思わない事ですね。私だって伊達に暗部を任されていた訳ではありませんので」


するとメリッサは不思議そうな顔つきで私を見て来た。


「……ああ、そういう事。最初から言っているでしょ?わたくしはあなた達を取って食おうなんて思ってないって。魔王様に伝えるのは構わないわ。寧ろそうしてもらえた方がやりやすくなるもの」


「……?魔王様が知れば貴様を許す筈がない。何を狙っているのです?」


私の問い掛けには真意を見せず、代わりにメリッサは手のひらを高々と掲げて言った。


「わたくしはあなた達にとっての悪、今はそれでいいって事よ。さあジル、愛しの魔王様が大変な事になるわよ?——雷系統支配魔術『ライトニング・ボルト』」


ドオォォン!!!と再び鳴り響く轟音。

ここからでは見えづらく、私は急ぎ渡り廊下を出てグラウンドから校舎を見上げた。

推定するに、あの辺りは4階の科学室だろうか。

私の脳裏に嫌な想像が過る。


「くっ!これまでの貴様の行い、必ず報いさせるぞ!必ずだ!」


私はこれ以上ないスピードで、火の手の上がった4階を目指すのだった——。

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