第37話 ラブコメ合宿8
国道何たら線の信号を渡り、車の通りに沿って道を歩く。
やがて見えてくるのは目的の場所、約束の地、ユートピア、何でもいい。
天国にいる前世の母よ、見ているか?この魔王アレス・シックザールはとうとう辿り着いたぞ。
水生生物の楽園であるここ、新江頭水族館に。
早々にチケット購入を済ませ、土産コーナーには目もくれずに足を踏み入れば、海中の世界が一気に広がった。
薄暗い中をブルーに煌めかせる館内ではいくつものガラス張りが展示されており、色とりどりの魚に大量のクラゲ、サンゴ礁や深海生物など今まで見た事のないような生き物たちの数々。
水族館もまた、俺にとっては初めてを体験させられる貴重な場所であった。
「わ~!テンション上がるねー魔王様!」
「ああ、貴様の言う通りだな」
「え!?魔王様があたしに同意した!?海洋パワーすごっ!」
何だかエウロラが変な事を言っている気もするが、気にしている余裕などない。
こんなにも冒険心がくすぐられるのはいつ以来か、恐らく前世でゲンゾウ(キングギドラ似)と空に浮かぶ天空の城を探して以来だろうか。
あれは浪漫であったな、結局見つけられる事は出来なかったがきっと実在はしたのだろう。
まあいい、代わりに今世でこのような場所を見つけられたのだからな。
「ふふっ。如月君たら、そんなに目を輝かせて。まるで少年の様な瞳ね」
「ああ、貴様をうっかり見つめてしまうくらいにはな」
「……え?な、何を言っているのっ?」
そう言って動揺を見せる華恋はさっさと次のコーナーに行ってしまった。
アイツの様子も少し変だが、今は構ってもいられない。
コーナーを回る度に圧巻の二文字に尽き、だから余計に楽しみは残しておきたいと思ってしまうのは仕方のない事だろう。
俺は逸る心を抑えながらゆっくりと回る事を心掛ける。
一か所一か所をとことん満喫してから次へと向かうのだ。
けれど無粋にも金髪がキラッキラの瞳の俺を急かしてくる。
「なあ如月。そんなゆっくり回ってちゃ、イルカショーに間に合わねーぞ?」
「何っ!?それは不味いではないか、急ぐぞ金髪よ!」
今回のメインイベントを逃す訳にはいかない。
ならば仕方あるまいと俺は回るペースを1・15倍くらいに速めた。
これが出せるかどうかの限界の速度であろう、これ以上は精神力が持たん、トキメキが追い着かん。
すると俺以外の全員がさっさと行ってしまうではないか。
置いて行かれそうになったところで俺は考えを改める。
ショーを見てからゆっくりと回る事にしよう、そう思い俺は渋々皆に着いて行くのであった——。
場内最前列の観覧席に座ると、落ち着かない心境の俺にヨハンが声を掛けてくる。
『舞人君、今日は随分とはしゃいでいるようだね。君にしては珍しいじゃないか』
「分かるか?そうか、そう見えてしまうか。ゲンゾウ(キングギドラ似)以来の高揚感を感じているのだ。貴様も理解は出来よう」
『ああ、なるほど。けれど君はゲンゾウ(デストロイヤー似)の世話を殆どしていなかった。代わりにジルコスタに怒られるのはボクだったんだよ?君は知らなかっただろうけれどね』
「ふむ、そうであったのか。それよりもヨハンよ、ゲンゾウは(キングギドラ似)だ。(デストロイヤー似)ではない」
『いいやゲンゾウ(デストロイヤー似)は正しい。君は(キングギドラ似)のキングが気に入っただけで似てはいない。翼の生えたゲンゾウ(デストロイヤー似)が最適な表現さ』
何と、盟友でも分かり合えないものがあったとは驚きだ。
だが俺は譲歩するつもりなど欠片もない。
ヨハンがいくらそう思おうとも、事実は変える事など出来はしないのだ。
そう俺が反論を続けようとしたこのタイミングで、イルカショーが始まった。
『みなさーん、こんにちは~!』
会場に女性ナレーションの声が響き渡る。
ふむ、いよいよイルカのお披露目か。
見応えがある事を期待しようではないか。
『じゃあさっそくイルカたちを紹介しまーす!まずは、ハナちゃん!』
ナレーションの声と共に現れた一頭のイルカはそのまま、勢いをつけて海上へとジャンプをした。
くるっと一回転してザパン!と再び水槽へ潜っていく姿はそう、まるで煽情的なチラ見せ感が俺の情欲を嫌という程に刺激させて来るようだった。
おのれハナちゃん、もっとこの俺に貴様の姿を見せてくれ。
そうして次々と現れるイルカたちに観客は皆目を奪われていった。
計4頭のイルカたちによる華麗なるジャンプもそうだが、何とも愛らしいのはそのフォルム。
そして丸みを帯びた頭部には一体何が詰まっているのか、トレーナーとのコンビネーションを生み出す知能も侮れない。
ああ欲しい、クレーンは何処だ、百円玉の投入口は何処にある。
いや違った、そうではないか、俺にはペケモンGOの怪物球がある。
思い出した俺は急ぎスマホを取り出すのだが、そのタイミングで突如頭上から大量の水が降りかかって来た。
「あはっ!濡れちゃったね~!」
「ははっ、そーっすね萌音センパ……センパイなんか、シャツが透けてエロいっすね」
「え~?ピアス君あんまりジロジロ見ないでよ~。じゃないと水槽に沈めてイルカさんの餌にしちゃうぞっ!」
「……すんません」
俺は何が起きたのか分からず、急ぎスマホの動作チェックをする。
うむ、故障はしていないな。
何だ、水槽からの砲撃か?
水の魔術使いであったのか、ここのイルカトレーナーは。
だがそれどころではない、早くアプリを起動せねば。
けれど再び大量の水が降り注ぐ。
何だ貴様ら、イルカを奪取されまいと必死なのか。
客をこんなにビショビショにしておいて、後でクレームが入る事も厭わぬか。
ならばと俺は立ち上がり、水槽の目の前まで行って魔術を行使する。
ゼロに使えて俺に使えぬ訳がないのだ。
水槽の上から覗き込むようにして、イルカに対し上位魔術を発動!
「行くぞハナちゃん!精神系干渉魔術『マリオネット・アイ』!!」
俺の瞳に魅入られたハナちゃんは意識と無意識の狭間に迷い込み、やがて俺の言う事には逆らえなくなる。
魔術の耐性が極めて少ない動物などはこのマリオネット・アイで一撃、の筈だった。
だが次の瞬間、ハナちゃんは水槽際で大きくジャンプして俺にドルフィンキックをかましてくる。
魔術を行使していた俺は隙だらけの状態であった為、バチーン!!とハナちゃんの尾ひれが俺の顔面をもろに薙ぎ払い、吹き飛ばされるようにして俺は会場を綺麗に舞い上がった。
『お、お客様―――っ!!』
何が、何がいけなかったのだハナちゃんよ。
俺の愛が重過ぎたとでも言うのか、ハナちゃんよ。
脳裏に過るのは、少ないながらもハナちゃんと過ごした走馬灯の数々。
来世ではきっと繋がり合おうではないか。
俺の愛したイルカ、ハナちゃん……——。
「——あ、如月君!大丈夫!?」
「……華恋。ここは、天国か?」
「はぁ、良かった。まったく、今日のあなたは熱くなりすぎよ」
目覚めた俺はどうやら気絶していたようであり、今現在は医務室の様な場所にいた。
そうか、俺の愛は届かなかったか。
俺はベッドから上体を起こすと、枕元に置いてあったある物に気付く。
「……これは?」
「イルカトレーナーさんが申し訳ないという事で置いて行ったイルカのキーホルダーよ。今開演中で謝罪に来られないからって。如月君にイルカを嫌いにならないで欲しいそうよ?」
「……そうか」
俺はそのキーホルダーを両手で握ると、頭の中に蘇るのはやはりハナちゃんの泳ぐ姿。
気持ちは通じ合えなかったがきっと彼女はこれからもこの水族館で輝いていくのだろう。
そう素直に思えた俺の頬には不思議と悲しみによるものではない、一筋の涙が流れた——。
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