第40話 ヨハンの追想


——ボクはステラを愛している。

それは嘘偽りのない真実だ。

ただ1つ、口にしていない事実もある。

ボクがステラを好きになった切っ掛けは、前世で人類解放神軍に潜入していた時だった。

最終決戦が起こる前にジルコスタから密告を受けており、ボクは具体的な内情や目的を知る為に人間の騎士に扮して軍に加入していた。

これはアレスも知らない話であり、伝えなかったのは彼を裏切ったからではない。

潜入してボクが知り得た事。

結果から言うと、アレスの行った融和政策は裏目に出たのだ。


人間たちの国に友好的に関わっていく事で明確な敵がいなくなる事に頭を抱える組織が現れた。

それがアレスも口にしたが、和平推進機関「あいらぶぅ」である。

あいらぶぅは法皇直属の機関ではあるが、方針は一種の宗教団体と同じものだ。

彼らは魔国が脅威であるからこそ布教活動が出来ており、その魔国が友好的になってしまっては信者がいなくなってしまう。

それを恐れた機関は“とある者”の入れ知恵で、早々に魔国を叩く事を決断する。

魔王を討ち滅ぼした結果さえ手に入れてしまえば、未来永劫機関は正義を謳えると。

ちょうどそのタイミングで勇者に値する者が世に現れたのだ、機関はこれ以上ない追い風だと判断する。

そして人類解放神軍は結成され、魔国を攻めるように言い渡された。


これがボクの知る最終決戦の裏側の全てだ。

入れ知恵をした者の予想も出来ている。

けれどここで問題になってくるのが、今世ではその者が転生しているのかすら分かっていない点なのだが。

ボクは火野先生がジルコスタだと知っていた。

だから今まで内密に彼女と連携して色々と探っていたのだ。


1つ分かったのは、元の世界からこちらの世界に転生してくる者の共通点。

それは明らかな実力者だけだという事。

ゼロの言葉とボクたちの仮説を足してみると、裏付けにはちょうど良かった。

恐らく転生してくる際に魔力が生命力に変換される為、こちらへと渡る為の元の世界での強い力が必要となるのだ。

グリモア教典のメンバー然り、人類解放神軍のメンバー然り。

結論、ボクが見定めたのはグリモアからはジルコスタまで、彼女以降のメンバーは力が大きく劣る故だ。

エウロラも元は魔力が低かったがアレスは彼女の素質を見込んでグリモアに入れたのだ、直ぐに才は開いたから納得していいだろう。


そして軍からは勇者は勿論のことステラ、そしてもう1人実力者がいた。

ナンバー3の彼が裏で糸を引いている事は間違いない。

加えてもう1人、グリモア教典第二の書。

ボクもアレスも信頼していた彼女こそが、入れ知恵をした張本人だ。

もしもゼロの言う通りまたアレスをハメようとしているならば、目的は何であれこの学校に入り込んで来る筈。

以前生徒会選挙の後、生徒会室に取り付けた監視カメラは念の為の措置、ボクら転生者は今生徒会に集中しているからね。

決して警戒は怠れない、いつ何時たりとも。

今世でまでアレスをやらせるなんて、ボクが絶対にさせないさ——。




夕暮れ時。

夏休み最終日に豪華なクルーズ船を貸し切って太平洋を遊覧していた。

どうやら船尾に備え付けられたソファーの上で物思いに更けていたようだ、共に来ていたステラが声を掛けてくる。


「どうしたんですか、グリモワール。深刻そうな顔をしてますけど」


君はどうして犬の表情の僅かな違いが分かるのか。

微笑ましいと思うと同時に、彼女には心配を掛けないように適当に取り繕う。


『ああ、君との今後を考えていたのさ。ボクも進路を考えないといけないからね。まあ家を継ぐ事にはなるだろうけど、果たして犬の身体で何処までやれるのか』


取り繕ったつもりの割に本音が出てしまっていた。

ボクはステラと今後も関係を持ち続けたい、それは心からの願いでもある。


「グリモワールにしては弱気な発言ですね、珍しい。……でも、どうして私だったんですか?女性なら星の数ほどいたじゃないですか」


確かに、ステラの言いたい事も理解はできる。

ボクに言い寄る女性などキリがない程いたのは確かだ。

けれどボクは本気で誰かを愛した事がなかった。

女性を侮蔑する訳ではないけど、ボクにとっては多少のステータスくらいの価値観でしかなかったのだ。

誰かを好きになる事の意味が、本当に理解できなかった。

けれど軍に潜入した際にステラを一目見た時、ボクの中に電流の様な衝撃が走った。

まだ幼い少女はドラゴンと人間のハーフであり、同時に熟練した騎士の風格も漂わせる異質さ。

何よりも目を引いたのは彼女の瞳だった。

幼さからは想像もできない程の憎悪が見え隠れしているのにも関わらず、皮肉にもとても綺麗な煌めく黄金色をした瞳。

彼女をそこまで憎しみに追いやっているのは一体何なのか、何が原因なのか。

後にボクであった事を知った時は因果応報だと思ったよ。

けれど最初の衝撃が忘れられなかった。

ボクにとってそれだけで理由は十分だった。

ボクにも女性を愛する心があった事に歓喜し、そしてステラに感謝した。

それが結局は最終決戦でああいう形になってしまった事は残念だったが、ボクにはステラと和解してまでアレスを裏切るという選択肢は生まれなかった。


ボクはステラを愛している。

それは嘘偽りのない真実だ。

けれどそれ以上に、ボクはアレスの盟友だ。

最後の魔王アレス・シックザール、ボクは彼以上に心を許してもいいと思える者を知らない。


だからここでステラに対する意思を翻す事にしよう。


『……君を選んだのは、紛れもないボクの意思。でも、ゴメン。ボクは君よりも優先したい友がいる。君を危険な目に巻き込むかもしれない。それでもボクは、何としても友を救いたい。許してくれるかい?』


そう言うとステラは快活な笑顔を向けて言ってくる。


「許してあげますよ。シックザールさんが危険なんですね?でももしシックザールさんの代わりにグリモワールが犠牲になるような事があれば……。私、——泣いちゃいますからね?」


『ふっ、肝に銘じよう』


ボクはステラを愛せて良かった。

彼女の瞳に映っていられるこの瞬間が、堪らなく嬉しくなってしまう瞬間だと心から思えるのだから——。

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