第38話 ラブコメ合宿9
2日目の夜。
鬱蒼とする暗がりの中、寺の境内に全員が集まり、皆固唾を呑んでその言葉を待っていた。
「……とうとうこの日が来てしまったようね。みんな、準備はいいかしら?」
生徒会長である華恋の号令により、皆は隣のペアに目を向ける。
お互いに言葉はなく、信頼性のみがものを言う。
手には懐中電灯、虫よけスプレー、絆創膏等の入った救急ポーチ。
これから死地に向かうのだ、それくらいの準備は必要であろう。
「……じゃあ、行くわよ。生徒会恒例行事、地獄のナイトウォークへ」
いよいよ開催されたのは、まあ端的に言うと境内から裏手に広がる山の麓の林をただ歩くだけのものだ。
ふっ、小学生ではあるまいし。
まさかこの年になって夜道を歩くだけの退屈な行事に参加させられるとは思いもよらなかったな。
死地だと?笑わせるな、魔国を体験してからそんな事は言え、誰だ言ったのは、俺だな。
まあいい、さっさと終わらせて寝るとしようか。
今日は色々あった為に疲れてしまった、皆遊び如きに本気になり過ぎであろう、子供か。
俺は何故か今回ペアになった無能へと声を掛ける。
「貴様、俺の足を引っ張るなよ。こんな子供騙しになど時間を割いてはいられんからな」
「え、えっと……。如月さん?間違っても私を置いて行かないでね?教師とは言えど、私も1人の女なんだからね?」
その眼鏡の奥に見える瞳からは、恐怖に怯えている様子が伺えた。
無能よ、貴様はいくつだ。
いい大人の教師が生徒より臆してどうする。
まったく、こんな茶番にいちいち恐怖を覚えるな。
見ろ、アイツらの異様なテンションの上がり方を。
恐怖どころか興奮さえしている始末、だが残念ながら貴様らは熱くなり過ぎて今晩眠れんだろうな。
俺はクールにやり過ごす事だけに集中する。
「それでは順番に行ってもらうわね。まずは神山君、ステ……ひよりペアから」
「はいっす!じゃあ行こうか、星崎さん」
「はい、よろしくお願いしますね神山さん」
そうして金髪と転校生から順に闇に紛れて行った。
「ヨハンよ、貴様は転校生と組まなくて良かったのか?いくらクジ引きで決めたとはいえ、貴様ならば偽装でも何でも出来たであろう」
『構わないさ。寧ろステラもボクばかりではなく、他のみんなとも仲良くしてもらいたいと思っているくらいだよ。何せボクは来年、卒業してしまうからね』
そんなものなのかと思いながら俺は次の順であるヨハン、小坊主ペアを見送った。
何やら小坊主はこの薄暗い闇夜ではなく、ヨハンに怯えている様だったがまあいいか。
そして今度は華恋、エウロラ、ただならぬ者の3人が行き、間を取って最後に俺たちが林へと入っていく。
けれどその手前で突然背後から声が掛かった。
「言い忘れていたが、この林はね……出るんですよ。自殺した女性の怨念が、未だ漂っていますのでお気をつけて……」
一瞬驚いたがそれを言ったのはこの寺の住職であり、俺は馬鹿な話をと思うと同時に冗談の様には聞こえなかったとも思ってしまう。
まさかな、そんなものいる訳がない。
学校の人体模型の時だって結局は馴染みのある奴の仕業であり、その後に現れた少女は援助交際が目的であった。
その証拠にパパ活はせんとハッキリ言ったら姿を消した訳だしな。
実にくだらん、全ては必ず起こるべくして起こるものなのだ、森羅万象あらゆる事に理屈と言う名の理由がある。
なので俺は全く真に受けなかったのだが、隣にいる無能が震え始めていた。
「き、如月さん……?絶対に私を見捨てないでね……?」
「……はぁ」
そんなに怖がりなのであれば参加しなければ良かったであろう。
仕方ない、この魔王である俺が頼りがいのない無能教師をエスコートしてやろう。
そうして俺たちも闇夜に溶け込んでいった——。
どれくらいの距離を歩いたのか、時間にしたらどれくらいだろうか。
この暗がりでは感覚自体が狂ってくる様な気にもなってしまうのは気のせいだろうか。
前を歩いている筈の奴らも一向に見えて来ない。
道から逸れたか?だが明るい時間に一度下見をしており、目印もしっかりとつけているし見失ってもいない。
ならば奴らが相当速いペースで進んでいるのだろうか、こちらも競歩に近いくらいのスピードで歩いているのだ。
無能は先ほどから黙りこくったまま、俺の服の裾をずっと引っ張り続けている。
まったく、貴様は俺の何だ、彼女か、いやただの担任だ。
やむを得ず俺は沈黙状態の無能に話題を振ってやる事にした。
なるべく楽しげな話題が良いだろうか、俺も丸くなったものだな。
「おい無能、貴様に1つ小話を聞かせてやる。これは、とある山中の古民家での話だ。そこに住んでいた婆が夜な夜な包丁を研いでは——」
「いやあああ!!何で!?何で今そんな話するの!?」
「え、ああいや、貴様を和ませてやろうと——」
「和む訳ないじゃない!!如月さん酷過ぎるわよ!!」
な、何だこの反応は、こっちの方がよっぽど驚くではないか。
眼鏡越しからでも分かるくらいには涙目になっており、無能が顔と共にその黒髪のポニーテールを必死に揺らしているのは恐怖を振り払おうとしているからか。
だが何故だ、天才婆の小料理屋の話であったと言うのに、一体何が気に食わなかったのか。
夕飯を食したばかりだからお腹一杯なのだろうか。
ならば仕方ないな、別の話題に切り替えるとしよう。
「で、ではこれはどうだ?昔々、遥か遠い世界の国では、心優しい少女がいた。少女は順調に育っていくもやがて、“ソレ”の存在に気付いてしまう。だがその国では決して“ソレ”を口にしてはならないという掟があった。……“ソレ”とは一体、何なのか。つまり——」
「いやあああ!!ソレソレ言わないでーっ!!」
な、何だと?ソレすら駄目なのか?
魔国産毒キノコ通称「ワライジニダケ」を基にした良い子のみんなはソレ、つまり毒キノコを口にしてはいけないよ!という朗らかなストーリーの何が怖い。
彼の偉大なる魔王グランセル・バイオレンス渾身の泣く子も黙る童話だぞ。
黙るどころか貴様は一層騒がしくなるばかりであるな、これ以上俺にどうしろと言うのだ。
「うっ……如月さん酷過ぎるよ……うう……」
「な、泣くでない無能よ!一旦落ち着くのだ!な!?」
そう言って俺は無能の両肩を掴み、何とか落ち着かせようとする。
以前聞いた事がある、人に触れられると幸せホルモンだか何だかが脳を活性化し、多幸感を得られるとかどうとか。
だから俺はそれを実践しているのだ、肩であろうと触れていれば問題なかろう。
すると何を思ったのか、無能はいきなり俺に抱きついて来た。
「……如月さんが悪いんだからね。ちょっとくらい優しくしてよ」
「……はぁ。好きにしろ」
俺は無能の気が済むまでそっとしておく事にした。
どうやら俺が悪いようだしな、全く以て自覚はないが。
すると無能は俺の胸に顔を埋めて何かを呟いた。
「……愛しの魔王様……私はずっと……こうしたかったのです……」
「ん?何か言ったか?」
すると急に俺から離れた無能は表情を一変させ、そのまま先へと進んで行った。
何だ、先程までの怯えようは何処へいったのか。
振り返り様に無能は笑顔で言う。
「如月さん?生まれて来る年代が少し違っただけで、私だって女なんだからね!」
「……あ、ああ。そうだろうな」
何を言いたいのかよく分からなかったが、何だか吹っ切れた様な顔を見せる無能に少しばかり安心した俺なのであった——。
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