第27話 両手に炭水化物
明日から夏休み。
生徒会活動もこの夏休み前に行われる全校集会を最後に、一旦の休暇が挟まれる訳だ。
晴れて自由の身。
と言う程の苦行が強いられていた訳ではないが、俺もそれなりに夏休みは満喫するべきだと考える。
予定?そんなものいくらでもある。
例えば、そうだな。
いくらでもあろう、いちいち挙げていたらキリがない。
全校集会では学長の有り難いのかよく分からん言葉を聞き、生徒会からは当然会長の華恋が挨拶をした。
学年主任だか何だかの爺も喋っていたが、全くもって耳に入らない程退屈なものであった。
まったくこの世界の人間はよく喋る。
口ではなく実力を示せ、それなら少しは理解もしてやろうというものだ。
まあそんな事は些末な事である、この後俺たち生徒会メンバーは学校から近場のファミレスで打ち上げ会なるものをやるのだからな。
外食など久しく食していない。
ふむ、何を食べるべきだろうか。
授業もないので最後にホームルームを終え、俺たちは学校という名の監獄から解放される。
だがその前にやるべき事があった、生徒会室の整理整頓だ。
俺は一年メンバーを引き連れて生徒会室を訪れる。
今までは金髪と小坊主だけだったが、先日からは転校生と気配を消せるただ者ではない者の2人が追加されていた。
1つのクラスから5人が生徒会というのもバランスの悪い話だな、まあ内2人は手伝いではあるが。
生徒会室では既に華恋とエウロラ、そしてヨハンが片づけを行っていた。
俺たちもそれに加わり、さっさと終わらせる事にする。
「ふぅ、これで最後かしら」
華恋のその一言が終わりの合図となり、俺たちは全員一息つく。
プリント整理などの仕事が大半だったので大した作業ではなかったが、これで夏休み前最後の仕事が終わった。
俺はすぐに生徒会室を出て全員を促す。
「早く行くぞ、時間がもったいないのでな」
「魔王様、楽しみすぎるでしょ~?そんなにあたしとランチ食べた——」
「貴様は置いていく」
俺はエウロラの発言をそう切り捨ててさっさと歩き出す。
さて、ファミレスは何が美味いのだったかな。
出来れば家であまり作れない物がいい。
となるとパスタ、オムライス、カレー系は除外して狙い目はハンバーグか或いはステーキ。
何せ牛肉は高いからな、滅多に買う事が出来ないのだ。
さてさてどうするか、そんな事を考えている俺に小坊主が近寄って来る。
「あの、魔王様!夏休みのどこかでまた僕んちに来ませんか?お父さんがまた友達を連れて来なさいって言うものでして……」
何故その程度の話をするのにいちいちモジモジするのか。
まあ暇だしそれくらいはいいだろう。
そう思い返答しようとしたのだが、華恋が小声で割り込んで来た。
「私もお邪魔してみたいわ。田中君、いいかしら?」
「ぜ、ぜひ!わぁ、会長が来てくれるなんて夢のようです!」
何故か話が勝手に進んで行く気もするが、まあいいだろう。
そんなやり取りをしていた俺たち3人はいつの間にか他のメンバーに先を越されており、逆に金髪がこちらを促してくる。
「おーい3人ともー!早く行かないと店混むぞー!」
仕方ない、付き合ってやるとするか。
そうして生徒会メンバー一行は目的地のファミレスへと赴くのであった。
混んでいる。
入店は出来たがかなりギリギリのラインだろう。
昼時ともなると主婦層がやはり目立つか、中にはサラリーマンが1人で来店もしているが。
まあ時間は十分にある訳だから何も問題はないのだが。
それよりも解せんのは、何故この席位置になったのか。
4人掛けのテーブルを2つ繋げて使っている訳だから、自然と4人4人の対面式となる。
なるのだが片側には金髪、小坊主、ただならぬ者、ヨハン。
それに対面する形でエウロラ、俺、華恋、転校生が順に座っている。
いや魔王である俺は当然上座であろう、何故よりにもよってコイツらに挟まれているのだ。
というか飲食店はペット禁止ではないのか、何故ヨハンが堂々と入店をしている。
誰かこれらの疑問を抱けるようなまともな奴はいないのか。
すると俺の想いが届いたのか、転校生が声を上げる。
「ていうか、グリモワールは入店しちゃダメですよね。店員さんに怒られるのは私たちじゃないですか」
よし、良く言ったぞ転校生。
中々見所があるではないか。
ついでにこの席順にも疑問を抱いて——。
『ボクは犬だ、けれど魂は魔族。つまり今のボクはケルベロスにも似た存在。この世界の人間がケルベロス相手に向かってこれると思うかい?これは魂レベルの話ではあるが、少なくとも今現在ボクに面と面向かって言える者はいない。それが答えさ』
何を真犬顔で言っているのかコイツは、俺の内心での言葉を遮ってまで。
ケルベロスがそんなマルチーズのような小型犬の筈がなかろう。
まあいい、俺はさっさとメニューを開く。
ふむ、どれにするべきかと悩んでいると両隣がいちいち声を掛けてくる。
「ねー魔王様~、これ美味しそうだよね?これにする?」
「如月君、これなんていいんじゃないかしら?これはどう?」
何故店員でもない貴様らが俺にオススメをしてくるのだ。
やはり鬱陶しいぞこの席順は。
予想できたとは言え強引に椅子に押し込められてしまった時点で俺にはどうする事も出来なかったのだが。
いや小坊主、指を銜えるな、羨ましそうな顔で俺を見るな、何なら代われ。
けれどこの状況に水を差してくれたのはまたしても転校生であった。
「……カレン様ってもっと高貴な方でしたよね。いつからそんなメス顔全開キャラになっちゃったんですか?」
「ち、違うのよステ……ひより。如月君は1人暮らしをしていて外食に慣れていないの。だから——」
「外食に慣れてないのはあんたもでしょー?極貧貧乳さん?」
エウロラが茶々を入れた。
ああやはりこうなってしまったか。
もう俺は知らん、全て聞き流そう。
そう思い腕を組んで目を閉じた。
「……あら、あなたもいらしてたのね。てっきり家が近いからもう帰ったのかと思っていたわ」
「あんたもよく来れたね金ないのに!何食べるの~?何か食べれるの~??金ないのにっ!」
「ご想像にお任せするわ。けれどあなたは食べ過ぎない方がいいわね。カロリーの取り過ぎが身体に表れているもの。何ならその脂肪を少し燃やしてあげましょうか?随分と火が着きやすそうな身体付きですものね」
「はぁ?男受けはあんたよりも断然いいから~!ゴメンねー格差感じちゃうよね~!断崖絶壁のあんたの胸じゃ目も当てられないからさ~。何ならあたしが奢ってあげよっか?可哀そ過ぎて涙出てきそうだわ~!」
はぁ、最近は大人しかったと言うのにどうしてこうなるのか。
女という生き物は相変わらず分からんな。
このバチバチの間に挟まれている俺の身にもなれ。
まあいい、俺はさっさとメニューを決める事にする。
よし、やはりサーロインステーキにしよう。
魔王である俺にはピッタリであろう、部位もさながら肉料理の王と言っても過言ではない。
昼間から出費は激しくなるのだが、ファミレスなど1人で来るのもまだ困難であるからたまにならよかろう。
そう思い俺はメニューを閉じた、のだが。
「……何故こうなった」
俺の前には今、パスタとオムライスが並べられている。
サーロインステーキは頼めなかった、いや頼ませて貰えなかった。
もちろん両隣の暴君たちによって。
「魔王様、美味しそうだねパスタ!やっぱファミレスはパスタだよねっ!」
「如月君、ここのオムライスはSNSでの評判も良かったの。きっと絶品よ」
……誰もこの2人の横暴を止めてはくれずに、結果こうなった訳なのだが。
小坊主が俺の頼みたかったサーロインステーキを美味そうに頬張っているその表情が、何よりも許せない俺なのであった——。
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