第21話 悪意
レベル30の魔王は木刀を手に入れた。
さて、どうしたものか。
レベル1の昭和の有象無象を相手に、オーバーキルが発生してしまう可能性も否めない。
大量虐殺。
魔族の頂点であった魔王である俺にとっても、弱者をいたぶる様な趣味はなかった。
尚且つこの世界においては、趣味で大量虐殺など死刑判決が確定するだろう。
だが殺す側に立つか殺される側に立つかを本気で考えた時に、やはり他人に命を奪われるなど真っ平御免である。
ならば最早、生徒会云々の話ではないのかもしれない。
そこまで考えていると、入り口側の華恋が店中央で囲まれている俺へ打開策を投げ掛けて来る。
「如月君、相手の武器を狙うのよ!」
「……ほう、その手があったか」
戦意喪失させる方法は、何も身体を痛めつけるだけではないようだ。
敵の装備品を装備枠から外してしまえばいい。
木刀を手に入れた以上、俺にとっては全くもって造作もない作業となる。
ふっ、やはり生徒会長の二つ名は伊達ではないな。
「ヨハン、貴様も聞いたな」
『ああ、うちの会長は優秀だ。流石は勇……、いや失礼。何でもない』
「ん?何だ貴様。言い掛けた事は最後まで言え。魔国インヴェル―グの鉄の掟、全十七カ条を忘れたか」
『あれは十七カ条ではない。何だかんだ言っても結局「力が全て」で終わる、全一カ条だよアレス』
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぇぇ!!」
再び乱闘が始まった。
俺は向かってくるバットや鉄パイプを避け、隙を伺う。
敵の動きは単調だ、源十郎の剣捌きに比べれば児戯に等しい。
ヤンキーの1人がバットを振り上げるのを冷静に見極めた俺は、その振り下ろされる瞬間を狙って手元から約一センチ程の持ち手を穿つ。
寸分の狂いなく切っ先が命中し、敵の装備を外す事に成功した。
「な、なんじゃとぉぉっ!?」
まず1人。
この調子ならヨハンと2人でも十分であろう。
けれどふと入り口側に目をやると、俺の予想に反して動いていたのは華恋であった。
俺とは動き方が違うものの同じようにして、華恋も敵の武器を次々と打ち払っていく。
「おい華恋、女の出る幕ではない!貴様は下がってい——」
俺は思わず言葉を詰まらせた。
華恋の動きは流麗で且つ繊細、それでいて正確な為に隙がない。
ヤンキー共も華恋の動きに全くついて行けていなかった。
手慣れた様子で木刀を振り回す。
いや、この表現は少し語弊がある。
振り回しているのではなく、まるで木刀の意志を汲み取っているかの様な滑らかさ、しなやかさ。
記憶にあるのは前世でこの俺の魔剣と渡り合った、勇者のエクスキャリバー。
まさか。
「……華恋、貴様はもしや」
俺の呟きを聞き取ったのか、華恋はハッ!とした表情を向けてきた。
だがもう遅い、とうとう気付いてしまったぞ。
なので俺はこう言い放つ。
「貴様、勇者に憧れるドラゴンクエスターであったか。だがやめておけ、魔王にしろ。昨今のおすすめは、とにかく魔王だ」
「……はぁ」
何故か呆れた様なため息を吐く華恋。
そんなに魔王を嫌うな、傷付くではないか。
だがまあ勇者派の人間にいきなり魔王を勧めても、戸惑いを与えてしまうだけかもしれないな。
俺はそう切り替えて、すっかり忘れていた敵に意識を向けて木刀を振るう。
「余裕ぶってんじゃねえぞおぉぉぉ!!」
ヤンキーが1人、こちらへと殴り掛かって来た。
装備品は一番厄介なメリケンサック、これは外すのが面倒なのだ。
だが俺は躊躇せずに木刀を振るう。
敵の拳がこちらへと迫ったタイミングで、メリケンサック本体に縦斬りの打ち込みをする。
正面同士でぶつかり合う互いの武器は、大きな衝撃を与え合った。
「あっ痺れるぅ!」
当然であろうな、メリケンサックと木刀では衝撃を受ける距離感が違う。
拳に直に装着している分、メリケンサックは衝撃による振動をまともに受けるのだ、それは木刀の比ではない。
そうして敵が衝撃に耐えられず手のひらを開いた瞬間に、俺は木刀を器用に横薙ぎに払ってメリケンサックを吹っ飛ばした。
俺がそうやって対処している間にも、ヨハンはその鋭利な肉球で、華恋も華麗なる勇者剣術で敵を追い込んでいっていた。
「ぎゃふっ!!」
「ぺげっ!!」
「ヤンバルクイナッ!!」
3人掛かりで次々と敵を屠っていく。
こうなればもうあっという間であった。
俺たちは20人程いたヤンキーの武器を1つ残らず叩き落とし、見事この場の制圧に成功したのだった。
「こ、降参だ!俺らに勝ち目はねえ……」
うむ、こちらは無事に終えることが出来たな。
ならば後はピンク髪と他の女生徒連中なのだが。
「あ、魔王様~!こっちも終わったよー!」
貴様もいたかエウロラ。
店のカウンターに位置する所で、エウロラは女生徒たちを纏めて泣かせていた。
おいまさか殴った訳ではないだろうな。
そんな俺の視線を察したのか、エウロラはいち早く反論してくる。
「違う違う、ちょっとお話してあげただけだって!あたしもそんな馬鹿じゃないよー!」
なるほど、脅した訳か。
魔国インヴェルーグでも魔力の低かったエウロラは、その代わりと言っては何だが口達者であった。
口論になるとだいたい勝つ。
何故なら頭も切れる上に、相手の嫌だと思う部分を執拗に攻めるからだ。
まあそれは一先ず置いておこう。
これで残すはピンク髪1人となった。
この俺に因縁をつけてくるとはいい度胸だ、よし恐怖を刻んでやろう。
そう思った俺だが、そちらへ行こうとすると金髪によって制止させられる。
「悪い、如月。コイツだけは俺に譲ってくれ」
そう言った金髪は何処か覚悟を決めた様な顔つきで、ピンク髪の前に堂々と立っている。
ピンク髪はそれに苛立ちを込めて言う。
「翔太ぁ!!てめぇはおかしくなっちまったんだよ!!俺らは上手くやれてただろうが!!」
言いながらピンク髪が金髪に殴り掛かる。
けれど金髪はいとも容易くそれを手のひらで受け止め、続けざまの敵のパンチももう片方の手で受け止めた。
「変わっちまったのはお前の方だろ、進藤。俺たちが幅を利かせ始めた途端、お前は全てを手に入れた様な錯覚をしちまった。調子に乗ってたんだよ」
「うるせー!!俺は楽しくやれてりゃそれで良かった!!けどお前がいなきゃレイヴンクローは、ただのヤンキーの集まりだ!!お前みたいなカリスマ性は誰も持ってねー!!」
「……引き際だ、進藤。このままじゃ誰にとっても良くはならねー」
ふむ、金髪はコイツらのリーダーであったのか。
なるほど、因縁の相手だったという訳だ。
だとしたら何故俺の方に矛先が回って来たのか、相変わらずよく分からんな人間の心理というものは。
目が合ったピンク髪が俺に向けて言ってくる。
「……如月ぃ、てめぇさえいなければ!絶対に許さねぇ!」
「許さないから何だと言うのだ。貴様如き、この俺には到底——」
そこで金髪が遮る様に言ってくる。
「ごめん如月、コイツの発言も全て俺の責任だ。だから頼む。後で誠心誠意謝罪するから、コイツは見逃してやってくれないか?」
「……ふん。貴様の謝罪など別にいらん」
俺はそう言って店内を出た。
エウロラが俺について来ており、声を掛けてくる。
「魔王様、なんか優しくなったね。ここまでされても許しちゃうなんて。じゃ~あ、あたしの日頃の行いにも目を瞑ってくれる~?」
「瞑る訳がない。貴様にそんな隙は見せん」
「もー、魔王様のいぢわるぅ」
続いてヨハンも店内から出て来たようで、こちらに声を掛けて来た。
『2人ともお疲れ様。まあアレスはボクが呼んだからともかくとして。まさかエウロラ、君まで来るとはね。武術も何もやっていない君が、危ないじゃないか』
「あはっ、ヨハン様は気遣ってくれるんだねっ!でもあたしが魔王様のピンチに来ない訳ないじゃん?」
「ピンチに陥ってはいない。少し運動不足を解消していただけだ」
そんなやり取りをする元魔族メンバー。
3人揃っての会話となると、随分と久しく感じる。
だがヨハンは言いたい事があってこちらに来たらしく、そのキリ犬の表情をよりキリっとさせる。
「アレス。今回君は何故、彼にあそこまで恨まれていた?まるで翔太君が去って行ったのは、君に原因があるような言い方だったじゃないか」
「さあな。逆恨みというやつであろう」
そう言った俺だったのだが、それに対してヨハンの反応は重いものであった。
「いいかいアレス。根拠がなくてもそうだと思い込まされた情報に、人間は中々抗う事が出来ない。つまり何が言いたいのかというと、——裏で君にけしかけるよう誘導した者がいる。必ずね」
不穏な空気が流れ始める。
季節はちょうど梅雨が明けようとしている時期にて。
俺たちは正体不明の明確な悪意を突き付けられたのであった——。
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