第42話 始まりの魔王ゼロ・クラウンのミルク


校庭でゼロと対峙する俺は、木刀に若さを集中させる。

吸う息吐く息共に深くし、若さの全集中で以て彼女の前に出た。


「ゼロ・クラウンよ。隠居した貴様が今更何の用だ?」


ゼロは俺が来るのが当たり前であったかのように話し始める。


「ふっ、幼き最後の魔王アレスシックザール。そなたは歴代最強の魔王と謳われていたが、果たして妾を越える逸材であろうか。少し、余興と洒落込もうぞ」


そう言ってゼロは魔力、いや生命力を使って剣を物質化させた。

そのまま続けて魔術を行使する。


「人目が気になって仕方なかろう?どれ、妾が気遣ってやろう。上位型空間系干渉魔術、『ゼロサム・ディメンション・エリア』!」


ゼロの使った魔術によって俺たち2人のいる空間だけが変化していく。

薄いドーム状の膜に覆われる様にして、外部からの干渉を遮断した。

更にこの魔術は外界からは俺たちの姿でさえ不可視の状態となり、術者が効果を切るか倒す以外に解く術もない。

いやなくもないがそれは魔術で対抗せねばならんので、現状の俺には不可能だった。


「知っておろうがこの空間の中では実際に身体的ダメージを追う事もない。これで思う存分にその剣を振るえよう」


「貴様は魔剣で俺は木刀だ。このハンデはどうするつもりだ」


「なに、妾はこれ以上魔術を使わんし、生命力も行使しない。このように切れ味もない。よってこの魔剣は単なる木刀と変わらぬであろう?」


切れ味がないと証明するようにしてゼロは魔剣の刃を自身の手のひらに当てる。

ふむ、やはり嘘はないか。

こちらへと見せて来る手のひらには出血した様子もなかった。

確かに、それなら剣術がものを言う純粋な勝負ではあろうな。

ならば先制攻撃を仕掛けるとしよう。

さっさと終わらせて華恋の元にも行かねばならんしな。

そうして俺は駆け出し、木刀をゼロ目掛けて横薙ぎに振った。


「ふっ、甘いな」


「がはっ!!」


俺の振るった木刀を軽やかに避けたゼロはそのまま俺に反撃をしてきた。

その剣の動きの速さといったらとんでもない速度を出して俺の腹に一突きして来たのだ。


「っ、貴様……隠居婆にしては中々やるな」


確かに身体にダメージはない。

だが一瞬痛覚は発生する為、俺はその衝撃の余韻を振り払うようにゼロへと向き直る。


「婆とは何だ、こんなにも美しい妾に対して。見惚れぬ男など、そなたくらいのものだぞ?」


「ふっ、貴様も知っていよう。彼の偉大なる魔王グランセル・バイオレンスは昔俺にこう言った。『女は外見が全てじゃない。かと言って内面性でもない。——母乳だ』とな」


「懐かしい名を出すのう、妾が選んだ次代の魔王であったんだぞ。だがそなたは、その言葉の意味を理解しておるのか?」


「分かる訳がない。だが俺はこう考える。母乳に含まれる魔力成分が自身の子をより成長させるのだとな。恐らく95パーセントくらいは魔力から成っており、残りの5パーセントくらいが水分なのだろう。よって母乳の質が高い程、子の魔力量が高くなる訳だ」


「そなたも中々の切れ者だのう。水分が5パーセントでは最早母乳には成り得ぬぞ。それは少しだけ水分を含んだ魔力だ。魔力を飲ませたいのであれば、わざわざ乳から出さんでもよかろう」


「婆が乳などと言うな!貴様の母乳など飲みたいとも思わぬわ!」


「……ふむ。散々飲んでいたのだがのう」


「ん?今何と——」


俺は発言の中断を余儀なくされ、代わりに木刀を前に構える。

そこへゼロの魔剣が振るわれて互いの武器同士がぶつかり合った。

ギギギ……!!と競る形で剣を押し合う中、ゼロは再び俺に話し掛けてくる。


「そなた、前世での両親の記憶がないであろう」


「……だから何だ。母も父も天国でこの魔王を誇りに思っている、それで十分だ」


ガキィン!!と弾かれる木刀。

無防備になってしまった俺の懐へ潜り込んだゼロ。

俺は強烈な一撃を覚悟した。

だが食らったのは斬撃ではなく、抱擁だった。

ゼロは魔剣を捨てて俺を包むように抱きしめて来る。

何だ最近のこの同様展開は、テンプレか?

直近で三度ともなると流石に慣れてきてしまうものであるな。

俺は冷静にその行為の理由を尋ねた。


「……そなたは知らなくてよい。これは妾の懺悔の代わりだ。ただ1つ、そなたの育ての親はグランセル・バイオレンスで間違いはない。血縁関係ではないがな」


「……貴様は、一体」


そうしてゼロは俺から離れ、真剣な顔つきで告げる。


「今日そなたに会いに来たのはこれを言う為だ。よいかアレス、勇者が狙われている。しばらく行動を共にするといい」


「何を言っている?勇者が何処にいると言うのだ——」


「そなたも本当は気付いているであろう。カレン・ローライトは、そなたのすぐ側におる。さあ、もう行くのだ」


そう言ってゼロは空間魔術を解き、俺の背中を押した。

送り出された俺はそのまま華恋を探す為、校舎に向かう。

振り返るとゼロはその場で小さく手を振っていた、一体何なのだ奴は。

だが何故だろうか、奴に抱きしめられた時とても懐かしい匂いがした気がする。

古巣であった魔国を思わせるような、いやそれ以前の記憶を揺さぶるような。

解せぬが、まあいい。

俺は心の奥底で本当は気付いていた彼女、カレンを見つける為に走り出した——。

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