第43話 怒りの熱、殺意の凍
——私は、バカだ。
如月君に当ってしまい、更には要らぬ事まで口走って墓穴を掘って、ついには逃げ出した。
何かを期待していた訳じゃないけれど、全く期待してなかったと言えば嘘にもなってしまう。
如月君には好きな人がいて、どうしたって私では役不足で、自己嫌悪に至る堂々巡り。
私では結局、彼を振り向かせる事は出来ないのだ。
ならばどうして現状に満足できないのか。
お付き合いする事が全てではない、良き友人関係では駄目なのだろうか。
……こんな問答に意味なんてない。
私は彼の想いが欲しい、私だけを見て欲しい。
そうやってエゴに憑りつかれた私に振り向いてくれる筈もないのだけれど、どうしたってそう思ってしまう気持ちは止めようがない。
私の中の勇者が霞んでいく。
この世界では何の役にも立たない、哀れな人形の勇者。
前世の最終決戦でもそうだった。
私は機関に言われるがままに行動し、ああなった。
つまらない操り人形、それが私。
だからこうは考えないようにしていたのに。
抗って生き抜いたその先で待っていたのは、そんなどうしようもない現実。
「……価値のない勇者。それが私」
「——いいえ、そんな事はありません」
下を向いて歩いていた私は、ふとそんな言葉が聞こえて来たので顔を上げる。
気付けば4階の科学室に来ていたようで、その室内に小柄な体格の男性の姿があった。
「あなた、どうしてここにいるの?山田君」
先程まで確かに生徒会室にいた彼、ステラと同じタイミングでお手伝いを始めてくれた一年生の山田君が科学室にいたのだ。
山田君はいつもの挙動不審な態度ではなく、堂々とした素振りで続けて私に話し掛けてくる。
「あなたは素晴らしい勇者です、カレン様。私どもはずっと憧れを抱いておりました」
聞き覚えのある声に口調だった。
それは前世での記憶、ステラに次いでの実力者の彼。
「……あなた、もしかしてクロード?クロード・ギネビスなの?」
「ええ、カレン様。前世とは少し姿が違いますが、私は確かにクロードの記憶を持っている者です」
クロードは勇者である私を崇拝していた節があった。
機関の言いなりに過ぎないにも関わらず、私の行いが素晴らしいと。
彼も実力は確かで、人類解放神軍ではナンバー3の実力を持っていた。
ウェポンマスターと呼ばれる騎士たちの中でも珍しく鞭を武器として扱い、あのステラでさえ時折引き分ける程の強者である。
でも私が言えた事ではないのだが、何故わざわざ正体を隠していたのだろうか。
「……不思議に思うかもしれませんね。私が正体を明かさなかったのには理由がありました。正直に言いましょう。カレン様、あなたは魔王アレスに誑かされているのです。いい加減目を覚まして頂かないと」
「誑かされてなどいないわ。私は自分の意思で彼といるのよ」
「いいえ、あなたは美しい。その美しさ故に魔王はあなたを手中に収めようとしているのです。……許せない。こんなにも美しいあなたが、あんな不潔な魔族などに汚されるなんて……!あってはならないんです、そんな事は!」
「クロード……?」
そう言って彼が手に取ったのは、鋭利なナイフであった。
彼は私にそれを向けて言う。
「カレン様、どうしても私の言う事を聞いて頂けないと言うのであれば。……魔王に奪われる前に、私が奪うまでです。空間系干渉魔術『インビジブル・マテリアル』!!」
「えっ、この世界で魔術を行使した……?」
私は姿の見えなくなったクロードを警戒する様に距離を開ける。
急ぎ武器の代用品を探すが、それらしい物は何も見当たらない。
嫌な空気が流れている、これはいわゆる殺気だ。
クロードは私を殺すつもりなのかもしれない。
私は急ぎ出入口へと駆け出す。
『ははっ!そうはさせませんよ!』
何処からともなく聞こえて来たクロードの声に、私は咄嗟の反応で回避した。
すると私の立っていた扉に対してガキィン!!とナイフによる金属音が甲高い音を響かせた。
間違いない、これでハッキリした。
彼は本気で私を殺すつもりだ。
『逃げ場はありませんよカレン様!さあ、私にもっとあなたのその美しさを見せてください!』
確かに、明らかに出入口付近を確実に狙われているように思う。
私は武力行使を断念し、説得に取り掛かる。
「クロード、あなたは何故私を殺そうとまでするのかしら。あなたの目的は何?魔王に怨みでも?」
『……カレン様、あなたは何も知らないのですよ。前世で魔王アレスが行った融和政策を、その真意を。こんな虫唾が走るような事、口にしたくもありませんが』
そうして私は魔族側、魔王アレスに関する真実を知るのであった——。
——俺、神山翔太は今、校内をうろうろしている。
生徒会長も如月も、いつの間にか田中や山田もいなくなってしまっていた為に今日はお開きとなった。
でも萌音センパイがトイレに行ったっきり戻って来ないのだ。
まあみんな戻って来ないから萌音センパイに限った事ではないのだが、何となく俺はセンパイを探す事にした。
うろうろし始めて30分くらいが経ったか、俺は自分の教室にまでたどり着いていた。
何となく中を覗いてみる。
何だ、下校時刻はとっくに過ぎてんのに結構生徒が残ってるじゃんか。
俺はその顔ぶれを見回して、驚愕した。
「よう、久しぶりだな翔太。寂しかったぜ~?」
「……進藤」
その連中は全員もれなくレイヴンクローのメンバーであった。
全員が武装しており、こちらを卑下するように笑い始める。
「ははっ!翔太ぁ、お前、来んのが遅かったんじゃねーか?」
「は?何を言ってん——」
俺は目を疑った。
黒板の下に倒れている萌音センパイを見つけたからだ。
何だよ、これ……。
俺は慌てて萌音センパイの元にまで駆け寄り、センパイを揺すりながら必死に声を掛ける。
「センパイっ!!大丈夫っすかセンパイ!!」
すると萌音センパイは何とか閉じていた目を開けて俺を見て来た。
良かった、意識はあるようだ。
そう思った俺の安堵も束の間、萌音センパイはこう言い残す。
「……あはは……あたし、激弱だからさ……。ごめんね、ピアス……君——」
そのまま萌音センパイは気を失った。
見ると制服が所々破けており、打撲や擦り傷の後も結構あった。
袋叩きにされたのだろう、女の子がここまでやられるなんて相当足掻いて抵抗した証拠だ。
「あーあー可哀そうによー。さっさと如月の居場所吐かねーからそうなんだよ。翔太ぁ、俺ら生まれ変わったからよぉ?魔術って知ってっか?俺らの武器にはもれなく魔術が付与されていまーす!ぎゃはは!!もう一般人止まりのお前なんか怖くもねーよ!」
コイツは何を言っているのだろうか。
魔術とか武器とか、今そういう話じゃねーだろ。
ああ、胸の奥が焼ける様に熱い。
吸う息はまるで体内に入った途端にマグマへと変わっていくようだ。
それなのに頭の中は酷く冷静で、脳は凍てつくような冷たさを感じてもいる。
きっとこれは生まれて初めて人に向ける、殺意だ。
俺はこの両極端な温度差の中、コイツらに向かって言う。
「……なあ、お前ら。覚悟は出来てんだよな?何人死のうがもう、知った事じゃねーぞ?テメーら全員……、——バイオレンスにしてやんよ」
俺は自分の内に眠るもう1人の自分を呼び起こした——。
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