第33話 ラブコメ合宿4
うむ、まごう事なき寺だな。
寺感が強い和の建築様式。
ここはこの地でも有名な寺らしく、来訪者も少なくない。
何処に行っても人がいる、夏休みシーズンとは本当に賑やかなものだ。
まるで太陽と言う名の街灯に群がる羽虫の様ではないか。
ならば精々その短い寿命を堪能するがいい。
話は変わるが、寺と神社の区別がつかないのは俺だけであろうか。
いやきっとこの世界にはごまんといる事だろう、「寺なの?神社なの?問題」は深刻化を辿る一方だな。
そもそも神を祀ると言う事自体が気に食わん、俺は魔王だぞ。
貴様がもし魔族の頂点に立ったとして、神に祈ろうと思うか?
否であろう、やるべき事と言えば先ずは破壊の限りを尽くす。
その上で他者の不幸を存分に味わうのだ、それが魔王になった者の責務。
流れる血も涙も、深い憎悪も切望も、その全てを命ごと踏みにじる。
という考え方が一般的だったのだが、俺はそれをしなかった。
つまらんではないか、他者の存在に依存する事でしか味わえない欲望など。
俺は一ミリもブレる事はない、だから神にも他者にも依存する事など今後一切ない。
自分こそが至上であり至高、故に自分さえブレなければ他者からの悪影響など些細なもの。
負の思考など捨ててしまえ、連鎖しているなら尚の事。
結局ネガティブはネガティブしか呼ばんのだ。
考えてもみろ、他人を憎む事ばかりを24時間ずっと考えていたらどうなるか。
最悪タガが外れて殺人を犯すかもしれない。
当然の成り行きだ、そこまで自分を追い詰めるほど囚われてしまっているのだからな。
対して他人への負の感情ではなく、自分に対するプラスの思考を持ち続けたらどうか。
自分が志す理想を疑いもせずに求め続けたらどうなるか。
結果などは知らん、自分で見に行け。
だがそうやって心の軸が真っ当に機能していけば行く程に、幸運の方から自ずとやって来る。
少なくとも物事に対する感じ方は良い意味で変わるであろうな、明日から試してみるといい。
とまあ住職の言葉よりも為になってしまう魔王講座はこの辺にしておくとしよう。
俺が何故あれだけの窮地に至っても平然としていられるのか。
というかあの窮地は伝わったのであろうか、この魔王ですらあの状況の打開は不可能だったのだ。
まあいい、とにかく俺は何も心配はしていない。
何故なら相手がゼロ・クラウンだからだ。
奴は自身の美学にのみ従順で、尚且つ奴は嘘を嫌っている節があった。
よって言葉通り敵意ある行動は本当にしてこないと断言してもいいだろう。
けれど油断はならない。
確かにゼロ・クラウンは魔力に愛されていた、だからこそこの世界でも魔術を行使できるようになったのかもしれん。
だが奴が他の者に魔術の使い方を教えていない保証はないのだ、仮に他にも転生者がいたとしてそいつに教え込んでいたら。
もしもそいつが悪意を持ってこちらに接触して来たら。
使い手のレベルにもよるだろうが、対処は困難を極めるだろう。
そういう意味ではいずれ必要になるのかもしれんな、俺にもこの世界で魔術を使う方法が。
「……如月さん!?本尊に入ってはダメですよ!?」
考え込んでいた俺は無能の声で我に返る。
どうやら無意識の内に本尊、つまり本堂に色々と飾られている進入禁止エリアにて、座禅を組んでしまっていたようだった。
いかんいかん、これではまるで神に教えを乞うている様ではないか、まったく生き恥を晒してしまった。
俺はそこからさっさと出て、外に出た。
時刻は午後4時、日が大分傾いておりそろそろ皆も寺の掃除を終える頃合いだろう。
現在夕飯の買い出しに行っているメンバーと掃除メンバーの二手に分かれている。
俺は掃除もそこそこに境内へと向かう。
するとちょうど買い物メンバーが帰って来たところであった。
「あ、魔王様―!良い肉買えたよ~!」
エウロラがそう言って手を振って来た。
良い肉、うむ、良い響きだ。
きっと俺に相応しきサーロインであろうな、寧ろそれ以外に何がある?
そうして俺たちは全員、今度は調理に取り掛かるのであった。
下ごしらえをする俺の包丁さばきは華麗であろう。
いや今日の献立がカレーだから華麗なのではない、もうその題材は既に版権済みだ。
1人暮らしを始めてまだ間もないと言えばそうなのだが、これも俺の才能であろうか。
料理工程の全てにおいて俺は秀でていた正に料理皇帝、これは版権済みか?
今回は本格的にナンも焼くという事だそうで焼きたてナンじゃ、版権などどうでもいい。
そしていよいよ本日のメイン、サーロインなのだが……。
「……おい、何だこの肉は」
「ごめんなさいね。予算の都合上、鶏肉が手一杯だったの」
「いやいや、ナンて言ったらやっぱチキンカレーでしょ!魔王様も食べれば分かるって!」
買い物メンバーであった華恋とエウロラがそう言ってくるのだが、内心俺は非常にガッカリしていた。
何だこの持ち上げられた後に突き落とされたような感覚は。
サーロインを追い掛けて遥々俺はこんな喜びの頂上まで登って来たというのに、後ろから急接近して来た鶏もも肉によって崖から絶望の淵へと突き落とされたのだ。
最早歴とした殺人事件であろう。
許せんぞ、鶏もも肉よ……。
「うむ、美味いではないか」
「でしょー!?チキンカレーこそ正義っ!」
寺での食卓は案外いいもので、何処か懐かしい家庭的な雰囲気さえ感じる。
結局俺は仕方なくチキンカレーを食しているのだが、思いのほか美味い。
バターの香るナンとの相性もまた抜群に良く、これでは食欲が止まらんではないか。
今回俺たち男子が食材の下ごしらえをし、調理は女子が行った。
やたらと揃えられていたスパイスが気にはなっていたものの、これはまた市販のカレールーでは出せない味だ。
後で華恋に作り方を聞くとしようか。
「それにしても、まさかあなたがこんなに美味しいカレーを作れるなんてね。驚いたわ、本町先輩」
「ふっふーん!ま、あんたより女子力高いからねーあたしは!」
な、何だと!?
華恋ではなく、まさかのエウロラ作であったのかこのカレーは。
信じられないと思う俺とは正反対に、金髪は目を輝かせていた。
「お、俺、感無量っす!!萌音センパイの手料理が食べられるなんて!!」
「別にピアス君の為に作った訳じゃないんだけど」
「それでもいーっすよ!俺めっちゃ幸せです!」
「……ふーん?あっそ」
ん?何だこの流れるほのかに甘酸っぱい空気は。
もしかしてこの2人、何か進展があったのか?
そう言えばパンケーキ屋からそんな空気感だったな、ではその前の海で何かあったのか。
あんなに相手にしていなかったエウロラが金髪の存在を認め始めている。
ラブコメよ、貴様は何処までこの世界をラブに染め変えるつもりだ。
元の世界で人間どもを導いていた法皇機関の枢機卿、『アダラパッパ・ラブゥ』も顔を真っ青にしている事だぞ。
俺の知る由もない事ではあるが、こちらにまで魔の手が迫って来る可能性も最早否めない。
この魔王を脅かす天敵、今のラブコメにはそれくらいの勢いがあった。
『舞人君、どうしたんだい?やけに険しい顔つきをしているね』
おっと、そうであった。
俺はラブコメよりも直近で考えねばならない事案があったのだ。
「ヨハン、話がある。つき合え」
カレーを食べ終えた俺はそう言ってヨハンを寺の境内に呼び出した——。
『——なるほど、そんな事が起きていたのか』
大方の経緯を話し終えた俺はヨハンの見解を待っていた。
魔力とは本来、あらゆる生命に宿る超自然的なエネルギーである。
元の世界ではそれをコントロールして魔術を行使するのだが、この世界では微塵も魔力を感じられない。
それなのに何故ゼロは魔術を使用できたのか。
奴が言っていた生命力というものが作用しているのは明白だが、ならばそれを扱うには何が必要になるのか。
『魔力に関してはボクも仮説を立てていた。恐らく生命力とは魂由来の力であり、ボクら異世界からの転生者は初めから自ずと強い力を秘めているんだろう。簡潔に言うと身体の外側に表れるオーラがボクらの言う魔力だとするならば、魂の内側に眠っている不可視のエネルギーこそが生命力と言ったところかな。それが多様な才能として形に表れているんだろうけれど、本質的にはボクの想像を超えていたようだ。まさかこの世界で魔術を使える者が現れるとはね』
「ならば貴様でも使い方は分からんのか?貴様が喋れているのはその生命力というものを使っているからではないのか?」
『ふむ、特に意識した事はなかったな。もしも生命力とやらが何らかの魔術に変換されているのだとして、それをボクは無意識の内に行っていた。意図してやっている訳じゃないんだ』
なるほど、だがヨハンでも分からないとなるとお手上げだな。
やはり直接ゼロに教えを乞う方が手っ取り早いか。
だがそうなれば俺は奴の言いなりだ、気に食わんではないか。
まあいい、そこは一旦保留として。
となればもう一つ。
「では何者かによる罠とは何だ?俺は前世で一体何にハメられたと言うのだ?」
『その件に関してはアレス、君も不自然に思っていた筈だ。何故あの時、最終決戦が起きてしまったのか。魔王である君が人類との共存を働きかけていたにも関わらず、どうして人類はボクらの国に攻めて来たのか。多くの犠牲者を出してまでそんな事をする必要はなかった筈、なのに何故?人類“解放”神軍とは一体、何からの“解放”を求めていた?』
ふむ、そこであったか。
確かに俺はカレンを切っ掛けにして融和政策を行った。
魔国の者には人類側となるべく敵対させないようにし、多少なりとも人類国との接点も作った。
その代表例が法皇直属の和平推進機関『あいらぶぅ』の枢機卿であったのだ。
では一体何故、誰が魔国へ攻め込むように指示を出したのか。
カレンは在り得ない。
奴は勇者だったが、勇者も意思決定は殆ど許されていなかった。
となると権限の大きかった機関が俺を裏切ったと考えるべきか。
「貴様は誰の仕業だと考える?」
『それはボクにも分からない。言えるとすれば人類側に戦争を誘導した者がいたのは確か、精々それくらいだね。けれど今はステラがいる、彼女に軍が何を目的にしていたのか聞いてみるのがいいだろう』
確かにそうだな。
だが何故だろう、そうしたところで真相に辿り着けないような気がしてならないのは。
もっと深くまで根が這っているように思えてならないのは、何故なのだろうか——。
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