第31話 ラブコメ合宿2


なんだこのしょっぱさは。

海水がここまで塩分を含んでいるとは思わなかった。

ここまで塩味があるのであればパスタが美味しく茹でられる。

なるほど、この地の名物のしらすパスタはそういう仕組みを敷いていたのか。

注文が入る度に鍋に海水を汲んで店に戻り、それを沸かしてパスタを茹でて提供する。

下っ端は海と店の往復となり、文字通り体力勝負になろうな。

この炎天下だ、やがて道半ばで下っ端は倒れ伏し、その天命を全うしていく。

奴は最期にこう言うだろう。

「一度でいいから、しらすパスタの完成形を……見て見たかったなぁ——」

自分がどういった物を作らされていたのかも知らずに、奴は命を落とした。

けれど生まれ変わったその時にはきっと、奴は出会えるのだ。

しらすパスタという名の、パスタに。


ふむ、過酷な物語であったな。

料理の道は厳しいと聞いたが、まさかここまでとは。

そんな事を思いながら海の浅瀬にいた俺にビーチボールが飛んでくる。

俺はそれを綺麗に打ち返して今度はそれがエウロラに飛んでいく。

予想以上に剛速球になったボールをエウロラが受けられる筈もなく、反射的に身構えていた。

まあビーチボールくらい当たったところで何でもなかろう、そう思っていた俺だがエウロラを庇う形で金髪が弾き返した。

中々反応が良いではないか金髪よ、先程までの沈黙は何処へ行ったのか。


「あ、ありがとうピアス君!」


「……いえ、だいじょぶっす」


何だ、やはり雰囲気がいつもと違うな。

どうした金髪、魔王であるこの俺でさえ心配になってくるではないか。

俺たちはこうして今4人でビーチボールで遊んでいる。

俺と金髪にエウロラと華恋だ。

ヨハンは転校生と泳ぎ対決をしているし、小坊主はただならぬ者と砂浜で城を建築している。

奴め、まだ城が足りぬか。

無能は早々にレジャーシートアンドパラソルと言う結界の中に引き籠っており、最早そこから出る気はなさそうだった。

まったくもって自由だな、自由を謳歌している。

まあいい、貴様らはいずれ社会という名の荒波に揉まれ精神をすり減らしながら生きていく事になるのだからな、あそこにいる無能教師のように。

精々今の内に満喫するといいだろう、青春などあっという間に過ぎてしまうのだから。

ん?まるで知っているような言い方だと?うむ、ラノベやマンガによくそう書いてあったからな、あそこにいる無能教師の哀愁も物語っている。

さて、そろそろ腹が減ってきたな。

海の家は混んでいるので並ばないと入れまい。

俺は皆に視線を配り促す。


「そうね、そろそろお昼にしましょうか。火野先生にも伝えてくるわ」


「じゃああたしはヨハン様とひよりちゃんを呼びに行ってくるね~!」


そう言って華恋とエウロラがそれぞれの方へ向かって行った。


「……田中たちには俺が行くよ」


そう言った金髪を俺が引き留める。


「待て。貴様、今日はどうしたと言うのだ?何故そんなあからさまに暗い」


「……別に、そんなつもりねーけど」


そんな言葉を残して金髪も歩いて行った。

何だ、奴は何が気に食わんのだ。

おのれ金髪め、もどかしくなるではないか。

ん?恋?この感情は、恋なのか?

俺は金髪にまで恋をしてしまったと言うのか。

いや待て待て、何でもかんでも色恋沙汰に変換するのはラブコメの悪い癖だ。

悪癖だ、害だ、最早損害賠償を求めたい。

ラブコメよ、決して貴様の思い通りにはならぬからな。

俺はそう決意して海の家へと歩き出した——。




ようやく入れたのは、並んでから30分程経ってからか。

俺たち9人は大きめのテーブルを二つ使って座っていた。

注文は既に済まし、俺は暑い中での醤油ラーメンを選択した。

学食の婆のラーメンがしばらく食せないからな、そういう意味でも貴重な一食はラーメンにするべきであろう。

隣にはいつも通りエウロラが座っているが、珍しく華恋は俺とは違うテーブルにいる。

金髪も向こうの席だ、まったくこの俺を煩わせおって。

早速俺は提供されたラーメンを啜る。

うむ、中々に美味いではないか。

シンプルなスッキリ系の醤油でこの丁度いい塩梅の塩味が夏の潮風と相まって心地いい。

口の中に広がる鶏ベースのスープが鼻から噴出される度に、豊かな幸福感を感じさせる。

ん?違うな、鶏ベースのスープの香りが鼻から抜ける度に、豊かな幸福感を感じさせる。

ふむ、食リポの才能を自分に感じてしまうな。

何をやらせても才に溢れている、流石は世界最強の魔王と言うべきか。


『美味しそうに食べるね、アレス。ボクもラーメンにするべきだったかな』


「やらんぞ?これは俺のラーメンだ」


「魔王様せこいよ~?あたしの焼きそば一口あげよっか?だからラーメン一口ちょーだい!」


「やらん。俺は焼きそばは専門外だ」


俺はそう言ってズルズル啜り続ける。

それはもう見せつけるようにしてな。


「む~……。それよか、ひよりちゃんも転生者なんだって?じゃあこのテーブルちょうどみんな転生者なんだねー」


「そのようですね。あれ?でもカレン様は——」


「ごほんっ!!ひよりちゃんさー、ヨハン様に告られたってホント?ヨハン様、ガチ恋なの~?」


何だ今、転校生が何か言っている途中だったような気がしたが。

まあいい、エウロラよもっと言ってやれ。

俺はこの駄犬のおかげでラブコメに脅かされるようになってしまったのだからな。


『ああそうだよ。ボクはステラを愛している』


「……真面目な顔して何を言ってるんですか。そもそもグリモワールは今世では犬なんですよ?私に異種交配でもしろと?」


「ぶっ!!……ひよりちゃん、すごい事言うね。でもそうだよヨハン様、せめて人間じゃないとひよりちゃんを幸せには出来ないでしょー」


『ふむ、財政力なら問題ないけれど。ステラは人間じゃないと愛せないかい?』


「……まあ私も前世では異種族のハーフでしたから、そこまで抵抗がある訳ではないですけど」


何だこの会話は。

結局ラブい展開に引っ張られているではないか。

おい誰かまともな発想を持てる奴はいないのか。

両親にはどう説明する。

役所にはどう通す。

貴様らが同じ墓に入れると思うのか、いや墓はいいのだったか?

ええい、ならば俺が言ってやろうではないか。


「貴様らは阿呆か。犬と人が結婚できる訳なかろう。法律上認められんぞ」


だが俺のまともな見解に対してヨハンはこう言ってくる。


『アレス、ボクは形式上に囚われるつもりはない。君だって心の中では解っている筈だ。認められない関係性であろうとも、認めざるを得ない気持ちと言うのは芽生えるのだという事に』


「貴様は、何を言って——」


『ボクは知っているよ。君には前世に想い人がいたのだろう?決して相容れてはならない想い人が』


「……俺は」


何を言っているのか、けれど何も言い返す術がないのもまた事実。

いたたまれなくなった俺は立ち上がり、1人海へと向かった——。




——魔王様が何処かへ行ってしまった。

あたしはそれを追い掛けようとも思ったが、間髪入れずに華恋が行ってしまったから動き出せなかった。

下を向いてしまったあたしに、ヨハン様が言ってくる。


『すまないねエウロラ。だがアレスにはあれくらい言わないと響かないんだ』


別に謝罪の言葉なんていらない。

欲しいのはいつだって、魔王様の……。


「……ちょっと海で涼んでくるね」


あたしはそう言って1人で海側へと歩いて行った。


人が多いな、うるさいな。

あたしは1人で砂浜に座っていた。

途中何人かの男に声を掛けられたが、全部無視して追い払った。

あたしはこんなとこに来てまで何をやっているのだろうか。

せっかく生まれ変わってせっかく魔王様にまた会えたのに、あたしのやっている事は全て無意味なのだろうか。

無価値なのか、あたしの生そのものが。

そんなネガティブな考えが浮かび続け、振り払っても振り払っても何処までもついて来るようで。


「……なんで来たの?」


「……さあ、なんでっすかね」


あたしの隣に座って来たピアス君は、今日一日今のあたしくらいダークだった。

それくらい分かっていた、けれど原因は知らない。

だいたい今人の心配をしている余裕なんてない、だからあたしは離れようと思って立ち上がった。


「……萌音センパイ、まだ如月の事好きなんすね」


「はぁ?当たり前じゃん。あんたにはあたしがそんな軽い女に見えんの?」


八つ当たりだ、そんな事も分かっていた。

だってコイツがあたしの痛いとこを突いて来たのだからしょうがない。

でもピアス君は立ち上がってこんなあたしに向き直り、誠心誠意想いをぶつけて来る。


「俺、最近ずっと考えてました。萌音センパイはどうしたって如月が好きだし、きっと俺の想いなんて迷惑でしかないんだって。でも俺は萌音センパイに対しての、この気持ちの諦め方を知りません。萌音センパイだってそうなんでしょ?如月が違う人を好きだからって、諦める理由にはならないんでしょ?俺だって、センパイを諦めたくないよ……」


ああ、そうか。

あたしはコイツに同じ苦しみを与えていたんだ。

知らぬ内にあたしもまた、ピアス君を追い詰めていた。

原因は、あたしだったのだ。

でもだから何だと言うのか、魔王様が決して振り向いてくれない様にこっちだって振り向いてあげる必要なんてない。

あたしはあたしの想いを大事にしたい。

なのに、なんでかな。

あたしはピアス君を映し鏡にして自分を見ている様な気持ちになった。

これまで諦めずに想い続けてきた自分を慰めてあげたくなって、気付いたらあたしはピアス君を抱きしめていた。


「えっ……!?萌音、センパイ……!?」


「……勘違いしないで、あたしは魔王様が好き。でも今は、ちょっと浮気したくなっただけだから。気の迷いだから」


たぶん自分に言い聞かせていたんだと思う。

だからまたあたしは魔王様を追い掛けるんだ、こんなところで諦めてたまるか。

いつかきっと、心の底から笑ってやるんだ。

あたしは素直にそう思った。


「……ねえ、足になんか固いのが当たってるんだけど」


「……生理現象っす。もう勘弁してくださいセンパイ、みんな見てるし……!」


締まらないなーと思いながらも、あたしはピアス君を解放してあげるのだった——。

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