第26話 ファイト!


放課後、俺たちは体育館をジャックした。

ヨハンにかかればそれはいとも容易く実現できる。

コイツの頭部には一体何が詰まっているのか、犬の脳などさして興味もないがついそう思ってしまう。

まあ恐らく他の正規利用をしている部活動連中はきっと買収されたのだろう、顧問ごとな。

人の意思すら金で買い取れると思っているこの成り上がり犬に、どうか痛い目を見せてやって欲しい。

そう俺は転校生に念じるのだが、果たしてそれが届いたのかどうか。

だが今にも始めそうな転校生の戦闘態勢は、俺から見ても中々様になっていた。

隙がなく、かと言って構え過ぎてもいない。

素人にはよくある話だが、力み過ぎると柔軟性に欠いて瞬発力が落ちる。

とは言え何も力を入れなければ全身の筋肉の機能が落ちるのだ、如何にバランスが取れるかどうかで戦う前から実力は見て取れるものなのである。

良い線を行っているのは間違いなく、流石は人類解放神軍のメンバーを語っていただけの事はあった。


だが相対するのはヨハンだ。

犬であろうとも武術を会得した奇想天外で奇天烈なモンスター、そう易々と勝てる相手ではない。

奴は前世でも実力を持ちながら、尚且つ狡猾であった為に誰も勝つ事が出来なかったのだ。

まあ最強である俺は別だが。

けれど時の魔術というのもまた厄介であった。

時間をずらしたり戻したり進めたり止めたりと説明するには少し難しい部分も多いが、阻害要素としては他の追随を許さない圧倒さ。

まあ最強である俺には通用しないが。

これがもし因縁の対決だと言うならば、転校生もそれは重々承知の筈だ。

勿論魔術は使えない、だがヨハンのやり口は確かに知っている筈。

中々の見物になるかもしれんな。


『それでは舞人君、始めてくれ』


「良かろう。では、——開始!」


ルールは空手に則った方式を採用した。

寸止めにはなるが突きでも蹴りでも、綺麗に相手へと攻撃が通れば1ポイント。

先取5ポイントで勝利とする形となる。

ただし場外は今回採用していない。

つまり体育館内であれば何処まで行っても続行扱いとする。

というか読者どもよ、今転校生のスカートが捲れないか心配になったであろう。

安心しろ、転校生は今スカートの下に体操着を着用している、っていちいち俺にこんな低俗な説明をさせるな。

では審判に戻ろう。

まあ、何だ。

状況を簡単に説明すると、あちこちで衝撃音が生じている。

動きの速い2人は瞬時に移動し、拳と肉球をぶつけ合い、また移動するを繰り返す。

だがどうやら転校生は突きよりも蹴りの方が得意らしく、足技の方が際立っていた。

回し蹴りの回転力や威力も勿論の事ながら、特筆すべきはその流麗さ。

軸がしっかりしているからこその安定感、蹴り終えた後の隙を最小限にする動きの滑らかさ。

華恋の動きに近しいものがあるか、女性ならではのしなやかさが特に目に入ってくる。


だがそれを軽く捌いているヨハンも流石と言う他あるまい。

何たら神拳の免許皆伝は伊達ではないと言う事だ。

その小さな身体の何処にそんなパワーが在ると言うのか。

戦況は、そんな科学的根拠から逸脱したモンスターがやはり優勢であった。


『大丈夫かいステラ?少々息が上がっている様に見えるが』


「余計なお世話ですね、私はあなたに勝つまで諦めませんよ?」


そうして衝撃音は加速する。

転校生の蹴りは激しさを増し、手数も一層多くなる。

対してヨハンもそれに合わせるように動きを速め、肉球が風を切る音を立て始める。

互いに譲らぬ戦いは未だ1ポイントも生み出す事が出来ずに、時間だけが過ぎて行った。

これは時間制限を設けるべきだったなと、俺は今更ながらに後悔し始めたこのタイミングで。

転校生が綺麗に回し蹴りをヨハンの顔面に見舞ったのだった。


「一瞬鈍くなりましたねグリモワール、見逃しませんよ?」


『ふむ、やられたよステラ。君は強くなったね』


……なるほどな。

今ヨハンはわざと隙を作った。

俺がそれを見誤る筈もなく、だからこそ気になるのはその動機だが。

ヨハンめ、何を企んでいるのだ?

そうして転校生が先にポイントを先取して試合は続行される。

だがこれまでの余裕が嘘であったかのように、ヨハンは次々とポイントを取られていった。

決して転校生の動きが良くなった訳ではない、ヨハンが手を抜き始めたのだ。

すぐに0対4に追い込まれたヨハン。

負けず嫌いの奴がわざわざ自分を追い込むとは、一体どういうつもりだろうか。

そしてとうとう最後に転校生が5ポイント目を取った。

試合終了。

何とも呆気ない幕切れではあったが、ヨハンは欠片も気にしていないようだ。

だが転校生の方もやはり納得いかなかったようで、文句を口にする。


「……なんで手を抜いたんですか?私に同情でも?」


『いいや、そうじゃない。ボクは同情した訳ではなく、ただ君を称賛したかっただけだ。君はボクに勝つ為に努力をしてきた、それはとても理解できたからね』


「私は自分の力で本気のあなたに勝ちたいんです。所詮、魔族のあなたには理解できないでしょうけど」


うむ、それはそうであろう。

魔族だって勝つ事こそが生きがいなのだ、それはヨハンだって当然知っている。

ならば別に理由があるのは最早疑いようもなかったのだが、俺はここで自分の耳を疑った。


『解るさ。だってボクは前世から、——君が好きなんだよ、ステラ』


「……え?」


何だ、この展開は。

背中が急に痒くなってくる、そんな雰囲気が漂い始めたぞ。

マルチーズに告白された転校生は、さてどう反応するのか。

だがどうにもいつものヨハンらしくない。

前世でも自ら女性に好きだと公言した事などなかったのだ。

ヨハンは基本、相手に好きと言わせる事に長けていたからな。

だから盟友であるこの俺でも流石に理解が出来ない。

もしかして、これはヨハンの真意なのだろうか。

企みも何も本当になくて、ただ純粋な想いをぶつけた?

俄かには信じられんな。


『ステラ、君はボクを憎んでいるのかもしれない。前世での君の母親には悪い事をしたと思っているよ。だがこの気持ちは本物だ。ボクは君に出会ってから前世でも今世でも、君を想わなかった日はない』


「何を、言ってるんですか……?だって前世でも戦った仲でしかないじゃないですか……」


『それでもボクは君に惚れた。これは紛れもない事実なのさ』


はぁ、俺はもう戻ってもいいだろう。

そう思い1人体育館を後にした。

後は2人で好きにやってくれ。

けれどその2人があっさりと俺の後について来る。


「何だ貴様ら、イチャイチャしていれば良かろう」


『残念ながらアレス、彼女はそう簡単に靡かない。それでもボクは諦めるつもりはないけどね』


「ていうかシックザールさんもグリモワールも魂は魔族な訳ですから、人間に興味なんて抱くものなんですか?」


「時と場合による」


そんなやり取りをしながら俺たち3人は生徒会室へと戻った——。




一先ず俺は収まりを見せたとだけ皆に伝え、先ほど転校生に呑ませた条件をここで説明する事にする。


「よく聞け貴様ら。この転校生にはここを案内する代わりに、生徒会を手伝わせる約束を取り付けてある。今足りていない広報の穴に埋めるべきだと俺は考えてな」


ふん、俺も中々に生徒会が板について来たな。

何だかんだぶっ飛んだ余興はあったが、自分を褒め称えてもいいだろう。

そしてコイツらも俺をさぞ褒め称える事であろう。

そう思っていた俺の考えとは反して、場は静まり返っている。

なんだ、何が気に食わなかったというのか。

すると華恋が俺に言ってくる。


「……手伝ってもらえるのは有り難いのだけれど、ついさっき生徒会を手伝いたいと言う子が来て広報役が埋まったところなの。こちら一年生の山田君よ」


「……ど、どうもややや山田です……すみません」


何だと!?というかコイツ、気配を消す事が出来るのか!?

俺は一切この眼鏡を掛けた小坊主よりも背の低い中学生を満たすか満たさないかの外見をした少年を感知できなかったのだ。

コイツ、中々の手練れかもしれない。

まあとにかく今の問題はそこではないな。

けれどここで転校生自らが提案をしてくる。


「ではカレン様。私はシックザールさ……いえ、如月さんのお手伝いをしたいと思います。クラスも同じで席も隣ですから、分からない事があればすぐに聞くことも出来ますし」


「え、ええ。そうね。あなたがそれでいいなら、生徒会としては有り難いわ」


「はい。では今世でも宜しくお願——」


「さあ始めましょうか!今日の議題は何だったかしら!」


とりあえず無事に着地点へと落ち着いたようだ。

相変わらず声がいきなり大きくなる華恋ではあったが、まあいいだろう。

そうして2人ほど人数の増えた生徒会室で、今日の会議が行われるのであった——。

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