第39話 ラブコメ合宿10


未だ鬱蒼とした林道を進む。

懐中電灯の灯りがなければ歩く事さえ難しい程、夜空の光ですら届かない暗さ。

昼間はうるさい程のセミの鳴き声は何処へ行ったのか、聞こえるのは踏みしめる靴の音鳴りだけ。

先程からずっと異界にでも迷い込んだような違和感さを感じてならないのは、場の空気感から覚える錯覚なのか。

けれど先程までと違うのは、無能が怯えなくなったという点のただ1つ。

何なのだ貴様は、今まで演技でもしていたかのような豹変ぶりではないか。

無能は俺の前を歩き、いちいち木の根や枝に引っ掛からない様に注意までしてくる始末。

これではまるで俺がエスコートされている様ではないだろうか。

いや気のせいだ、きっと教師としての本能が極限状態の恐怖によって呼び起こされたのだ。

つまり今ようやく無能は一人前の教師となった、そういう事にしておこう。


「無能よ、貴様は急成長を遂げたようだな。この俺の教育の賜物だな、感謝するといい」


「はい?……あー、そうね。それより如月さん、前方にエウロラたちが見えて来たわ」


「……ん?今、エウロラと言ったか?」


「あっ!ま、紛らわしかったわね!如月さんがそう呼んでるから、つい真似したくなっちゃったのよ!」


ふむ、言ってみたくなるあるあるか。

俺も昔はよくあったな、ヒーロー戦隊ものやらアニメ等の悪役のセリフを。

ならば当時の俺の好きだったセリフランキングを発表してやろう。

第三位、「血迷ったかっ!!」。

これはまず聞いていて響きが良いし和む、そして「かっ!!」の部分のスタッカートが絶妙な切れ味だ、オジサンが今にも痰を吐き出すかのような臨場感。

次いで第二位はやはりアレか、「ふつつか者がっ!!」。

誰でも聞いた事はある筈だ、未熟者という意味の言葉でありビジネスや結婚報告などの場で頻繁に使われるらしい、最早あいさつ代わりと言えるだろう。

何と言ってもやはりスタッカートの切れ味が素晴らしい仕事をしている、これをデスボイスで言えたのなら貴様も今日から憧れのロックバンドの仲間入りだ。

そして栄えある第一位はやはりアレだろうな、き——。


「——きゃああああぁぁぁ!!!」


な、何だ!?叫び声が聞こえたぞ、何があった。

俺は無能と顔を見合わせて直ぐにそちらへと駆け出す。

するとそこではエウロラと華恋が共に尻もちをついて何かを見ている。


「……ま、まおうさま……アレ……」


震える声のエウロラが指を指し示す、俺はその方向に視線を向けると自分の目を疑った。

白い服を着た髪の長い女が立っていたのだ。

まだ多少の距離はあるが、何だこの嫌な空気感は。

目を疑う理由、それは女がハッキリと見えない、輪郭をぼやけさせて見える事である。

まさか本当にこの世界には亡霊や怨念が存在するとでも言うのか。

いやまだ分からない、俺はどう対処すべきか思案する。

すると先に動いたのは女の方であった。

今度は女が俺たちの進行方向であった方角に指を向け、そして姿を消した。

何だ、今奴は何を示していた、向こうに進めという事か。

そして今度は示した進行方向の先に女は再び現れる。

俺は導かれるようにしてそちらへと向かう事を決意する。


「俺は奴を追う!2人は任せるぞ、ジルコスタ!」


「はっ!仰せのままに」


「……ん?」


「……え?」


俺は今、誰のことを言った?無能が礼儀良くお辞儀をしてそう返してくるものだから、呼んだ本人である俺も不思議な気持ちになってしまう。

まあいい、今は奴を追う事に専念しよう。

俺は木の枝や地面を這う根も気にせずに走り出す。

女は相変わらず現れては消えるを繰り返していた、やはり何処か目的地へと誘導しているに違いない。

途中ヨハンたちともすれ違ったが気にせず追い掛け続ける。

何故だろうか、それ以外の選択肢が生まれないのは。

恐怖感や切迫感はない、何よりも感じているのは使命感だ。

ここで明らかにしなければ真相は闇に葬られたままだ。

ん?俺は一体何の事を言ったのだろうか?

何でもいい、俺はとにかく走り続けた。


「如月っ!!危ねー!!」


先に気付いた金髪の声も虚しく、急いていた俺は気付くのが遅かった。

いつの間にか道から外れていたようだ、一歩前は急な傾斜地になっていた。

崩れた様な痕跡からすると崖というよりは大きな窪みが表現としては妥当だろうか。

そんな風に頭の中では冷静に思考が巡るのだが、如何せん身体の方はブレーキが利かなかった。

俺は飛び込むようにしてその穴に吸い込まれていく。

ああ、骨の二、三本は覚悟せねばなるまいな、まったくとんだ厄日だ。

だが落ちる寸前で俺の右手が誰かの手によって掴まれた。

そのまま宙にぶら下がった状態になった俺は、顔を上にあげる。

俺を掴んでいたのは、無能の両手であった。


「何とか、間に合ったわね……!」


「……ふっ、貴様には驚かされる一日だな。無能の称号は没収だ。なあ、ジルコスタよ」


「いいから早く、上がって来て……!」


無能の手を掴んで俺は力一杯這い上がり、何とか窮地は免れた。

俺は無能に向き直り言う。


「礼を言おう。だがまさか貴様が無能眼鏡教師に扮していたとはな。魔王直属配下『グリモア教典』第五の書、炎の魔術を司る「メイド長」ジルコスタ・ヴォルカニアよ」


そう言うと無能は眼鏡を外し、ポニーテールにしていたゴムを取った。

黒髪ロングのキリっとした目付き、間違いなくドラゴデーモンであった彼女の外見の特徴だった。


「……申し訳ございませんでした、魔王様。ですが、私も独自の方向でお調べしておきたい事がありましたので」


そう言って無能、いやもう無能ではないな。

ジルコスタは畏まって膝をつく。


「魔王様、あちらをご覧ください」


「何だ?」


俺はジルコスタの視線の先へと目を向ける。

ちょうど大きな窪みの中央にて、先程の白服の女が立っていた。

女は自身の真下に指を向けて何かを示している様だ。

この暗がりでは分からんな、そう思ったタイミングでジルコスタが懐中電灯の灯りを向けてくれた。

そこには半分ほど地面に埋まっていた何かがあった。

よく見るとそれは、人間の骸骨だった。


「ふむ、なるほどな。最早認めるしかあるまい」


そうして俺たちは住職にこの事を伝え、やがて警察が事情聴取に来るのであった——。

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