第32話 ラブコメ合宿3


前世で俺がまだ生意気なガキ魔族だった頃、ある日偉大なる魔王グランセル・バイオレンスはこう言ってきた。

「いいか小僧、女はケツだ。ケツは口ほどに物を言うという言葉があるように、女もだいたいはケツで判断できる。……な?バイオレンスだろう?」

結局俺は一晩中考えてみたが、一体何がバイオレンスだったのかとうとう解らなかった。

何故今になってこの言葉が蘇ってきたのか、俺にも分からない。

言ってしまえば何も分からない、俺は誰だ?魔王だ。

うむ、それが分かるなら安心だ。

さて、1人で海に来たはいいがこの後はどうするか。

戻るのも何だか気まずいな、そう思っていた俺に背後から声が掛かる。


「海、初めてなのよね?好きになれたかしら?」


華恋はそう言ってそのまま俺の隣に立った。

海が好きかと言われても、何とも言い難いな。

だがこの圧倒的な広さもそうだが、迫力のある波の音には正直驚いた部分でもある。

均一ではないが一定間隔の波のリズムが心を宥めるようで、まあ確かに悪くはないのかもしれない。


「自然とは壮大なものだな。都会での生活で久しく忘れていたが、俺も魔王時代は自然には世話になったものだ」


魔術とは即ち、超自然的なエネルギーを自らの魔力で操作するものである。

ならば一番恩恵を受けていたのは自分だったのかもしれないと、不思議とそんな風にも思った。


「そうね、あなたは特にそうだったのでしょうね。あの最終決戦でもあなたは……間違えたわ」


「ん?何だ貴様、まるで俺の魔王時代を知っているような言い方をしおって」


「き、聞いたのよ木島先輩に。男子って夢があっていいわね」


夢ではない、事実だ。

そうは思うも転生者にしかこの言葉は通じんからな、それは自分の両親で良く分かっている。

だから俺は大して気にもしなかったのだが、華恋は平静を装っているつもりの様だが酷く動揺しているのが分かった。

何だと言うのか、高校生にもなって夢を見過ぎている俺がそんなに滑稽であろうか。

だが滑稽がどうして動揺に繋がる。

俺は華恋に疑念を抱いたので問い掛ける。


「何だ華恋、最近の貴様は時折態度がおかしくなるな。何かあるのか?」


「……。」


今度は下を向いて黙り込んでしまった。

一体何だと言うのだまったく。

暫しの沈黙。

波の音と騒がしい平民どもの声が響く中で。

やがて覚悟を決めた様にして華恋はこちらに向き直り、俺に真っ直ぐ視線を合わせて来る。


「……ねえ、如月君。私、あなたにずっと黙っていた事があるの。実は私にも前——」


「待て華恋!そうか、そういう事であったか!」


「え……?」


それに気づいた俺はすぐに華恋の両肩を掴んで身体を反転させ、後ろを向かせる。

華恋は不思議に思いながらも素直に従っており、俺は躊躇いもせずにスカートを捲ってその気付いてしまった決定打を指摘する。


「やはりそうか!華恋よ、貴様の尻は安産型であったか!貴様は体型に似合わず尻が大きめなのを気にしていた!貴様の態度の急変はそれによる心理的ストレスだな!なるほどな、グランセル・バイオレンスが言いたかったのは女性特有の悩みの部分であったのか。ふむふむ」


「……。」


ん?何だ?華恋の身体がプルプルと小刻みに震え始めたぞ。

すると振り向きざまに華恋は手のひらをこちらに向けて思いっきり振り払った。

それが俺の左頬にクリティカルヒットしてパチーン!と一際大きな音を響かせた。

そのまま華恋は去って行き、残された俺は最早こう言うしかあるまい。


「……ふっ、バイオレンスだな」


と——。




着替えを済ませた生徒会一行は寺に行くのもまだ早かった為、皆で甘味処を目指していた。

どうやらエウロラがどうしても行きたかった所があったようで、俺たちはバスで移動してその場所に向かっている。

ビーチから割と近い所にその店はあり、乗り継ぎもなく二つほど停留所を跨いで俺たちは直ぐにたどり着いた。


「ここここ!グルメサイトでも星4越えのめっちゃ有名店!なんでもパンケーキがすごいんだって~!」


ダイニングカフェ『もしよろしければ』。

ううむ、店名に違和感しか覚えんな。

これはアレか?何らかによるギャップを狙っているのか?

外観はまさにお洒落であった。

レンガ調の西洋風な建物で旗などが飾られており、住宅街の中にあるのでそれがより一層目立つ。

店の外に設置された看板にはオススメメニューが書き込まれていて、どれも中々の良い値段がする。

となればやはり、店名が足を引っ張っているとしか思えない。

まあいいか、これは考えたら負けなやつだ。

そう思い俺は店内へと足を踏み入れた。


「らあぁっっっせええええええええ!!!」

「「らっせーーー!!!」」


「な、何だ!?敵襲か!?」


余りの大声に俺は身構えるも、どうやらそれはいらっしゃいませを短縮した言葉だったようだ。

だがダイニングカフェでその勢い余る活気はどうなのだろうか。

通り過ぎであろう、声が。

いや通り過ぎて騒音であろう、最早叫び声だ。

だが気にした素振りもなく他のメンバーは普通に店内へと入って行った。

何だ?この活気は俺だけにしか聞こえないとでも言うのか?

納得のいかない状況ではあるのだが、仕方なく俺も後に続く。


「どれにしようかしら」


「会長!このトロピカルパンケーキとか美味しそうですよ!」


華恋と小坊主に倣い俺もメニューに目を通す。

パンケーキ一品で5500円、相場は本当に合っているのだろうか。

反対側の席では金髪とエウロラが相談し合っていた。


「いやー迷いますね。センパイ、どれがオススメなんすか?」


「え~、あたしだったら王道のホイップパンケーキかなー。あーでもピアス君はこっちのメープルね、一口ちょーだい」


「いーっすよ。如月は決まったか?」


何だ金髪の奴、いつの間にか元に戻っているではないか。

それに何だかエウロラがやけに素直に金髪の相手をしている、いつもあんなに軽くあしらっていたのに、何があった。

まあいいか、深く考えないのが俺の持ち味でありアイデンティティーでもあるのだ。

俺はそう考えを切り替えてメニューに向き直る。


「ふむ、では俺はこの——」


「っっっせえええええええええ!!!」

「「っせーーー!!!」」


……ふむ、耳がキーンとするな。

何なのだこの店の異常な掛け声は、クレームは出ないのか?

だが周りを見渡しても誰一人反応もしていない。

これがこの土地での普通なのだろうか。

コイツらでさえ何も動じていない、俺が過敏になっているだけなのか。


「……如月?どうかしたか?」


「いや、貴様らはうるさく感じないのか?」


「は?何が?」


何が、とは何を指しているのだろうか。

まさか本当に俺にしか聞こえていないとでも言うのか?

先程からおかしな点ばかりだ、これはもしかして何者かによる感覚系統侵食魔術を使用されている?

ふっ、まさかな。

この世界では魔術など使えん、それは確固たる事実だ。


(——それは真か?そなたには感じられんのか、この世界にも魔力に近しいエネルギーは存在しているのだぞ?)


「誰だ!?」


俺は思わず立ち上がり、周囲に目を向ける。

だがそれらしい人物は見つけられない。

何だ今のは、間違いなく精神系干渉魔術だぞ。

直接相手の意識にメッセージを送る、魔国では頻繁に使われていた基本形の魔術だ。

魔術を極めたこの俺が間違える筈もない。


(そうだ、そなたはよく知っておる魔術。妾が使い方を教えてやってもよいぞ?)


「貴様は誰だ!魔国の者であろう、何が目的だ!何故この世界で魔術が使える!」


「……おい如月、どうしたんだよ?」


金髪がそう言ってくるも今は相手にしている余裕はない。

これは今世において初めての窮地と言っても過言ではないのだ。

正体不明の何者かがこちらには使えない魔術を使ってきている、これほどの不利な条件も他にない。

今攻撃系の魔術を使われれば、俺たちは間違いなく全滅するだろう。

一気に切迫感に襲われた俺の頬を嫌な汗が伝う。

一時たりとも気は抜けない、そんな緊張感に包まれる。


(ふむ、そなたは剣術が得意であったな。ではその剣術は果たして才能が全てか?そこの子犬が喋れるのは、ただ転生した事だけが理由か?そなたらは無意識に使っておるのだ。生命力と言う名の、内なる魔力をな)


「……なるほど。合点はいくが、まだ貴様の名を聞いていない」


(ふっ、妾の名か。そなたもよく知っていよう。妾はゼロ・クラウン、始まりの魔王にして魔を統べる者)


やはりと言うべきか。

最も危険な奴がこちらの世界に転生していたと言う事だ。

だが目的は何だ。

何故わざわざこちらに手の内を見せる様な事をする。


(安心せよ、今そなたらを攻撃するつもりはない。妾はただ遊び相手が欲しい故、そなたらにも力の使い方を教えてやろうと思ったのだ。どうだ?興味が湧いたであろう?)


「……ふっ、この世界は基本ラブコメで構成されているのだぞ?貴様の言いなりになどならん」


(……そうか。では一つだけ教えておいてやろう。そなたはいずれ、何者かの罠に掛かる。前世でもそなたはその者にハメられたのだ。この意味、きっとそこの子犬なら理解できるであろうな。ではまた、相見えようぞ——)


交信が途絶えた。

切迫感から解放された俺は椅子に座り、思考を巡らせる。

だがまあ整理するには一度に得た情報が多過ぎるな。

俺は一旦考えるのを止め、後でヨハンに経緯を説明する事にした——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る