第30話 ラブコメ合宿1


夏×海×青春=合宿はラブコメの王道行事と言っても良いのではないか。

果たしてこの作品はラブコメなのか?いやラブコメであろう。

そして主人公は大抵ハーレムを満喫する定番の……いや誰がラブコメの主人公だ。

ラブコメの定義などどうでもいい、俺は魔王である。

圧倒的な存在、世界最強の魔族。

俺が右を向けと言えば全ての者が右を向く、絶対的な支配者であり凄まじいまでの貫禄。

つまりこの世界が俺について来れないだけであって、俺こそが世界の中心なのだ。

そう、それが俺の中の常識であり当然の成り行きだったのだが。

何故こうなった。

夏休みももう中盤に差し掛かったこのタイミングで。

俺は今生徒会合宿に参加する為に電車に揺られているのだが、俺の座る席の両隣が暴君の姫君たちなのだ。

姫君は少し言い過ぎたかもしれんな、女帝で良かろう。

またか、と思うであろう?俺もだ。

まったくこの2人はどうしてこうも俺の隣に座りたがるのか、理解し難いな。

エウロラもエウロラだ、何故こうも俺に付き纏う。

前世でそんなに俺の統治が気に食わなかったのだろうか、どう考えても普段の貴様の行いは好意から逸脱しているであろう。

華恋も華恋だ、前回の流れからどうしてこうなる。

何だ、貴様の方は何が気に食わんのだ、前髪か?俺の分けている前髪くらいしかもう思い浮かばん。


「魔王様っ!楽しみだねー合宿!……あっ、どうしよう!魔王様とエロい展開になったらどうしよう!」


「そうなればもう貴様は海の藻屑となっているだろうな」


「如月君?私も今回、奮発して可愛い水着を買ってみたの。是非感想を頂きたいわ」


「感想も何もない、ただの布に対して俺は感想を抱かん」


そんな事を言ってのけた俺だが、両サイドからは頬を膨らませた反感のジト目が送られて来ている。

ええい煩わしい、もっと落ち着きというものを持てんのか貴様らは。

高校生にもなって電車内ではしゃぐな、みっともない。

幸いまだ人はまばらで余裕を持って俺たちは腰掛けていられる訳だが、この鬱陶しい席位置を誰かに代わって貰いたいものだ。

だが誰もこちらを気にしていないようで、小坊主はただならぬ者とワイワイやっているし、ヨハンは何だかんだ転校生と喋っている。

聞こえる内容からすると現地での勝負ごとについての話であったが。

けれど唯一、金髪だけが1人沈黙を貫いていた。

耳にワイヤレスイヤホンを装着して腕を組み、目を閉じたまま微動だにしていない。

何だアイツ、珍しいな。

行事ごとに一番飛びついて来ると思っていたのだが。

そして今回、生徒会合宿と言う事で顧問の無能眼鏡までもが来ていた。

無能は今、うわ言のようにこう呟いている。


「……ああ、胃が痛い。私の胃、2泊3日も持つのかしら……」


プロローグとしてはこんなところだ。

まあ夏イベントにプロローグも大して必要なかろう。

そんな風に思う俺もやはり油断していたのかもしれない。

まさかこの生徒会合宿で、あのような事態になろうとは——。




現地に着いた。

真夏の日差しが刺さる様で肌に痛みすら感じる。

匂うのは潮風と屋台の食べ物の数々と、太陽と人の熱気による熱っぽさ。

俺たち生徒会一行はたった今、目的地である海に辿り着いた。


「イエーイ!あっそぶぞ~!」


「わあ!人がいっぱいですね!」


『ボクらも行こうか、ステラ』


「私との勝負を忘れないでくださいね、グリモワール」


皆思い思いに感想を述べて走り出す。

それを見ていた引率係の無能も慌ててついて行った。

俺たち生徒会一行は今回、部活動などで世話になっている住職の寺を借りて宿泊するのだとか。

午前中はこうして海で遊び、夕方に掛けて寺の掃除をし、夕飯は自分たちで料理をする。

1日目の予定はまあざっくりこんなもんだ。

生徒会が合宿をする必要性もなのだが、まあ秋は行事が多いし俺たちの公約も実現の為にプランを詰める為でもあった。

それはいいのだが、3日の内恐らく半分は遊びの時間で消えるだろうな。


まったく、この世界は相変わらず平和だ。

楽しむ事を生きがいにして生きていけるのだから、平和以外の何物でもない。

ここが魔国であったならば、常日頃命を脅かされるのだぞ。

弱肉強食の世界は24時間ノンストップ、楽しむ余裕などそうはない。

まあ俺ほどの強者になれば話は別だが。

命を脅かされる心配がないからな、何せ俺以上の存在などそうはいない訳であるのだから。

……いかん、要らぬ事を思い出してしまった。

確かに俺は世界最強ではあった。

だがそれは“彼女”が寿命で死んだからそうなった訳であり、それまでは現職の魔王が最強という訳でもなかったのだ。

つまり何が言いたいのかと言うと、唯一この俺でも勝てるかどうか分からない元魔王がいた。

偉大なる魔王グランセル・バイオレンスもそれなりの実力者ではあったが、違う。

その者の名は『ゼロ・クラウン』、初代魔王にして最凶最悪と呼ばれた魔族の頂点だ。

奴は女の身でありながらも戦いにおいては魔術を全く使わない事で有名だった。

必要がないのだ、魔力そのものが奴の味方をしてしまうのだから。

だから奴が剣を振り払えば自然と魔力が反応し、その方向一帯を全て無に帰す。

ここだけを言えば暴君だとか暴れ者のように感じてしまうかもしれない。

だが奴は基本的に戦わないし人間でいう所の女王的な人格の持ち主であった。

自身の美学を最も重んじ、剣を振るうなど俺は一度くらいしか見た事がない。

実際振るう必要もなかった、指を弾いただけでも大抵の相手を死に至らせてしまうが為に。

当時の俺はまだ名もなく、当の昔に隠居した奴には挑む事すら出来なかったのだが。

魔術を極めた俺の最盛期と魔力に愛された奴の本気、果たしてどちらが強かったのか今となっては知る術もない。

そんな物思いに更けていた俺に華恋が寄って来る。


「如月君、どうしたの?合宿は嫌だったかしら?」


「いや、そうではない。少し昔を思い出していてな」


「……そう。さあ、私たちも行きましょう?」


そう言った華恋の手に引かれて俺も海水浴場へと足を進めるのであった。




夏の海は賑やかだな、見渡しても人だらけだ。

俺は海に来るのは初めてであり、前世でも海を知らずに生きて来た。

知識の上では知っている、しょっぱい水が寄せては返すはた迷惑な広さのダムであろう。

ダムンダムン!と波が押し寄せてくるのはやはりダムだからだ。

ダムの定義は何だったか、確かジ〇ン軍が開発したビームバズーカを装備する宇宙用機動兵器、いやそれはリック・ダムだったな。

いかんいかん、今はガンダムン!の話に引っ張られている場合ではない、人混みの中で奴らとはぐれない様にしなければならないという点なのだが。

……早速はぐれてしまった。

さっきまで隣を歩いていた華恋は何処へ行ったのか。

仕方ない、一先ず俺は誰でもいいから生徒会のメンバーを探す事にする。

おのれこんな時に陸上用ドム、間違えた。

陸上用ダムが在ったならば苦労もないというのに、何故俺がわざわざこんな炎天下の中を歩いてまで探さねばならんのだ。

まったく、高校生にもなってはしゃぐからこんな事になるのだ。

一言言ってやらねば気が済まん。

そう思い歩いていた俺は幾人もの人間とすれ違いながらも、一瞬懐かしい気配を感じ取った。

古巣であった魔国の匂いに近いような、そんな郷愁が脳裏を過る。

ふと振り返るも特に怪しい奴はいない。

今のは何だったのか。

そんな風に立ち止まっていた俺に声が掛かる。


「あ、いたいた魔王様―!も~、迷子になるとかいくつなのー?」


くっ、まさかこの俺がエウロラ如きに馬鹿にされるとはな。

見ると全員揃っており、皆既に水着姿になっていた。

うーむこれを説明するのか、せねばなるまいラブコメな訳だしな。

エウロラは大胆な黄色ベースの三角ビキニで、転校生は清純系な白のワンピースタイプの水着、華恋は若者らしい黒のレースアップとフレアスカート。

ちなみに無能眼鏡は赤のチューブトップビキニにガウンを羽織っている。

いや無能よ、モジモジしてる割に目立つ色だな。

男子連中も全員着替えていたので仕方ない俺も水着になるとするか。

そう思い俺は着ていたシャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外して徐に下ろした。


「ちょっ!えっ!?何急に脱いでんの魔王様!?」


「ん?安心しろ、海パンなら既に履いている」


「……まったく、小学生じゃないのだから」


何だ華恋まで、何か間違えたか?

海とは水着になって入る場所ではなかったか。

まあいい、俺はそのまま堂々と海へ向かうのだった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る