第19話 それぞれの演説


生徒会立会演説会の日がやって来た。

全校生徒が体育館に集まり、整列された椅子に座る。

壇上にはスピーチ用のマイクが設置されており、俺たちはこれからそこに立って1人1人簡潔な演説を行う。

役員の規定数が割れていない以上、演説に何の意味があるのか。

俺には皆目見当がつかないが、それが生徒会に加入する為のルールらしい。

だから仕方なく文章を作って来たのだが、果たして魔王の思考を持つ俺の意見が平民に伝わるのか。

分からないがまあやってみるかと、そう思った。


最初に壇上に上がるのが俺だ。

臨時では庶務を任されていたから、自然と庶務を選んだ。

俺から始まり、会長候補である華恋が取りを務める。

ならば俺が先陣を切って場を温めるのも悪くなかろう。

そう意気込んで壇上に掛かる階段を昇る。

演台のマイクを口元に調節して、体育館を見渡す。

すると平民共が俺に視線を集めているではないか。

やはり期待のルーキーでありラスボス、魔王の存在感は否めないようだ。

俺は淡々と、けれど平民に聞き取りやすいように早くも遅くもない速度で演説を始める。


「一年の如月舞人だ。今回生徒会庶務に立候補した。貴様ら平民がやりたくもない雑用を主にやる係である。それをこの俺自らがやろうと言っているのだ、貴様らは全員有り難く思うといい」


静まり返る場内。

いや最初から誰も喋っていなかったが、一層静寂が際立つように感じる。

俺の高貴にあてられてしまったようだ。

だがそれに構わず続ける。


「ではここで公約を述べよう。いいか、貴様らは何の為にこの学校にいる?何をしにここへ来た?学業を学びに来たか、まあそれもよかろう。だが本質は勉学などではない。俺たちは一生に一度しかない高校生活を送りにここへ来たのだ。貴様らに将来の夢はあるか?成りたい職業は?或いはその夢を諦めて社畜と成り果てるか?ここであえて言おう。将来など、どうだっていい。貴様らは未来に生きているのではない、今を生きている。未来へ向かって進む事は出来る、だが過去に戻る事は出来ない。分かるか?現状の高校生活が楽しくない、辛いだけの毎日など、俺たちはそんなもの誰1人望んではいないのだ。ならばどうすればいいのか。簡単な事だ。貴様ら全員、——俺たち生徒会について来い、悔いなきように楽しませてやる。以上だ」


スピーチを終え、壇上から立ち去る。

呆気に取られていたのは平民だけではない、教師連中もだ。

だが俺は何も気にしていない。

これが俺の伝えたかった事であり、学校生活の根幹だと真剣に考えるからだ。

壇上の裏に戻ると、いつものメンバーが俺に拍手を送って来た。


「さっすが魔王様!あたしマジ鳥肌立ったし!」


「如月お前、この後の俺たちの事も考慮しろよな!みんな黙っちゃって、すっげーやりにくい空気じゃんかよ」


エウロラと金髪がそんな事を言う中で、華恋がため息を吐いた。


「……まったく。こんな上から目線の演説なんて、生まれて初めて聞いたわ。でも、そうね。きっと如月君にしか出来ない演説だったのでしょうね」


当然であろうな。

鼻を鳴らす俺を他所に、立会演説会はどんどん続く。

二番手は金髪だ。

金髪は緊張した面持ちでステージへと上がって行った。


「えーと、ども。一年B組、神山翔太っす。生徒会書記に立候補しました。公約ですけど、それは生徒会を通して活気溢れる学校にしていく事です。さっきと比べたらだいぶ普通かもしれませんが、活気はとても大切な事だと考えます。それは校内だけの話ではありません。社会から見て卿学の生徒がどういった印象を持たれるのか。例えばみんなよく行くと思いますが、うちの学校のすぐ近くにあるバーガーチェーン店。そこで俺たちがめっちゃテンション低い態度も悪い客なのか、それともめっちゃ愛想良くて態度もハキハキした客なのか。そういった印象1つで学校のイメージは変わります。なので要するに、社交性を備えた活気作り。これを公約としてみんなで目指していきたいと思います。ご清聴、有難うございました!」


金髪がスピーチを終え、拍手が鳴り響く。

ふん、まあ俺ほどの内容ではないがそれなりに民衆には響いたようだ。

続いてエウロラが演台に立つ。

俺にとってはコイツが一番の不安要素だが、どうなるか。


「三年、本町萌音だよー!みんな青春してるかー!?あたしは今回、生徒会監査に立候補したよ!公約はねー、青春エンジョイ!イベントの拡充を考えてるぞっ!具体的にはまず文化祭の予算増加!あたしら三年にとっては最後の文化祭じゃん?せっかくなら目一杯楽しみたいじゃん!?予算上無理だとか、もうそんな制限から解放されるべきでしょ!やりたい事やって卒業してこーぜ~!ってのは建前で。魔王さ……如月君がさっき言ったように、あたしたちは卒業したらもう二度とこの学校には戻って来れない。少なくとも高校生はもう二度とやれない。だから悔いは残したくない。生涯かけてこの学校で過ごした日々を記憶に残していきたい。その為には思い出作りは欠かせないと思うので、あたしの公約はとにかくイベント!じゃーね~!」


スピーチを終えたエウロラが手を振って壇上を歩くと、歓声が沸き起こった。

何だかんだコイツは人を焚き付けるのが上手い。

良くも悪くも。

まあ気掛かりな奴が一番盛り上げた所で、小坊主が壇上へと上がった。


「……こ、こんにちは。一年生、田中飛虎彦です。生徒会会計に立候補しました。ぼ、僕はみんなみたいなパリピにはなれません。きっとそういった方もいらっしゃるかと思います。わいわい楽しむのも大事ですが、やっぱり勉強も大事ですよね?ですから僕の公約は今回、学業と部活動のケアを主題にしたいと思います。如月君はああ言いましたが、僕は将来を見据えるのは良い事だと思います。……ひっ!!睨まないで!!……あ。えー、コホン。そこで学業のケアには放課後、学年ごとに予習、復習教室を。部活動のケアには移動費などの支援をしていきたいと思っています。共に費用はクラウドファンディングないし学長のポケットマネーから集めて行こうと考えております。……あれ、笑っていいとこですよ?い、以上です!」


小坊主がしっくりこない顔で戻って来た。

この俺の揚げ足を取るとはいい度胸だ。

だがまあそれも考え方の1つ。

今の俺はそこまで反論する気も起きなかった。

そして次はヨハンの番。

流石に演台には届かないので、金髪が素早くマイクをステージ床に置いた。


『ああ、ありがとう。どうも、木島マッケローニです。ボクは今期も生徒会副会長に立候補しました。ボクの公約ですが。ふむ、どうしようかな。じゃあ先陣を切ってくれた如月舞人君のスピーチの補強をしておくとしようか。ボクら生徒会はイジメ、及びそれに近しい行為を見過ごさない。具体的にはイジメ対策委員会を各クラスに設け、報告、警告等を担って貰うつもりだ。イジメの基準は被害者からの聴取を基に判断する。もちろん被害者を装った行為はNG。ボクらは委員会と連携して厳密に精査するからね。他人の不幸の上で欲求を叶える者も、ボクらは悪と見なすだろう。だがそこまで重く考えなくていい。ボクらは別に君たちの自由を侵害したい訳ではない。ただ自由には責任もついて回るのだと、頭の中に入れておいてくれ。以上』


体育館が静寂に染まる。

それはそうだ。

平民共は今、犬に説教されたのだからな。

言葉1つ出ないのが道理である。

そして最後に華恋の出番がきた。

壇上に立ち、一呼吸置いてからスピーチを始める。


「こんにちは。二年生代表、柊華恋です。今期もまた生徒会長に立候補させて頂きました。私の公約ですが、特にありません」


ん?今何と言った?

ざわざわとし始める場内。

それは教職員も、そして俺たちもだ。

けれど華恋は臆面も見せずに続ける。


「ごめんなさい、やる気がないように聞こえたかもしれませんね。ですがこれまでの演説を聞いてもらったのでお分かりかと思いますが、今期の生徒会に一切の隙はありません。まず如月君が学校生活そのものの本質を問い掛け、神山君は卿学生に対する社会性の重要さを説いてくれました。本町先輩は思い出作りの大切さを高唱し、田中君は学業の本分への配慮を。そして木島先輩は差別の生まれないルールの制定の約束をしました。どうですか、みなさん。みなさんにはこれら全てが理想論のように感じてしまうかもしれません。ですが我々生徒会は、本気でこれらの公約を叶えていく所存です。言うまでもありませんが、とても個性的な顔ぶれです。ですが間違いなく最強のメンバーが揃いました。ですので今期もまた宜しくお願い致します」


……パチパチと。

徐々に手を叩く音が広がり、やがて体育館中が拍手喝采で満たされていく。

その熱量を肌で感じ、平民にだいぶ響いたという事を知った。

壇上裏からそれを見ていたコイツらも、素直に喜んでいるようだ。

ふっ、まあ確かに悪気分ではないな。

華恋が戻ってきたので、俺は少しの笑みを溢して言う。


「ヨハンはともかく、まさか貴様が即興で演説をするとはな。流石の俺も肝を冷やしたぞ」


華恋はそんな俺の言葉を受けて、微笑みながら皆を見まわす。


「いいえ、ちゃんと考えてきていたわ。私の公約は、あなたたちの公約を実現させる事。生徒会長として、いえ、仲間として尽力するつもりよ」


皆が笑い合う。

そして皆、各々決意を改める。

俺たちはこれからだ。

ここからがスタートであり、結束して生徒会を担っていく。

そうして俺たち新体制の生徒会が始動されるのであった。

が、後日。

事件は起きた。


「何だ、この有様は……」


生徒会室が滅茶苦茶に荒らされていた形跡が発見される。

俺たちの活動の行く手を阻むのは、そんな何者かの悪意であった——。

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