第28話 魔王の思案


夏休みに入って一週間が経過した。

俺は特にやる事もなくずっと部屋でくつろいでいた。

大きめのソファーに腰かけたまま、着替えもせずボーっとしている。

大型のテレビも買ったはいいがそんなに頻繁につける訳でもなく、スペースだけを取られている様な気分にもなってくる。

だがクーラーはいい、空調設備は人類でも最高の仕事をしたと言っていいだろう。

魔国にはなかった代物だからな、というか人間の国にもなかったんじゃなかろうか。

そうか、この世界と元の世界とでは文明レベルが変わってくるのだ。

魔術こそ使えはしないが、その代わり生活環境は別格で発展している。

世の人間どもよ、この快適さに感謝しろ。

貴様らは優遇された時代に生きている事を忘れるな、でなければいずれこの俺が魔国送りにしてやるぞ。


まあいい。

話が逸れたが、この夏休みに入って外出したと言えば一度だけ源十郎の家に行ったくらいだ。

だからこの期間自体退屈と言えば退屈なのだが、それ以上にこんなにも長い間誰とも会わないと言うのも不思議な感覚であった。

元々は生徒会に入るつもりもなく、そもそも誰かと関りを持つ事すら願い下げだったのだ、ならばむしろ不思議なのは今か。

俺は変わったのだろうか、良くも悪くも人間色に染まってきているという事になるのか。

勿論魔王としての自我はブレないしそこをブレさせるつもりは毛頭ない、俺は唯一無二の魔王に相応しきポテンシャルの持ち主だから仕方あるまい。

現在時刻は午前6時、物思いに耽るには少々勿体無い時間帯ではあるが。

だが直近での驚くべき出来事は、やはりヨハンの突然の告白だな。

アイツは臆する事もなく言い切った、まったくナルシストはこれだから困る。

いや俺が困るような事ではないのだが、何だろうな。

アイツは清々しい程の直球勝負をした、対して俺はどうだ。

前世で俺は何も勝負をしなかった。

確かに裏でフォローはしたつもりだ、始めはカレン・ローライトを娘のように思っていた節があったからな。

だが何時からだろうか、カレンが成長していくにつれて俺にはまた別の感情が生じていた。

奴と直接喋るような事はなかったが、見かける度に強く惹かれていくような感覚が確かにあった。

俺の魂が震える様な、衝動にも近しい何かが、確かに。

そんな事を考えていた俺はスマホのメッセージアプリの通知音に気付く。


「……ふむ、まあたまにはいいか」


俺はその内容に従い、早速出掛ける準備に取り掛かった——。




空は快晴、気温は上昇中。

八月初めの気温は高くこれでもかというくらい日差しは強く、外出するには熱中症を注意せねばならないくらいには暑い。

今俺は小坊主と金髪、そしてただならぬ者を含めた4人で駅前に来ていた。

目的も特になく、たまには一年の野郎だけで集まって遊ぼう的なラフな集いである。

俺としては家でのんびりクーラーの効いた部屋でくつろいでいたかったのだが、珍しく金髪が主催でせがまれた為にやむを得ずこの場に居るのだ。

せがまれてはいないな、割とあっさり承諾した様な気もする、まあいい。

時刻はそろそろ昼時を迎える。

これまでは本当に街中を喋りながらブラブラしていただけであったので、そろそろ昼食がてら何処かに入ろうかと討論を繰り広げている真っ最中であった。


「バーガー屋にしよーぜ。金もそんな使わないで済むしさ」


「ダメだよ神山君!一食一食をもっと大事にしないと!あそこのレストランにしようよ!」


「……すみません、夏なのに自分はラーメンが食べたくてすみません」


何処だっていい、とにかくこの暑い中いつまでも外に居たくはない。

そう思う俺なのだが、話し合いは一向に決まらず時間だけが過ぎていき、とうとう俺に矛先が回ってくる。


「じゃあ如月に決めてもらおうぜ。如月は何処がいい?」


「何故俺が決めねばならんのだ。貴様らでさっさと——あれは」


言い掛けて気付いたのだが、ちょうど目に入ったスターターバックスと言うカフェにて働いている従業員が1人。

明らかに知っている顔がその店の制服を着ていた。

華恋だ。

白のワイシャツに緑色のエプロンを着用し、長い髪は一つに結ってある。

傍から見ても丁寧に接客し、他の従業員に指示している姿は、さながらバイトリーダーの貫禄か。

模範的な接客力が見て取れる程、華恋の所作は様になっていた。


「あ、会長ですね魔王様!スタタバでバイトしてるなんて凄いなぁ!」


小坊主もそれに気づき言うのだが、ふむ。

アイスコーヒーに軽食か、まあそれも悪くはないのだが。

権限は俺に来た、なので提案どころか決めてしまってもいいのだが、何だろうかこの違和感は。

そうだ、まるで俺が華恋に会いたいみたいではないか。

会いたくない訳ではない、だが会いたいかと問われるとそれも少し違うような気がしている。

では別の場所にするか、だが目撃してしまった以上無視するのも違うような。

ええい俺らしくないぞ、何をグダグダ考えているのか。

そんな逡巡を経ていた俺に金髪が止めを刺す。


「いこーぜ、如月。会長も頑張ってんだから応援くらいしてやったっていーじゃんか」


「……まあ今日の主催は貴様だからな。貴様がそう言うのであれば仕方あるまい」


「ははっ、素直じゃねー奴だな!」


そうして俺たちはスタタバの店のドアを開けるのだった。


店内はそこまで混んではおらず、夏休みと言えど暦上は平日だからか席はポツポツと空いている。

一人客がメインなのかカウンターが広めに設置されており、店内もウッドベースのオシャレな雰囲気だ。

外食を殆どしない俺でも見慣れたロゴマークが目に入ってくる、だがそれより何より食い物が気になる所。

外からでも少しばかり見えたがフードメニューはパン類が多いか、というかパン類がメインだな。

ショーケースに並べられたそれらの中でも真っ先に目が行ったのがキッシュ、あれは美味そうだ。

ふむ、それとチーズケーキも食すべきか、或いは王道そうなドーナツ類か。

余程腹が減っていたのか店内の匂いに触発されているのか、空腹感が刺激されて敵わん。

そんな中で俺たち4人を案内する為にホールを忙しく回る華恋がやって来た。


「いらっしゃいま——」


入店早々フリーズした華恋。

何だ、気まずいではないか。

俺を凝視するな、そしてパサッ!と持っていたダスターを床に落とすな。

やはり来るべきではなかっただろうか、そう思っていた俺に代わって金髪が言う。


「会長、お疲れ様っす!4人なんすけどいーっすか?」


「え、ええ。ごめんなさい、少し動揺してしまったわ。どうぞこちらの席へ」


何とか立て直した華恋に案内されるままに、俺たちは4人掛けの丸テーブルへと腰かけた。

さて、何と声を掛けるべきか。

いつもなら何と声を掛けていただろうか。

ん?おかしいな、セリフが上手く出て来ないぞ。

俺は華恋へと視線を向けるも言葉を詰まらせてしまう。


「私がバイトしているの、意外だったかしら?今のオススメはこちらの……如月君?」


何故か俺は視線を逸らしてしまった。

何だ今日の俺は、やたらと華恋を意識している。

何か心当たりがあるかと聞かれれば、ないと断言できるほど何もない。

いや、一番それらしい出来事と言えばやはりヨハンの突然の告白だろうか。

だがそれも俺が華恋を意識する理由にはならない。

だったらこの様は何だと言うのだ、精神系干渉魔術を掛けられた?敵か?

いや魔力の痕跡などない、というかこの世界に魔力は存在しない。

ならばこのざわつく気持ちは何なのか、解せない。


「会長!僕スタタバ初めてなんですけど、注文は会長が取ってくれるんでしょうか!?」


「いいえ、注文はあちらのカウンターでお願いしているわ」


「会長、ここでのバイト長いんすか?だいぶ手慣れた感じっすけど」


「ええ、高校に入学してすぐに始めたから二年目ね」


何やら楽しそうにやり取りをしているな。

それに対して俺は今自分が何処を向いているのかもよく分かっていない。

それくらい考え込んでしまっていたようだ。

ふむ、熱中症にでもなったのだろうか。


「ではみんな、ごゆっくりね」


「会長も頑張ってください!」


どうやら華恋は業務へと戻って行ったようだ。

一旦落ち着くとしよう。

だが金髪は俺の異変に気付いていたらしく、お節介にも声を掛けてくる。


「如月、どうしたんだよ?珍しいじゃん、お前が黙りこくっちまうなんて」


「魔王様、熱中症ですか!?」


おのれ小坊主め、同じ発想をするな、屈辱だ。

俺はそれに対して何と返すべきか思案する。


「……まあ何だ、華恋も俺の知らん顔を持っているのだなと思っただけだ」


そう精一杯当たり障りなく返したつもりだったのだが。

金髪は金髪でそこにこう回答を導き出す。


「お前さ、ずっと前から思ってたけど。会長の事が好きなんだろ?」


「……は?」


俺が華恋を好いている、だと?何を言っているのだコイツは。

この魔王である俺が、たかが人間の女に恋をするとか何の冗談だ。

認めるべきなのは、俺が愛せる女など元の世界でさえたった1人だけだという事である。

それなのに何故こんな人間世界の人間のガキ相手に恋心を抱くと言うのか。

確かに最初は華恋の姿を見て勇者かとも思いはしたが、実際は違った。

あの高圧的で神秘的な雰囲気が何もない、これが答えだ。

……いや、待てよ。

それもこれも全てあちらの世界では存在した魔力から来るものだとしたら。

神秘的な勇者特有の雰囲気が、勇者特有の魔力から来るものだと仮定したならば。

俺の漆黒の魔力に相対する青く煌めく魔力、あれがそもそもの雰囲気を作り出していたとしたならば。

こんな魔力もない世界でそれを感じ取る事など不可能ではないか。

もしもカレン・ローライトが俺と同じく、こちらの世界で普通の人間に転生していたらどのような姿だったのか。

もしかすると俺はとんでもない勘違いをしていたのか?

……まさかな。

そんな都合が良すぎる解釈は身を滅ぼすだけだ。

何より華恋が自分は勇者だと言ったか?

一言も聞いた事がない、つまり転生者ではないという事ではないか、そもそも隠す必要がないのだから。

だから何も考える必要もない、何も。


「金髪よ、貴様は大きな勘違いをしているようだな。俺が普通の女性に恋をする事など在り得ん」


「え……、男色系ってこと?まあ多様性の時代だから否定はしないけど——」


「そうじゃない。俺は魔王だ、それに見合った優秀な——」


「はいはい、とりあえず頼みにいこーぜ」


おのれ金髪め、俺の言葉を遮りおって。

だがまあ確かに腹は減ったな。

俺は皆が立ち上がるのに従い、カウンターへと向かった。

結局食べたのはキッシュとチーズケーキだった訳だが、中々に美味かった。

男子トークをしながらもその日は何だかんだ有意義な一日になったと言ってやってもいいだろう。

けれど何処か心に違和感が残ったのは気のせいだろうか。

きっと気のせいだと思い、その後俺たちは解散しそれぞれ帰宅するのであった——。 

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