第18話 安息


『くくっ、君は本当に面白いねアレス』


「笑い事ではないぞヨハン。俺は至って真剣だ」


俺は今、木島財閥の本家にてヨハンと話している。

高級そうな室内は来客用の部屋か、装飾品がえげつない程装飾されていた。

出されたお茶は嗅いだことのないような、高級感なのかさえ分からない紅茶。

茶菓子は源十郎宅の栗饅頭などではなく、リッチなお茶会で出されるような三段式のケーキスタンド。

今流行りのヌン活とかいう奴であろうか、この贅沢犬め。


とにかく俺は先ほど学校で華恋に宣告された事をヨハンに相談しに来ているのだ。

きっとコイツならいい案を出してくれるであろう事を信じて。

けれどヨハンは俺の期待通りの言葉は用意してくれなかった。


『アレス。時の魔術を司るボクと言えど、この世界では無理だ。今日を昨日に戻す事など出来ない。分かるだろう?』


「……。」


やはり無理なものは無理だったか。

俺はそう割り切り、帰ろうとしたタイミングで。

違う形でヨハンは話を持ち掛けてきた。


『でもね、ボクは君に是非とも生徒会に正式加入してもらいたいと思っている。君と関わるのはやはり、退屈しないからね。だから1つ良い事を教えよう。君は今からでも生徒会選挙に立候補できる。それは何故か。現存メンバーがボクと会長以外、全員立候補を取り止めたからだ』


「何、本当か?でも何故」


『決まっている。彼らは乱闘騒ぎなど起こしたんだ、教職員も一般生徒も認める訳がない。そこで立候補者に欠員が出る、それも大部分がね。加えて新たな候補者も今のところ上がっていない。つまり現状、生徒会存続の危機に立っているのさ。会長はまだこの事を知らないけれどね』


俺は腕を組んで考える。

ならばチャンスが回って来たと捉えるべきか。

何にせよここで動かないという選択肢はない。

俺は友に感謝の意を告げる。


「借りが出来たなヨハン。次来た時には手土産に犬用チュールを買って来よう」


『ボクはドッグフードや犬用おやつの類が大嫌いでね。遠慮させてもらうよ』


「ふっ、そうか。ではまた、いずれ生徒会室で相見えよう」


俺はそう言って椅子から立ち上がり、木島本家を後にする。

希望は友に繋いでもらった、後は選挙結果を己の力で勝ち取るだけだ。




翌日。

俺は登校して早々に担任兼生徒会顧問である眼鏡の元に来ていた。

無能に頼るのは癪だが、なりふり構ってもいられない。


「えーつまり、期限が過ぎたけど選挙に立候補したい、と?」


「そうだ。俺が貴様の受け持つ生徒会を助けてやる。異論はなかろう?」


「……うーん」


職員室の角の席に座りながら、眼鏡は何かを考えているようだった。

何が気に食わんと言うのだ、そっちこそなりふり構ってはいられんだろうに。

すると眼鏡は条件を提示して来た。


「確かに、如月さんは臨時で来てくれてた実績もあるし会長も副会長もあなたを買っています。でもね、期限を守らないっていうのは原則認められないんです。社会に出てもそう、期限内にきっちり仕事を収められる人じゃないと信用はついて来ないの。だからこうしましょう。あなたが明後日の締め切りまでに選挙ポスターを作って来れたら、立候補を許可します」


「……ふむ」


なるほど、そのような物も必要なのか。

俺は暫し考えるも、ここに来て諦めるの文字はない。


「いいだろう。必ず用意してやる」


俺は昼休みを使ってポスターの制作に挑むのであった——。




中々どうしてポスター作製とは案外難しいものがあり、俺は既に混迷を極めていた。

現在下校時刻を過ぎた午後5時。

1人教室で画用紙と格闘しているも、一向にいい案が出て来ない。


「そもそも絵など殆ど書いた事がない。かと言って写真となるとプリンターが必要になる。どうしたものか……」


そんな俺を見かねた者が現れた。

生徒会活動を終えた華恋だ。

華恋は俺の教室にわざわざ来て俺の下手な絵が描かれた画用紙を覗き込んでくる。


「……そうね、確かに褒められる絵ではないみたいね」


「うるさい。貴様も選挙で忙しいだろう、さっさと帰れ」


俺がそう言うのだが、華恋は色鉛筆を一本取ると白紙の画用紙にサラサラと何かを描き始めた。


「何をしている、余計な事はするな。俺は自分の力で——」


「ふふっ。あなたは自分の事が何も分かっていないようね」


何を言っているのか。

自分の事なら自分が一番良く知っているに決まっているだろう。

俺はそう思うのだが、華恋は全く違う事を言い出し始める。


「あなたの画力では無理よ、実力が伴っていないもの。そもそも絵心がなさ過ぎるわ。芸術にもっと触れるべきだったわね」


「貴様は俺を侮辱しに来たのか」


「いいえ、違うわ。あなたに足りていない部分を言ったまでよ。自己中心的で傲慢で、自分至上主義で独善的。けれどそんなあなたには、あなたにしかない魅力があって。だからこうやって、あなたの足りていない部分を補う誰かが自然と来てしまうのね。きっと」


手を休める事なく華恋は語り続けている。

何を言っているのか、結局褒められているのか貶されているのかよく分からん。

そんな事を思うのだが、何故だろうな。

不思議と心が休まるのは。

安寧、平穏、安らぎ、穏やか。

この気持ちがどれに最も近いのかは分からないが、確かに心が落ち着くのだ。

華恋といる時は。


「如月君、あなたはもっと自分を知るべきね」


「……ふん。ならお前がその都度教えろ」


「あら、それは私にプロポーズでもしているのかしら?」


「言ってろ」


そうして二日に掛けてポスター作製は行われ、俺は期日ギリギリで提出する事が出来た。

けれど。


「……おい、何故貴様らが選挙ポスターを作っている」


「あはっ、バレちゃったか~!」


そう、結局臨時メンバー全員選挙に立候補する魂胆でいたようだった。

そうして俺たちは演説会当日を迎える——。

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