第35話 ラブコメ合宿6


「……それじゃあ如月君、いれるわよ」


「ああ、さっさとやれ。いちいち焦らすな」


そう言って華恋はゆっくりと腰を下ろして前屈みになり、あれを中に沈めていく。


「ん……最初は結構、入らないものね」


中々どうして難しいらしく苦戦する華恋。

これ以上焦らすなまったく、俺は華恋の手を掴んで強引にあれを押し入れた。


「あっ!如月君、そんな乱暴にしては——」


「華恋、貴様は黙って俺の言う事に従っていればいい。貴様は初めてであろう、俺の方がよく知っているのだからな」


そうして俺はあれをはめ込んだ丸太型の受け皿から手を離し、ゆっくりと籠の蓋を閉める。

すると早速中に入っていた二匹のカブトムシがあれに群がって来た。


「うむ、やはりゼリーが好きか貴様らは」


「まあ、案外可愛いものね。昆虫は専門外だったわ」


今俺たちは自室で就寝前にカブトムシと戯れていた。

先程境内の木で発見した二匹を捕まえ、住職に籠と餌用の受け皿を借り、こうして愛でているのだ。

懐かしいな、昔はこの世界の生物が物珍しくてよく育てていた。

何気に俺は生き物が好きなのだ、犬然りカブトムシ然り。

前世でもペットを飼っていた。

世話はドラゴデーモンのメイド、ジルコスタに任せっきりな所もあったが、俺はよく戯れていたりもした。

この世界で言うと何が近いのであろうな。

ふむ、やはりあれか。

キングギドラが一番近いかもしれんな、奴に乗って空を飛び回るのは最高であった。

割と大きな体格なので餌も良く食べるし、機嫌を悪くすると街が1つ吹き飛ぶが、可愛いからついつい許してしまう。

まあ一番厄介だったのはフンの後始末だったがな。

小さな街などは一度のフンで埋もれてしまう為に、魔国の者は皆苦労させられていた。

可愛いから許してしまうのだが。


「ふふっ、如月君ったら可愛い表情をするのね。カブトムシがそんなに好きなのかしら?」


「……何だ、悪いか。俺は慈愛に満ちているからな。小さな生命にこそ価値を感じるのだ」


「あら、でもあなたには好きな方がいるのでしょう?人間にだって興味があるのではないかしら」


何だ急に、そんな話を今する必要もあるまい。

だが華恋はまたしても不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめて来る。


「如月君?私、欲張りなの。欲しいものは時間を掛けてでも手に入れたいと思ってしまう。例え不利な状況であったとしても、屈する事ももう出来ないわ」


そう言って華恋が立ち上がり、唐突に部屋の明かりを消した。

突然真っ暗になった部屋で、布団の上に座っていた俺の背後から華恋の両手が伸びて来た。

そのまま後ろから抱きしめられる形となる。


「……何のつもりだ華恋」


「……。」


反転、今度は言葉が返って来ない。

外からは月の光が差し込む薄明りの中、虫の鳴き声がやたらと響いて聞こえる。

お互いの吐息まで聞こえてきそうな距離感で、華恋はゆっくりと喋り始める。


「……私は、生まれた時からきっと、何かを待っていたのだと思う。それが何なのか、どういった理屈なのかも分からない。けれど魂では確かにそれを求めている。……あなたの背中は大きいのね。こうしているとドキドキはするけれど、同時にとても安心するわ。だからお願い、もう少しだけこのままでいさせて。ズルい事をしているのは重々承知よ。でも、今だけは……」


「……好きにしろ」


意識と深層心理が矛盾する。

脳では好きでもない女に抱きしめられていると判断しているのにも関わらず、魂ではこれ以上ない程の安らぎを感じている様で。

俺は華恋をどう思っている?あくまでも愛せるのはカレン・ローライトだけなのか?

いつまでも前世の片思いを引きずっていて、果たしてそれが正しいと言えるのか?と。

自問自答は繰り返すだけで一向に答えを導き出さない。

ただ1つ言える事があるとするならば。

きっと俺はもう金髪や小坊主の言葉を完全に否定しきれないという事だ。

思えば俺は少なからず、華恋に惹かれていた。

入学式の廊下ですれ違った時から既に、強く印象付けられてしまっていたのだろう。

生徒会に入ったのもそうだ、華恋に恩返しがしたいという思いからではあったが実際はどうだったのか。

華恋との接点を失くしてしまう事を恐れたのかもしれない。

それを認めてしまいたいと思う気持ちと、前世から持ち越している捨てきれない感情が入り混じるようで。

葛藤の末、気付けば俺は華恋を布団の上に押し倒していた。


「……如月、君」


華恋も抵抗はしなかった。

俺に身を委ねる様にしてこちらを見つめ返してきている。

何か不思議な引力に引っ張られるようにして、俺は自分の顔を華恋の顔へと近づけていく。


「……華恋、俺は。……俺は——」


「えっ、何やってんのっ!?エロい反応がしたから見に来てみれば、何やってんのっ!?」


突然、ガタン!!と大きな音を立てて部屋の襖が開いた。

ビクッ!となった俺たちは反射的に体勢を整えて距離を取る。

エウロラよ、貴様はニュータイプか何かか。

感じ取ったと言うのか、この一連の俺たちの展開を。

いかん、そうだ。

これではまるでラブコメの思うつぼではないか。

俺は何を流されていたのか、しっかりしろ。


「……本町先輩、何か勘違いをなさっているようね。別に私たちはやましい事なんてしていないわ」


「今しよーとしてたでしょ!アレにソレをブチ込むぞ、いいな?お願い、最初は優しくして……みたいな体勢しといて言い逃れが出来ると思ってんの!?」


はぁ、まったく女というものは面倒くさい。

寝る前のボルテージではないな。

故に俺はその全てに対して無を貫き、目を閉じて腕を組んだ。


「ちょっとあなたたちー?もう遅いんだから早く寝なさい?」


するとちょうど無能が見回りにやって来たので、エウロラはちっ!と舌打ちをして素直に退散して行った。

俺たちも再び部屋に戻り、気まずいながらもそれぞれ別々の布団で寝るのであった——。




翌朝、俺たちは朝食を取っていた。

今回は俺がメインで腕を振るい、常日頃から家で食べているハムエッグトーストに手作りコーンスープを振舞っていた。

そこに簡単なサラダとコーヒーも一緒に並べている。

本当はパスタやオムライスといった洋食系が得意なのだが、朝からそれでは流石に胃が辛い。

けれど食欲盛りのこの年頃において朝食を抜く訳にもいかない。

なので朝はこれくらいがやはりベストであろう。

そう思っていたのだが、何だろうか。

約4名程調子が悪そうな連中がいた。


「わーい魔王様の手作りだー!愛を感じちゃうな~!いっただきまーす!」


「……い、いただきます」


金髪よ、昨夜何があった。

エウロラは肌をツヤツヤさせているのに対し、貴様は頬がこけているではないか。

おいまさか、一線を越えてしまったのか!?その精気をエウロラに全て搾取されてしまったのか!?


「……いや違うんだ如月。萌音センパイの抱き枕にされちゃって、一睡も出来なかったんだ……」


いや、じゃあ合っているであろう。

抱き枕形態となった貴様は完全に精気を搾取されているではないか。

透けて見えるぞ金髪よ。

そしてこっちはこっちで何があった。

無能とただならぬ者が2人揃ってやつれている。

対して同じ3人部屋だった小坊主だけがピカピカ光っていた、ペンライトか貴様は。

何だ小坊主よ、年上好きなだけでなく両方イケる口であったのか。


「……違うんです如月さん。田中さんの歯ぎしりが少しだけ、激しく酷くて……」


どっちだ無能よ、少しなのか激しいのか。

まあ見れば分かる事ではあるのだが。

そして一番の問題はこのペアだ。

朝から何故か転校生が1人、ずっと頬を紅潮させているのだ。

貴様らは一体何があった。


「……違いますよシックザールさん。あーでも……いえ、その……ご想像にお任せします」


『だそうだ。まあボクらはボクらで愉しめたとだけ言っておこう』


ふむ、これ以上は年齢制限を設けていない以上表記は出来そうにないな。

反応と回答が意味深過ぎる。

とまあ二日目の朝はこのような感じで始まった訳なのだが、今日は何をするのかと言うと。

ああいかん。

尺の都合上、今日はここまでとする。

つづく——。

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