第25話 転校生の思惑


昼休みに入って昼食を済ませ、俺は中庭のベンチに来ていた。

今日は転校生のおかげで教室の席が騒がしくて堪らん。

その点、やはりこの場所は落ち着く。

今日はいつものメンバーもここには来ておらず、久しく1人で過ごせるようだった。

だったのだが、何故こうなったのか。

落ち着いて数分も経たない内に、転校生が1人でここへ来たのだ。

今、俺の座るベンチの間隔を空けて反対側に座っている。


「……はぁ。何故来た?前世の思い出の話し相手が欲しいのか?」


「どうしてそう思うんですか?」


俺の疑問は、転校生の疑問で返された。

理由などない、言葉の成り行きだ。

ただ1つだけ、わざわざ聞かなくても分かる事があった。


「貴様は人類側だったのだろう?名は知らんが俺の配下には貴様の様な奴はいなかったからな。そして貴様は俺の正体を知っているのだろう。俺に近づくのは私怨からくるものか?」


俺のセリフを聞き入っていた転校生は、無表情のまま真っ直ぐに前だけを見ていた。

やがてその閉じていた口を開く。


「……如月さん。いえ、魔王アレス・シックザールさん。あなたの言う通り私は人類解放神軍のメンバーでした。シックザールさんとは直接関りはありませんでしたが、私は確かにあの最終決戦の時あの場にいたんです。けれど私はシックザールさんの盟友、ヨハン・グリモワールに敗れました。単刀直入に聞きます。あの男、グリモワールは今——」


そこでこちらに顔を向け、転校生は快活な笑顔を向けて来た。


「——この学校にいるんですよね?会わせてもらえませんか?」


突然、優等生な口調から何処か気の抜けたあどけない口調へと声色を変えた。

まだ良くこの人物が掴めないが、どうやら二面性がありそうな気がしてならない。


「何故それを知っている?貴様はアイツに何の用だ?」


「シックザールさんならお判りですよね?グリモワールがかつて、世界中の女性たちに何をしたのか」


俺は友を裏切るつもりはない。

が、確かにアイツ自身も結構女性問題を抱えていた。

これは因果応報な気配がする、そう直感が告げている。

だから俺は隠すような事はしなかった。


「いいだろう。その代わり条件がある」


「条件ですか?めんどくさいのは嫌ですよ?」


そうして俺は提示した条件をのませ、生徒会室へと案内するのであった——。




生徒会室にて。

転校生を連れて来た俺は、何だか居心地の悪い視線に晒されていた。


「え、どゆこと……?魔王様、その女、何……?」


「如月お前、可愛けりゃ誰でもいいのかよ……」


何だこの理不尽な勘違いは。

俺はこの転校生の為にここへ連れて来たというのに、誰もそれを理解せんとは。

だがそれ以上に理解できなかったのが、華恋の反応だった。


「あ、あなたは……」


華恋の呟きに転校生が気づき、そちらへと声を掛ける。


「あ、カレン様じゃないですか。お久しぶりですねえ」


「何だ貴様ら、知り合いか?」


俺の言葉をどう受け取ったのか、華恋は口を開けて目を丸くさせている。

何だ?会いたくなかった奴なのだろうか。


「え、えっと……。いつかにお会いしたわね、名前は何だったかしら……?」


何やらたどたどしい様子の華恋。

珍しいな、こんな不可解な姿など見せない奴の筈だが。


「え、忘れちゃったんですか?軍の二番手のステラ・ドラ——」


「日本人!あなた日本人よね!?なら日本人としての名前が知りたいわ!」


いきなり声を上げるものだから、俺はついビクッとなってしまった。

何だと言うのだ、今日のコイツは。

転校生に対しての反応が明らかにおかしい。

なので俺は華恋を注視する。

すると華恋も何やらこちらをチラチラ見てきていた。

俺に何か関係がある事なのか?よく分からんな。


「あー、そうですよね。星崎ひよりです。みなさん宜しくお願いしまーす」


相変わらず気の抜けた様な素振りで話す転校生。

どうやらこちらが素のようだ。

そして転校生は空かさずお目当ての人物を探し始める。


「あれ?シックザールさん、グリモワールは何処ですか?」


『ああ、ボクだよ』


何と自ら白状したヨハンが椅子から立ち上がる。

こちらも相変わらずマイペースだなと思う俺を他所に、話が進んで行く。


「え……?犬が喋った……?」


『ボクが犬に見えるかい?それはそうだろう。何せ今世のボクは、犬だからね』


「え、あのグリモワールが犬?うそ……。ぷっ、あははっ!あの女誑しのキザ男が犬!?ちょっ、待って……ふふっ、お腹痛いよー……」


『笑ってもらえて光栄だよ、ステラ』


そんなやり取りを見ていた俺たちは、何となく気まずい空気になっていた。

俺はてっきりヨハンがキレるかと思ったのだが、案外余裕がありそうで一安心。

そしてすっかり置いていかれている金髪が俺に訪ねて来る。


「なあ、グリモワールとかステラって何だ?ゲームでの知り合いとか?」


「まあ、ゲームではないな。遠い異国での話だ」


「へー。やっぱ帰国子女ってすげーな」


何やら金髪が盛大な勘違いをしているようだが都合がいい。

誰も覚えていないだろうが、ヨハンは帰国子女設定だ。

とりあえず金髪にはそう思ってもらう事にして、問題はここからどう話を決着させるかだが。

それは転校生の意志1つで決まる事であろうな。

俺は暫く様子を伺う事にする。


「ふふっ。……ねえ、グリモワール。私が誰だか分かってるんだったら、いちいち言わなくてもいいですよね?」


『そうだね。君の言いたい事は、ある程度分かるよ』


そうして2人はそう言い合った後、同時に行動を起こした。

突然の動きであった為、俺も反応が遅れて2人を目で追い掛ける形となった。


「へぇ、犬と言えど流石はグリモワールですね。空手五段の私の突きを素手で受け止めるなんて」


『ボクは椀々神拳(わんわんしんけん)の免許皆伝だ。及び肉球に関しての専門アドバイザーでもある』


そうして2人は拳と肉球を交え始めた。

おい誰かやめさせろ、衝撃音がうるさくてかなわん。

すると華恋が転校生に対してストップを掛ける。


「ステ……ひより、やめなさい。ここは学校の生徒会室よ」


「……はーい」


なんだ、いつもの華恋ではないか。

先程までの挙動不審っぷりは何だったのか。

だが収まりはしたものの、転校生はその戦闘意志を解くつもりもないようでヨハンに言う。


「グリモワール、私と正々堂々勝負をしてください。勝ち逃げは許しませんよ?」


『いいだろうステラ、ボクは逃げも隠れもしない。では舞人君、今から体育館を借りるから立ち会ってくれ』


また面倒な事になったな、まあ転校生を連れて来たのは俺なのだが。

雲行きは未だ怪しいけれど方向性は大分変って来たな。

そんな事を思いながら俺たち3人は移動するのであった——。

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