第45話 魔王化


——自分の中に眠るもう一人の自分は、完全に神山翔太ではない人格。

それはいつから存在していたのだろうか、恐らくは生まれた時から既に俺の中にいたのだ。

けれど自己主張の少なかったその人格が、今まで表に現れる事もなかったし俺も大して気にしていなかった。

というのは強がりだ、本当は自分が自分でなくなってしまうんじゃないかと目を向けるのが怖かった。

でももうなりふり構ってはいられない。

今はただ、萌音センパイを守れるだけの力が欲しい。


「——よう、小僧。俺と向き合う覚悟は出来たか?」


心の奥底から語り掛けて来るそいつはそう言った。

覚悟なんて必要ない、萌音センパイを救えない自分にもう生きる価値すら感じられないから。

だから俺は躊躇いもせずに答える。


「あんたが何者かなんてのもどうだっていい。ただ今は、アイツらをぶちのめせる力が必要なんだ」


俺の意思に呼応するかのようにして、そいつは俺の身体の占有率を調整し始めた。

そいつは俺に続けて言ってくる。


「いいだろう。小僧、お前の身体は俺が半分ほど支配する。だからお前は俺に導かれるように動けばいい、それだけだ。いいか小僧、俺は滅多に協力なんかしてやらん。今回はたまたま守る対象が被っただけの事」


俺の脳内に反響する形で最後の言葉が響く。


「俺はグランセル・バイオレンス。歴代の魔王の中でも一番、——バイオレンスな男だぜ」




俺の魂の半分が、魔王となった。

何だろう、力が漲って来る。

内からどんどん湧き上がって来るこれは何なのか、頭では理解できていないのに魂レベルでは手に取る様に分かるのが不思議だ。

この無限に湧き立つエネルギーを変換して、俺は魔術を行使する。


「おいおい翔太ぁ!この人数相手に勝負になると思ってんのかよ!?昔の好で見逃してやってもいいんだぜ?如月の居場所さえ教えてくれればよ~!」


進藤が何か抜かしているが、俺の知った事ではない。

アイツは女の子に手を出した。

それも俺の最愛の人に。

昔の友がそんな事をするような奴だった事にがっかりする。

と同時に情けなくもなるが、もうそんな生易しい感情ではいられない。

俺は進藤へと向けて右の手のひらを突き出す。


「……進藤、俺はお前を買い被ってたよ。そこまで腐っちまうような奴だったなんてな」


「はあ!?レイヴンクローを見捨てたテメーに言われたくねーよっ!」


そう言った進藤と他の奴らも合わせて俺に向かって来た。

武器に魔術を付与してあると言ったが大したような魔術でもないな、精々物質を強化する程度のものだ。

あれ、何でそんな事が分かるんだろ。

そんな事を冷静に考えながら、俺の手のひらからは熱い刃が出現する。

形状は剣であり、マグマの様な熱を帯びた剣だった。

俺はそれを片手で振り回し、進藤の持っていた金属バットを焼き切る。


「な、なんだよっ!それは!?」


「だから言っただろ?何人死んでも知らねーよって。お前らだけが魔術を使えるとでも思ってたか?なあ、進藤!」


俺は言いながら次々と奴らの武器を切り捨てていく。

ああは言ったが殺すのは流石に抵抗があるしな、まずは戦意喪失に追い込む事にしたのだった。


「て、テメーら!翔太を取り囲め!」


進藤の命令で俺を囲んで来るレイヴンクローの面々。

一斉に来られたらちょっと厄介かもな。

けれど脳は至ってシンプルに機能している、焦るような事もない。


こんなにクールでいられるのは何故なのだろうか。

胸の奥では煮えたぎるような怒りを感じているというのに。

だから俺は右手とは対照的な剣を左手から出現させる。


「やれ、テメーら!!」


「「オラァ!!」」


周囲からの同時攻撃を受ける俺は、同時に全ての武器を切り裂いた。

右手のマグマの剣に加えて、追加で出現させた左手に握る絶対零度の凍てつく剣によって。


「寄ってたかってかよ、進藤。レイヴンクローも地に落ちたもんだな。もうお前らには幅を利かせられるだけのブランドはねーぞ」


「くそっ!!マジかよ、翔太ぁーーー!!」


無鉄砲に突っ込んで来る進藤が拳を振り被る。

俺は右手にマグマの剣を持ったまま、強く拳を握って進藤の顔面をぶん殴った。

机をなぎ倒しながら吹っ飛んでいく進藤。

黒板側とは反対側の教室の端まで飛ばされていき、やがてその着地点で座り込みながらそのまま気を失ったようだった。


「萌音センパイを傷付けた分だ、こんなもんで済んだだけありがたく思えよ」


俺は周りに残っている他の奴らを見渡して言う。


「おい、お前ら。これ以上レイヴンクローをつまんねー形で使うなら、俺がレイヴンクローを違う形で復活させるからよ?そん時はお前らを追い込んで追い込んで、お前らこの街で暮らせなくさせてやるからな?覚えとけよ」


そうして気絶した進藤を担ぎながらコイツらは去って行った——。




「……あれ、ピアス君……?」


「あ、気が付きましたねセンパイ!」


俺は萌音センパイを保健室へと連れてきており、ようやくセンパイは目を覚ました。

ベッドで寝ていたセンパイの横の椅子に腰かけながら俺は様子を見ていたところである。

本当は病院に連れて行くべきなんだろうけど、何となく今学校から出るべきではないような気がしていた。

俺は萌音センパイに声を掛ける。


「ケガ、ダイジョブっすか?痛みますか?」


「……うん、まあ。泣きそうなくらいは痛いかなー……」


「……泣いてもいいっすよ。ここには俺しかいませんから」


そう言った俺をまじまじと見つめて来るセンパイは、やがて涙目になっていく。

ああ、怖かっただろうな、女の子があんな風にされたら誰だって恐ろしく感じてしまうに決まってる。

俺は誠心誠意、センパイに謝罪をする。


「すいませんでした、センパイのピンチに間に合わなくて……」


けれどセンパイは俺の考えていた予想を裏切って来た。


「違うのっ!うっ……ピアス君が……無事でよかったよぉっ……!」


そう言ったセンパイは上体を起こして俺を抱きしめて来た。

……はーあ、ほんとセンパイには敵わねーな。

そんな事言われちゃ、もうあんたを想わずにはいられねーって。

俺は素直にその好意を受け入れて、センパイを抱きしめ返すのだった——。

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