第23話 大人気、ガルドール
今日は土曜日の休日。
今週は色々あったせいか、何となく俺は疲れていた。
結局前回の一連の騒ぎは金髪が何とかその場を収め、後日俺たちに誠心誠意謝罪して来た。
人騒がせではあったがまあ良かろう。
俺も今更責任追及しろなどとは思わぬし、今回浮き彫りになった問題はむしろそこではないのだから。
何者かの何らかによる明確な悪意。
随分と姑息な手を使うなとは思うが、真っ向から挑んで来れない軟弱者に俺は大した危機感を覚えない。
だからその件に関しては一旦保留となったのだった。
それはそうと、今俺が何をしているのかと言うと。
ズバリ言おう、暇だから散歩をしている。
全くもって暇であり、疲れているとは言え家でボーっとするだけなのも疲れるのだ。
少なくとも俺は何かをやっていなければ落ち着かない。
だが実際、源十郎の家に行くぐらいしかやる事がないのは致命的だなと。
そんな事を思いながら俺は近所の公園を通過しようとした。
のだが、異様な光景が目に飛び込んで来た。
「人体模型のおじちゃん!おれたちと一緒に遊ぼうぜ!」
「ダメだよー!人体模型のおじちゃんはわたしたちと遊ぶの!」
『これこれ、ケンカはダメだべさ。順番に遊べばいいだべ』
「……。」
俺は何も見ていない事にした。
午前中の公園で動く上に喋る人体模型が子供たちに大人気というこの状況、正に「混沌」と呼ぶにふさわしいだろうか。
休みの日にそんな意味の分からん世界に巻き込まれてたまるものか。
だからもう一度言おう、俺は何も見ていない事にした。
なのに声を掛けられてしまう。
『あ、魔王様だべ!オイラだ、ガルドールだべよ!魔王様も一緒に遊ぶべか?』
「遊ばん、俺は今忙しい」
そう断りを入れたというのにも関わらず、ガルドール(通称ゴリアテ)は俺の進行方向を塞ぎ、強引に俺の手を握って来た。
それをブンブン振ってくる、相変わらずの脳筋だな。
『そんな事言わずに遊ぶべさ!魔王様、実は暇なんでねえか?』
おのれ脳筋め、こちらの状況を察するな!と俺は思い、それに対して冷静に返す。
「貴様、この俺を暇人扱いするか!忙しいに決まっているだろう!見ての通り絶賛散歩に勤しんでいるぞ!」
『そうだべかぁ。すまんだべ魔王様……』
そう言ってゴリアテはトボトボと子供たちの方へ戻っていった。
何だ、この後味の悪さは。
まるで俺が子供のようではないか、いや誰が子供だ。
まったく、仕方がない。
俺は道沿いから公園内のゴリアテの方に進行方向を変える。
「まあ、何だ。丁度休憩を挟もうと思っていたところだ。やむを得んから貴様に付き合ってやらん事もな——」
けれど俺のセリフは届いておらず、既にゴリアテは子供たちと楽しそうに追いかけっこをしていた。
「……。」
ふっ、戯れが過ぎるぞゴリアテよ。
この魔王である俺を放置するとはいい度胸だ。
なので俺は文句を言う為にも公園内のベンチに座るのだった。
それから小一時間程が経った。
日の傾きが丁度真上に到達し、時刻はそろそろ昼の12時を回る。
子供たちも昼食を取りに家へと帰宅していった。
そんな中でようやくゴリアテが俺に気付いたようだ。
こちらへと小走りで駆け寄って来る、まったくどれだけ夢中になっていたんだか。
『魔王様!すまんだべ、もう帰ったとばかり思ってたべよ!』
「貴様は昔からそうだったな。物事にのめり込むと誰の言葉も入らん。相変わらず不器用な奴だ」
そう言って俺の隣に座るゴリアテは、人体模型の顔からではイマイチ分かりにくいが何処か嬉しそうな口調で喋り始める。
『いやぁ、魔王様もこっちの世界に来てて安心したべさ。オイラ、こっちの世界に来たはいいけどこんな身体だべ?だからずっと不安だったべよ。けどこうして学校が休みの日は抜け出して自由にやってるんだべ。子供たちは可愛くてオイラ好きだぁ』
「そうか。色々とツッコミ所は満載だが、まあ良かろう」
俺は待ってる間退屈だった為、近くの自販機で缶コーヒーを買っており、それを開けて口に流す。
そのままもう一本の缶コーヒーをゴリアテに差し出してやった。
『貰っていいだべか?いただくだ!ありがとだべ魔王様!』
そう言ってゴリアテは缶コーヒーを手に取ると握り潰し、ブシュッ!と漏れ出た汁をジュルジュルッ!と器用に吸い始める。
その汁は人体模型の体内を巡っていき、最後には尻の辺りから全て流れ出ていた。
コイツ、缶コーヒーの飲み方も知らなければ体内に維持する事も出来んのか。
まったく不便な奴よ。
そもそも舌の役割は機能しているのだろうか、俺は率直に聞いてみる。
「貴様、その身体で味が分かるのか?」
『分かんないだべ!けど雰囲気的に飲んだーって気分にはなるだ!』
ふむ、130円が無駄になってしまったか。
だがこれは甘いカフェオレだ、もしかしたらベンチから滴り落ちた液体が蟻の栄養くらいにはなってくれるかもしれんな。
何よりもゴリアテは喜んで缶を啜っているのだ、それだけでも良かったとしよう。
「貴様も苦労しているのだな。食もまともに取れんとなると辛かろう」
そんな俺なりの気遣いの言葉を好意と受け取ったのか、ゴリアテは恐らくだが満面の笑みをこちらに向けてくる。
『ありがとうだべ魔王様!でもオイラ、今世もそれなりに満喫してるべさ!』
ゴリアテはそう言うと何処から取り出したのか、スマホをこちらへと見せて来た。
そこに表示されていたのは、大手動画アプリのアカウント管理画面。
『オイラ、YoTubeで魔国を語る動画を配信してるだべ!』
「どれどれ。平均再生回数300万回越え。チャンネル登録者数260万人以上。『異世界は実在した』と。ふむ、なるほど」
俺は暫し考え込み、やがて名案を思い付く。
「ガルドールよ。貴様、上司の俺を通していないぞ。収益は魔王である俺に2割献上する。これが魔国インヴェルーグでの鉄の掟であろうが」
するとゴリアテは不思議そうな口調でこう言ってきた。
『収益なら携帯代以外、全部募金に回してるだべよ?だってオイラ、学校に住んでるから生活費なんて必要ないだ』
「ぐっ!貴様は本当に元魔族か!?そんなガンジーの様な教えを説いた覚えはないぞ!」
俺は余りの眩しさにやられ、ベンチから立ち上がり走り出した。
「貴様には金輪際、缶コーヒー一本足りとも買ってはやらんからなーーっ!!」
俺はそう言い残して家に帰った。
流れるのは血の涙などではない、単なる汗だ。
何しろ今日は暑いからな。
太陽がやけに眩しく感じるのは、きっと初夏のせいだと思う俺なのであった——。
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