第29話 華恋の決意
何時の代だったか、魔国インヴェルーグでも大きく名を残した偉大なる魔王『グランセル・バイオレンス』はこう言った。
「お米がないのなら、お餅をつけばいーじゃない。……ああ、バイオレンス」
お餅をつく為のお米がないのだが誰もそれを指摘できず、結局は米の栽培が魔国でも必須となった訳だが。
何故こんな話から入ったのかと言うと今俺と華恋は小坊主の家兼城に来ており、出された茶菓子が高級な和菓子の数々なのだ。
魔国の魔王城で餅を語る魔王がいたように、こんな立派な西洋風の城でも和菓子は出されるものなのだなとつい感慨深くなっている今日この頃。
ふむ、だが和菓子も美味いな。
味は一級品だろう、至高の数々がだだっ広いテーブルにこれでもかと敷き詰められている。
3人で食せる量ではないとは思うのだが、まあこれが金持ちなりの客に対してのマナーなのかもしれない。
問題もさしてなかろう、何せ華恋は食欲に関しては俺以上の逸材なのだからな。
けれど俺の予想に反して華恋は礼儀作法を心掛けているようで、あまりバクバク口にはしていなかった。
華恋も女性、恥じらいを持つという事か。
そんな風に見ていた俺に華恋が視線を向けて来たので、自然と目が合う形となった。
「なあに、如月君?もしかして、私ががっつかないのが不思議だとでも思っているのかしら?」
「まあそんなところだ。食っておけば良かろう、小坊主も遠慮するなと言っていたのだから」
「そうですよ会長!全然食べちゃってください!」
ほら見ろ、小坊主もこう言っているではないか。
何を遠慮する必要があるのか、俺なら当然の配下からの感謝の意だと解釈して容赦なく食すというのに。
それともあれか、極貧生活が板につき過ぎて作法が分からないから迂闊に手を出せないのか。
だが和菓子に大した作法もあるまい。
そんな俺の疑念をどう受け取ったのかは分からぬが、華恋が一息ついて俺たちに言ってくる。
「……あのね2人とも。私に気を使ってくれるのは嬉しいのだけれど、これでもいわゆる社長令嬢だったのよ?それなりのマナーは持っているわ」
「な、何だと!?貴様は生まれながらの貧乏人ではないのか!?」
「そう思われても仕方のない事なんでしょうけれど、貧乏になったのは高校に入学した時よ。それまでは父が大手IT企業の社長をしていて、それなりに裕福だったの。けれど不祥事を被せられてね、倒産してしまったの。母にも見放されて兄も家を出て、生活は大変だけれど私はそんなに不幸だなんて思っていないわ。だから気遣いは無用よ」
衝撃も衝撃だ。
元金持ちからの転落人生とは波乱万丈街道まっしぐらではないか。
貴様は何処へ行くつもりだ華恋、その街道は何処へと繋がっている。
或いはその波乱万丈列車は貴様を乗せて何処へ向かって行くのか。
そのレールの先には何がある?宇宙?銀河鉄道は今でもスリーナインか?
まあとにかくそんな事を思っていた俺に華恋が付け足してくる。
「ふふっ、如月君。あなたと言う面白い逸材にも出会えたしね。だから私は幸せよ?」
「……。」
何だその眩しい笑顔は。
出会えて幸せだと?貴様は俺にプロポーズでもしているのか。
いかん、また意識し始めてしまったではないか。
今日は何でもなかったというのに。
それもこれもヨハンが悪い、アイツが余計な事さえ言わなければこんな色恋沙汰の様な考えには至らなかったのだ。
くそ、一体俺はどうしたと言うのか。
これは精神系干渉魔術ではない、どちらかと言うとエウロラの惚れ薬にも近い感覚。
いや違う、魂が喜んでいる様な——。
「違うぞ華恋!貴様はとんだ思い違いをしている!」
「え?何かしら?」
「貴様は俺に出会えて幸せなのではない、生徒会のメンバーに恵まれて幸せなのだ!」
「……そ、そうね。ごめんなさい、私ったら凄い発言をしてしまっていた様ね……」
どうやら自分の言っていた言葉の意味を取り違えていたようだ。
今回ばかりは俺が正しかった。
だが微妙に気まずくなった俺たち2人は何となく反対方向を互いに向いてしまう。
それはそれでまた意識してしまっているようで落ち着かないのだがな。
そんな一連のやり取りを見ていた小坊主が何を思ったのか、余計な事を言ってくる。
「あの、会長も魔王様も気づいてないのかもしれませんけど。お二人ともとっくに好きバレしてますよ?」
「何を言ってるの!?」
「何を言っている!?」
「え!?す、すみません!でも他の生徒会メンバーもみんな知ってるから……」
金髪に続いて貴様もか小坊主!
この俺がこんなちょっと優秀でちょっと見た目がいいだけの女にだと?
自分でも知らず知らずの内に惹かれていたという事か?
おかしい、絶対に間違っている。
俺は魔王だぞ、せめて超大企業の敏腕女社長とかであれば分かるかもしれんが。
俺は華恋の方を向く。
すると華恋もこちらに視線を合わせて来た。
何だその期待と不安が混じり合っていそうな顔は。
やめろ、俺に期待を寄せるな。
堪らず俺は椅子から立ち上がり、2人にこう告げる。
「悪いがそれはない。俺には心に決めた女がいるのでな」
そう言うも、もう俺は華恋の方を向く事が出来なかった。
今どんな顔をしているのか、見たくない気分になったのだ。
そうして俺はこの場から去るのであった——。
——私は何を期待していたのだろうか。
彼が去って行く後姿を目で追いながら、素直にそう思った。
そもそも私は彼が好きなのか、それすらも自分では良く分かっていない。
ならば何を気にするまでもない、そう思うのだけれど割り切らせてもくれない。
私は今、どんな顔をしているのか。
彼には既に私以外の好きな人がいると知った今、どうしていけばいいのか。
分からない。
考えが巡り巡る、グルグル回る。
頭が痛くなりそうでありながら、反面涙は一滴たりとも流れないのが不思議で。
どれくらい固まってしまっていただろうか、私は田中君の言葉で我に返る。
「あ、あの、会長……。だ、大丈夫ですよ!魔王様も照れ隠しで言っただけですって!」
照れ隠しの割には明確な答えだったように私には感じられた。
田中君が元気づけてくれようとしているのは分かっているけれど、沈んだ心はそう易々と浮かび上がっては来ない。
私が彼を好きだったならば、私は彼にフラれた事になるのだから。
そんな私を案じてくれているのか、田中君が一生懸命に言ってくれる。
「魔王様も素直じゃないですからね!天邪鬼というか、嘘はつかないけど」
ほら見た事か、嘘がないのなら彼には本当に別の想い人がいる証拠ではないか。
ああ、私は何を言っているのだろう。
田中君に当るなどお門違いもいい所。
これでは生徒会長失格どころか、人としても失格だ。
どんどん思考に落ちていく私を、田中君は必死に繋ぎ止めてくれた。
「会長は美人ですから!魔王様も振り向かない訳ないですって!それに——」
突然区切られた言葉に、初めて私の視線が動いた。
「魔王様って人を名前で呼ばないんですよ、エウロラとかヨハンとかゲームっぽい名前は言うんですけどね。ちゃんと名前で呼ぶのって会長に対してだけなんですよね」
「え……」
本当に?私にだけ?でも、どうして?
そこに大して意味はないのかもしれない。
でも私も前世では散々諦めの悪い日々を送って来た。
虐げられても暴言を吐かれても、なりふり構わず生き抜いたのだ。
今この身体を通うのは別の遺伝子なのだとしても、魂では確かに強い信念を持っている。
カレン・ローライトとしての鼓動が確かにあるのだ。
「……ありがとう、田中君。おかげで思い出せたわ。私、——勇者なの」
「へ……?そう、なんですか……?」
私は椅子から立ち上がり、決意を言葉にする。
「ええ、決めたわ。私は最後まで戦う、例えこの心が朽ち果てる事になろうとも」
強い信念は私を何処まで連れて行ってくれるのだろうか。
それはきっと神のみぞ知る事であると同時に。
きっと私自身が決める事でもあるのだ——。
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