第46話 ゼロの圧倒


——体育館でヨハンとステラが無の煉獄に囚われたそのすぐ後、アダラパッパ・ラブゥの次なる魔の手が2人に伸びる、その直前で。

アダラパッパ・ラブゥの魔術を打ち消す、更に強い魔術が何者かによって行使された——。


「——っ、あれ。禁忌の魔術が、解けた……?」


『ステラ、無事かい?』


「はい、ですが一体何が起きたのでしょうか」




——私は辺りを見渡す。

見つけたのは枢機卿であり、けれど先程までとは全く異なる驚きの顔を見せたまま硬直し、誰かを睨みつけていた。

私はその誰かが、純粋に綺麗だと思った。

薄水色のドレスに身を纏っているからだろうか、神秘的な美しさを感じる。

白色の髪に水色を足したふんわりロングがより一層の気品さと幻想感を醸し出す女性。

誰だか知らないが、どことなくシックザールさんにも似た高圧的な雰囲気を感じ、私はグリモワールに視線を向けた。


『ふむ。ボクは直に会った事はなかったが、そういう事で間違いないだろうね。でもこれで全ての糸は繋がった』


「……グリモワール、後で真相を教えてくださいね」


私はグリモワールの回答が気になったのだが、状況が状況である為に枢機卿を警戒して様子を見る事にする。

迂闊に動けずにいるのか、枢機卿もまたその誰かを警戒したまま立ち竦んでいた。

痺れを切らした枢機卿が声を上げる。


「……くっ、貴様が加担するのか!?同胞は見捨てられないが故か!?」


その言葉に対してのものなのか、女性は枢機卿に向けて返答する。


「ふふ、妾は前世でも隠居した身。騙し騙されるも致し方なし、若い者連中で盛り上がるとよかろう。だがそなたは別だ。のう、禁断の魔術で何世代も生き延びて来た寄生虫よ。もういい加減、退場するべきだと思わんか?」


「思わないね!僕こそが神に等しい存在だ!人間を愛で満たせるのは僕だけ!その対価を少し頂く事の何が悪い!?」


相変わらずの詭弁を語る枢機卿は、けれど態度そのものには最早微塵の余裕も感じられなかった。

女性はそれに追い打ちを掛ける。


「ふむ、なるほどのう。寄生虫らしい発想だ。では仕方がない、妾が少し殺虫剤を撒いてやろうぞ」


そう言って女性は右手を頭上に上げ、魔術を唱えた。


「上位型空間系干渉魔術『ゼロサム・グラヴィティ・エリア』!」


ドスン!!と大きな音と共に枢機卿がその場で倒れる。

上から見えない何かによって押し潰されているような、そんな状態が見受けられた。

体育館の床はその一部だけ円状の跡がつき、凹みがどんどん深くなっていく。

枢機卿は苦痛の表情のまま必死で耐えているようだ。


「ぐああああ!!き、貴様ぁーーー!!」


「寄生虫は殺処分が世の為だ、ゆっくり潰れるがよい」


そのまま女性の魔術は行使され続けて行った。

でも女性は本気で枢機卿を殺すつもりなのだろうか。

この世界においては殺人罪となってしまう、例え元の世界で散々酷い事をしていたとしても今世では通用しないのだから。

それに田中君は財閥の一人息子、余計にややこしくなるのは明白だろう。

私は止めに入るべきか悩んでいると私の考えを察したのか、女性はこちらへと向いて言ってくる。


「ん?ああ、安心しろ。本気で殺そうとしている訳ではない。妾が魔術に頼るのは、相手を殺さないように調整する為だ。勢い余ってうっかり殴ってしまっては、大抵の相手は死んでしまうからのう。妾のパンチは愛ゆえに、百トンのコンクリートよりも重いのだ」


何だ、そういう事だったのか。

あれ?いや、どういう事だ?魔術が寧ろハンデって、ステータスがもうバグってるとしか言いようがない。

コンクリートって愛で出来てるんだっけ?私がそんな事を考えているとグリモワールが女性に問い掛けた。


『田中君をどうするつもりだい?警察に引き渡した所で罪は立証できない。手立てはない筈だ』


「何だ子犬よ、そなたは切れ者だと聞いていたが大したことないのう。なに、簡単な事だ。記憶を抹消する魔術を使えばよい。さすればこの田中という少年はそのまま何事もなく生きて行けるであろう?」


つまり田中君の中から枢機卿だけを消してしまえばいいという事だ。

多少の記憶障害は生じるかもしれないが、確かにそれなら全てが丸く収まる。


『ふむ、考えも寄らなかったな。流石は始まりの魔王、敬意を表するよ。勿論、アレスの友としてもね』


「ほう、賢い事は確かなようだのう。アレスにもその知恵を分けてやって欲しいものだ」


『だからボクは彼と共にいるのさ。アレスに足りないものはボクが補う、昔からそういう間柄さ』


……何だか嫉妬してしまうのは私の気のせいだろうか。

これがどういった感情なのかはよく分かってないが、少なくともシックザールさんとグリモワールの間には割って入れないような確固たる信頼関係が構築されている訳であり。

色んな意味で新参者の私では中々入って行くのが難しいんだろうなあ、なんて風にも思ってしまう。


だから結果的には油断してしまっていたのだ。

女性の圧倒的な強さもあり、ここから状況が覆るなど予想も出来なかった。

この瞬間、苦痛に耐えながらも枢機卿は僅かな隙を伺っていた。


ドオォォン!!!と鳴り響く雷鳴。

落ちて来たのはこの体育館の真上のようだった。

今日は朝から曇天だった、だがこんなにも上手く行き過ぎた偶然など在り得ない。

誰かが意図的に、この体育館を狙って雷を落としたのだ。


「っ、グリモワール!今の雷で体育館が燃えています!」


一気に火事現場となりつつあるこの体育館で、私は声を上げてそう言った。

照明も全て落ち、一瞬視界が悪くなった事もあった。

その隙をついて枢機卿は姿を消していたのだった。


『ステラ、とにかく今はボクたちも避難しよう!ゼロ、君もだ!』


だが女性は何事もないかのように考える素振りを見せたまま動かずにいた。

女性は私達に言う。


「……ふむ、少々敵側を侮っていたようだ。妾の事は気にするな、そなたらは急ぎアレスの元へ行ってやってくれ」


『……分かった。行こう、ステラ』


「は、はい」


そうして私たち2人は何とか燃え盛る体育館から脱出したのであった。

そう言えば今日、カレン様が生徒会会議で報告していたっけな。

夏休み最終日に行われていたスプリンクラーの点検作業が、予定よりも一日延びてしまっていると——。

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